▼ブログ帰農人

知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。


▼流山百姓日記

流山百姓日記

ふるさと文庫

吉田 篤(著)崙書房

¥1,260(税込)

◆生まれ育った千葉県流山。かつては江戸川沿いに稲田が広がる農村だった。「農に帰る」の思いから百姓生活を始めて10年。過酷だが豊かな農生活、そして家族、友人達、近隣の人々との四季折々の日常。無農薬八百屋「真澄屋」でお客様に配布しているニュースに掲載した、「帰農人」の2001年から2005年分を収録。

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▼ブログ帰農人の記事

■ 2012年02月06日

広がれ 有機で除洗

 薪ストーブ用に頂いたダンプ3台の木材にはベニヤ等の薄いのも大量にあった。
すぐに燃え尽きてしまうので糀や餅の米を蒸かすのには適さないので、ともかくストーブで消費してるが、これが忙しい、ちょこちょこ投入しなければならず、また暑くなりすぎる、でも足りないよりははるかにましだ、週2,3回米を蒸かすのも薪、灯油バーナーだと2回で約1缶消費するので倹約効果も大きい、でもこの所はほんとに寒すぎて高温の蒸気が冷えてしまい、米がべたつき糀菌を一粒一粒に植え込むのが難しい、蒸らし方やその後の管理で何とか乗り切っている。
過湿による雑菌の発生もクリアーし快適に「糀屋さん」を続けている。

 この冬あちこちの畑のビニールトンネルで横には穴がなく頂上部分を開けているやり方を見かけ気になっていた。
昨日農業普及員の兄ちゃんが、前にお願いしていた液肥混入器の選定の件で調べて訪ねてくれた時、頂上換気の良さも教えてもらった、迷っていたトマトの苗の管理もアドバイスしてもらいとてもありがたい、未だに行政や農業関係者の有機農業への敵視を強く感じる、放射能汚染の低減に有機が大いに役立っているとの研究発表が増えてきた。
先日畑の土を計測したら「500bq」まで下がった。
春は1,200、夏に800、物理的条件だけでなく微生物の関与が充分考えられる。
しかし微生物や波動などの研究は大変遅れている、というより学者も行政も忌み嫌っている。
でもデーターは確かだ、もう無視はできまい。



■ 2012年01月28日

大きくても小さくても進歩は進歩、夢は夢

 壊滅寸前の農林漁業に政府は世代交代を進めるべく大胆な政策を打ち出してきた。
新規就農者へは7年間年間150万を支給、農業をやめて田畑を貸し機械などを新規就農者へ無償譲渡すれば数十万を貸し手に補助、加工物や農家レストラン等の経営には半額補助、つまり6次化、これは面白そうだと農政課や普及所に繊細を尋ねてみた。
実際はそう甘くない、様々な補助を受けるには地域で話し合ってどのように推進していくかマスタープランを策定しなければならない、横一線に廃農し農地を資産としての活用を望む人たちが大半の中、「農業振興」はなるべく封印したいのだ、へた打つとわが農場は敵視されてしまう。
やはり今までどうり余り派手なことをせず、そおーっと進化拡大していくしかないな、6次化も申請から補助がでるまで一年以上かかるし、大規模でなければ申請もできない。
コツコツと規模拡大していくには自己資金でやるしかない。
廃棄される資材や機械などを工夫してやってきた道をそのまま進めばいいのだ、ただせっかくの税金が一部の特定農業関係者たちに無駄に消費される構造がいやなのだ。
原子力村と同じ構造が農業にもしっかりある、風穴開けられないかな。
そういえば4月には原発が全機停止し当分再稼動もさせない様子、送電分離の話も生きてるし、核燃リサイクル廃止の動きが出てきた、いいことだが、ほんとうかなぁー、これには核武装を切望する超右派の完全撤退してもらえればの話だが、これも超ブラックボックス。



■ 2012年01月22日

放射能疲れに少しの変化かな

 ようやく待望の雨、これで人参や大根、葉物の種などが蒔ける。
生育が止まっていた野菜たちも動き始めるだろう。
でも雨量は少なく数日空っ風が吹けば元どうりかも?。
畑仕事も一休み、書類整理など久々のデスクワーク、でも気が抜けて中々進まない。
3月の17、18日にはまた竹編み講習会をやることに決まった。
また尚さんと恵美ちゃんが講師、昨年中も2回計画してたがとてもできる状態ではなかった、少しはおちついたかな。
チラシ製作中、来週には添付します。

 昨日松戸で放射能等の講演会があり、ロビーでは様々な団体の展示があり真澄農園も参加を要請され野菜を展示し放射能の測定値などのパンフを配りながら多くの人に説明した、放射能汚染から子どもを守る会が各市にできその共同企画、最初は参加を迷った、これらの団体は「汚染されたこの地の野菜を食べるな」との旗振り役で俺たちは見放されたのだ。
西日本からせっせと野菜を取り寄せている人たちが多い、でも少しはおかしいと感じ始めたみたい、他からもそんな声が出始めた、いい傾向だ、でもながかったなぁー。
さて今後どんな展開がまっているのかな。
福島の実家の村の農業振興活動をしている友人が「みんなしょぼくれて」と嘆いていた。
関西から多くのトラックが駆けつけて売れない野菜を買いあさっているという、関西ナンバーを隠す為に地元の車を借りに来るそうだ。
しらべて発表するマスコミはいないのかなぁ。



■ 2012年01月15日

お正月なのに忙しいぞ

 ここ十年ストーブ用の木材を頂いていた大工さんも仕事が少なくなり、他で探さねばと考えていたところ年末にトラック1台分あるよと声がかかった、圭太と貝人に頼みとりあえず畑に下ろしてもらったら、年明けにはもう2台分追加になった、畑仕事もひと段落しているのでこの1週間は研修生たちの仕事は木材整理、チェーンソーや丸ノコの使い方を教えひたすら切りまくった。
おかげで薪はきれいに分類され、建築に使える木材も豊富に整理された、こうなると大工仕事の虫がたまらなくうずきだす、とりあえず研修生用の部屋の前に炊事場を建てた。
まだ木はある、ニワトリをもう少し増やそうと考えていたので鶏小屋かな? 施設の整備拡張も冬の仕事だが、野菜の他に糀つくりの大仕事に日々追われる、種つけから花を咲かせるまで約3日、繊細な注意が必要で気を抜くと雑菌が繁殖したり、花がきれいに花が咲かなかったりする、先日大失敗、黒カビが大発生20kgがコッコの餌に、すぐに設備全てをこまめに殺菌し丁寧に仕込み直す、失敗の原因を探り数冊の本を読み返す、どうやらか湿度を上げすぎた為らしい、本などには高めの湿度が記されているが、杉の糀ぶたはことのほか湿度を保つのでムロ自体は60%以下でいいのではないかと推測する。
ああ、本だけでは解らぬことがなんと多いことよ、農の世界では当たり前だよね。

 この冬、寒さは調度平均気温、いい感じ、でも乾燥がひどい、野菜の抵抗力が落ちている、有機の土よがんばれ。



■ 2012年01月03日

たぶんひどいことは続くよ だから日々の幸せ

 パソコンの状態は急速に悪化し、もういつダウンしてもおかしくない。
昨年の正月ならばすぐに買い換えただろう、でも今年は経済がそれを許さない。
ホットスポットは効いたね、でも今年はきっと巻き返すよ。
おかげで土や野菜たちといつもよりはるかに丁寧に付き合えたし、土や野菜も見事に育ってくれた。
セシウムなんか有機の力でおとなしくさせてやる、ナウシカの世界がきた、「腐界とともに生きる」が現実にと気張って過ごしてきた。
家族や仲間、そして地域が基本でありそれらを大切に一日一日を生きるという大事な事を日々思い返すことができた。
夢は間違ってない、方向は間違ってないととの思いはより強固に、でもやはり疲れてもいるみたい、心の中の空虚感も大きく感じる、いい子ちゃんを演じすぎたかな。
でもまだまだ大きな破壊的出来事は続くよね、お金が基本の世の中はまだまだ元気、破壊の神、荒ぶる神のご活躍が必要でしょう、世の中の現象は全て神の意思、いいことも悪いことも、神道の極意から「真澄屋」の名をつけた。
ここで引き下がるわけにはいかない、原発も荒ぶる神である、頭をたれながら「静まりたまえ」である。

 除夜の鐘とともに家族勢ぞろい+コジの9名で近くの神社とお寺に参拝した。
お寺では先着三百名にくじで景品が当たる。
上がり階段に並べられた景品とそれらを配る役員が邪魔だ、なんで煩悩に頭を下げねばならぬのか、頑張っているのはわかるがちがう。
冷えたよ身体も心も。



■ 2011年12月23日

百姓のご褒美

 真っ暗な5時過ぎに、帰ろうとすると、いつも金星と火星が迎えてくれる。
西の空に金星が現れて半月、だいぶ上がってきた。
数ヶ月前から東の空に輝いていた火星も中空高く登ってきた。
そのうちお月さまもご登場、3つが絶妙な配置になることもあり、毎日見とれてしまう。
百姓たちへのご褒美だ。

 いよいよ糀屋さんが始まった、これから3月まで日々の仕事となる。
種糀は江戸川台の漬物屋さんから買っていたが、いつ行っても閉まっている、つぶれたらしいので秋田の製造もとから取り寄せたら70g800円で買っていたものが1200円、とりあえず10個が手元に、高くてもこれで大安心、気を入れてさあ、初めての仕込みと米を蒸かそうと思ったら桶の中の昨日から浸しておいた米がだいぶ減っている、何が起きたのだと慌ててマコトに聞いたら、予約注文が入っている2件のお店に入れたという、何の迷いもなく浸しだけの米を糀として出荷しようとしてたのだ、慌てて箱から取り出すと袋の「こうじくん」とか書いてある。
怒る気はさらさらなかった、気持ちの原因が知りたかった、今後出会う若者たちも同じだろうと、問いただしたら、効いたらしい、翌日パソコンや本屋を巡りその翌日は畑でネギを掘りながら「大切な仕事を汚してしまいすみませんでした」と泣きながら謝ってきた。
これも最上のご褒美だ。
さあ、あと8日。



■ 2011年12月18日

はらいたまへ ふるいたまへ

 腐植、つまり有機物を田畑に入れ続けると隙間だらけのころっとした土が段々多くなる、団粒構造という。
保水、排水性が良く、様々な微生物も住み着きやすくなる。
かなり良くなってきたのが見た目でわかる、まだ粘土の固まりのようなごろごろ土の所もあり、そこではやはり育ちが悪い、植物性の堆肥をもっと入れなければダメだ。
土を見る目はまだほとんど素人だがここまででも10年かかった。
次のステージはその団粒構造の土や投入し続けた炭やサンゴなどに醗酵菌が住み着き冬でも土の中での醗酵が進むようになり様々な虫たちの世界が増殖され調和のとれた自然界の姿が現れる。
そして腐食が土と結合される時放射性物質も一緒にがっちり固定されまた炭等の中に取り込まれ根からの吸収を阻む。
反対に化成肥料や農薬などの化学物質はセシウムたちをも元気にしてしまう、化学反応が好きなのだ。
わずかな人や家畜の糞を利用して手に入れられる草を全て醗酵させてきた数千年のこの島の文化は人類の宝物、やはりこの国は一番の得意技を磨き貢献しないでどうするとの思いがまた少しこの年末に燃え上がってきた。
「山本あまよかしむ」と名乗る彼女の超自然編み物作家がうちのワラででっかいガメラを編んでくれた、「このガメラは放射能を吸い取るから正月7日に燃やせ」と、その習慣を流行らせたいという。
「良い正月、超きそう!」との気持ちが燃えた。



■ 2011年12月09日

けっこういい年だったかも

 今年は研修生の当たり年、毎日のように数人が通ってくる。
みんな本気で農の世界を望んでいる。
どんな仕事も懸命にこなす。
みんな30才でこぼこ、3月から週末は青戸から仕事のバイク便の単車で必ず来ている圭介は、2月に妻子共々宮崎の都城で百姓生活を開始する。
ゴールキーパーとしてプロをも目指したど根性男にはためらわず大変な仕事を任せたがくじけなかった。
ミコちゃんは彼と共に田舎での多角的展開を目指している。
彼は厳しくて、たとえ仕事でも勉強にならないものだと「なに仕事なんかしてんの」と怒られるからと、週3日以内の仕事しか探せない、そして3.4日三郷から通う。
先日からふるい仲間の根津の屋のレストランでも働き始めた。
今日は耕運機デビュー。
9月より月、火、水は研修あとは警備員の草加のジュンジュンは来春からの我が農園でも仲間入りを目指す。
最近日曜日には錦糸町から自転車で片道2時間近くかけてくる40才バツ一のゴルさんは完全変人、自然療法の東城さんの教室で一年間鍛えられ、まずは墓を成田に買った、全財産で、「その墓に誰が線香上げんの?」「まずは墓が基本、勿論これから結婚して子供も」と平然。
その他1週間位の短期もちょくちょく入る、毎日研修と仕事の割り振りに頭を悩ましていたが、だいぶ慣れてきた、面倒だという気持ちはかなり薄まった、ジジイには早いぞと天使たちが引き上げてくれる。



■ 2011年12月03日

家族、仲間にラブ注入

 直売所に売れ残りの野菜を引き取りに行くのが辛い、毎日山ほど戻ってくる。
でも高温の影響で畑にも野菜があふれているのでどんどん収穫し、毎日残り物を袋から取り出し出し畑に帰す、修行だね。
まわりの農家も皆同じ、暗い、風向きは変わらない、市の広報には常に放射能の記事が大きくしめている。
種屋のおばさんまでメルトダウンなどと言い出す、必ず風は変わるよと言い続けてもみんなの心の闇の重さがきつい、なんともいやな師走に突入、ともかく寒くなれ、みんなで暖かい鍋を突っつけ、家族や仲間の団らんで心が温かくなれと毎朝温度計見つめている。

 箱入り子猫がスズメを捕らえきれいに食った。
これでかなり一人前、猫社会の中で生きていける、良かった。
貝人が頑張ってきたえてくれた。
ペットフードは嫌い、家の残り物で育てたい、それもうまくやってくれた、何でも食う、カブもほうれん草の根もよく食べる、上等だ。
住み込みスタッフのマコトも半年をすぎ、野菜への目つきが確実に変わった、身体に溜まりにたまったジャンクフードがぬけてきたかな?、まだ殺気を少し感じるからもう少しだね。
ともかく少しでもみんなが元気だせるようにするしかない。
状況が悪化するほど家族や仲間が大切になる、戦乱のパレスチナのガザではストリートチルドレンはいない、親族や仲間が必ず面倒をみる、人の基本だ。
大和の国は???。



■ 2011年11月26日

霜がおりて 竜がおりて キラキラ

 今朝初霜がおりた、葉の上などでキラキラときれいな輝きを見せていた。
いつもならアラ大変だ、早く里芋などをほりあげねばなどとあせるのだが、今年の秋の高温続きから少しは解放される喜びの方がはるかに大きい、霜に感謝は初めてだ。

 一週間前に浦安で「奇跡のりんご」の木村さんの講演をみんなで聞きに行き、買ってきた「見えないものを見る力」という新刊を読んだ。
どちらもかなりがっかりした、百姓としての親しみがわかない、選ばれた人として人の道を語る要素が以前より強くなっている。
化成肥料と農薬で野菜を育てる一般的な農業と生の有機肥料を多投する例が多い有機JASを強く批判する。
同じ立場を経験してるなら、農法を変え、販路を変えていくことのむずかしさは解っているだろ、消費者目線のような話しはしてほしくない。
九州の農民作家山下惣一氏が「農家が農薬を日々浴びていることを考えろ、そのことにまず感謝を」との言葉が胸に染みる、現在の日本全体の自然や農業に関する文化的レベルはあまりにも低い、まともに考えたことがないのである。
続けているだけでも滅茶苦茶大変な農家たちに対する批判はかなり気をつけなければ経済界の間の手にのせられる、やばいよ、へたすりゃTPP推進のピエロにされちまうよ、誰にもまねできない物語を持つ愛すべき百姓として輝やき続けてほしいな。