▼ブログ帰農人
知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。
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エントリー
- 広がれ 有機で除洗
- 大きくても小さくても進歩は進歩、夢は夢
- 放射能疲れに少しの変化かな
- お正月なのに忙しいぞ
- たぶんひどいことは続くよ だから日々の幸せ
- 百姓のご褒美
- はらいたまへ ふるいたまへ
- けっこういい年だったかも
- 家族、仲間にラブ注入
- 霜がおりて 竜がおりて キラキラ
コメント
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真澄屋では皆様からのご意見・ご要望をお待ちしております。商品に関すること、配達に関すること等お気軽にお問合せください。
● 真澄屋
〒270-0157 千葉県流山市平和台3-4-12
TEL / FAX:04-7159-5328
E-MAIL:yaoya@masumiya.net
■ 2012年02月06日
広がれ 有機で除洗
薪ストーブ用に頂いたダンプ3台の木材にはベニヤ等の薄いのも大量にあった。
すぐに燃え尽きてしまうので糀や餅の米を蒸かすのには適さないので、ともかくストーブで消費してるが、これが忙しい、ちょこちょこ投入しなければならず、また暑くなりすぎる、でも足りないよりははるかにましだ、週2,3回米を蒸かすのも薪、灯油バーナーだと2回で約1缶消費するので倹約効果も大きい、でもこの所はほんとに寒すぎて高温の蒸気が冷えてしまい、米がべたつき糀菌を一粒一粒に植え込むのが難しい、蒸らし方やその後の管理で何とか乗り切っている。
過湿による雑菌の発生もクリアーし快適に「糀屋さん」を続けている。
この冬あちこちの畑のビニールトンネルで横には穴がなく頂上部分を開けているやり方を見かけ気になっていた。
昨日農業普及員の兄ちゃんが、前にお願いしていた液肥混入器の選定の件で調べて訪ねてくれた時、頂上換気の良さも教えてもらった、迷っていたトマトの苗の管理もアドバイスしてもらいとてもありがたい、未だに行政や農業関係者の有機農業への敵視を強く感じる、放射能汚染の低減に有機が大いに役立っているとの研究発表が増えてきた。
先日畑の土を計測したら「500bq」まで下がった。
春は1,200、夏に800、物理的条件だけでなく微生物の関与が充分考えられる。
しかし微生物や波動などの研究は大変遅れている、というより学者も行政も忌み嫌っている。
でもデーターは確かだ、もう無視はできまい。
日時: 15:09 | パーマリンク
■ 2012年01月28日
大きくても小さくても進歩は進歩、夢は夢
壊滅寸前の農林漁業に政府は世代交代を進めるべく大胆な政策を打ち出してきた。
新規就農者へは7年間年間150万を支給、農業をやめて田畑を貸し機械などを新規就農者へ無償譲渡すれば数十万を貸し手に補助、加工物や農家レストラン等の経営には半額補助、つまり6次化、これは面白そうだと農政課や普及所に繊細を尋ねてみた。
実際はそう甘くない、様々な補助を受けるには地域で話し合ってどのように推進していくかマスタープランを策定しなければならない、横一線に廃農し農地を資産としての活用を望む人たちが大半の中、「農業振興」はなるべく封印したいのだ、へた打つとわが農場は敵視されてしまう。
やはり今までどうり余り派手なことをせず、そおーっと進化拡大していくしかないな、6次化も申請から補助がでるまで一年以上かかるし、大規模でなければ申請もできない。
コツコツと規模拡大していくには自己資金でやるしかない。
廃棄される資材や機械などを工夫してやってきた道をそのまま進めばいいのだ、ただせっかくの税金が一部の特定農業関係者たちに無駄に消費される構造がいやなのだ。
原子力村と同じ構造が農業にもしっかりある、風穴開けられないかな。
そういえば4月には原発が全機停止し当分再稼動もさせない様子、送電分離の話も生きてるし、核燃リサイクル廃止の動きが出てきた、いいことだが、ほんとうかなぁー、これには核武装を切望する超右派の完全撤退してもらえればの話だが、これも超ブラックボックス。
日時: 14:03 | パーマリンク
■ 2012年01月22日
放射能疲れに少しの変化かな
ようやく待望の雨、これで人参や大根、葉物の種などが蒔ける。
生育が止まっていた野菜たちも動き始めるだろう。
でも雨量は少なく数日空っ風が吹けば元どうりかも?。
畑仕事も一休み、書類整理など久々のデスクワーク、でも気が抜けて中々進まない。
3月の17、18日にはまた竹編み講習会をやることに決まった。
また尚さんと恵美ちゃんが講師、昨年中も2回計画してたがとてもできる状態ではなかった、少しはおちついたかな。
チラシ製作中、来週には添付します。
昨日松戸で放射能等の講演会があり、ロビーでは様々な団体の展示があり真澄農園も参加を要請され野菜を展示し放射能の測定値などのパンフを配りながら多くの人に説明した、放射能汚染から子どもを守る会が各市にできその共同企画、最初は参加を迷った、これらの団体は「汚染されたこの地の野菜を食べるな」との旗振り役で俺たちは見放されたのだ。
西日本からせっせと野菜を取り寄せている人たちが多い、でも少しはおかしいと感じ始めたみたい、他からもそんな声が出始めた、いい傾向だ、でもながかったなぁー。
さて今後どんな展開がまっているのかな。
福島の実家の村の農業振興活動をしている友人が「みんなしょぼくれて」と嘆いていた。
関西から多くのトラックが駆けつけて売れない野菜を買いあさっているという、関西ナンバーを隠す為に地元の車を借りに来るそうだ。
しらべて発表するマスコミはいないのかなぁ。
日時: 15:34 | パーマリンク
■ 2012年01月15日
お正月なのに忙しいぞ
ここ十年ストーブ用の木材を頂いていた大工さんも仕事が少なくなり、他で探さねばと考えていたところ年末にトラック1台分あるよと声がかかった、圭太と貝人に頼みとりあえず畑に下ろしてもらったら、年明けにはもう2台分追加になった、畑仕事もひと段落しているのでこの1週間は研修生たちの仕事は木材整理、チェーンソーや丸ノコの使い方を教えひたすら切りまくった。
おかげで薪はきれいに分類され、建築に使える木材も豊富に整理された、こうなると大工仕事の虫がたまらなくうずきだす、とりあえず研修生用の部屋の前に炊事場を建てた。
まだ木はある、ニワトリをもう少し増やそうと考えていたので鶏小屋かな? 施設の整備拡張も冬の仕事だが、野菜の他に糀つくりの大仕事に日々追われる、種つけから花を咲かせるまで約3日、繊細な注意が必要で気を抜くと雑菌が繁殖したり、花がきれいに花が咲かなかったりする、先日大失敗、黒カビが大発生20kgがコッコの餌に、すぐに設備全てをこまめに殺菌し丁寧に仕込み直す、失敗の原因を探り数冊の本を読み返す、どうやらか湿度を上げすぎた為らしい、本などには高めの湿度が記されているが、杉の糀ぶたはことのほか湿度を保つのでムロ自体は60%以下でいいのではないかと推測する。
ああ、本だけでは解らぬことがなんと多いことよ、農の世界では当たり前だよね。
この冬、寒さは調度平均気温、いい感じ、でも乾燥がひどい、野菜の抵抗力が落ちている、有機の土よがんばれ。
日時: 14:44 | パーマリンク
■ 2012年01月03日
たぶんひどいことは続くよ だから日々の幸せ
パソコンの状態は急速に悪化し、もういつダウンしてもおかしくない。
昨年の正月ならばすぐに買い換えただろう、でも今年は経済がそれを許さない。
ホットスポットは効いたね、でも今年はきっと巻き返すよ。
おかげで土や野菜たちといつもよりはるかに丁寧に付き合えたし、土や野菜も見事に育ってくれた。
セシウムなんか有機の力でおとなしくさせてやる、ナウシカの世界がきた、「腐界とともに生きる」が現実にと気張って過ごしてきた。
家族や仲間、そして地域が基本でありそれらを大切に一日一日を生きるという大事な事を日々思い返すことができた。
夢は間違ってない、方向は間違ってないととの思いはより強固に、でもやはり疲れてもいるみたい、心の中の空虚感も大きく感じる、いい子ちゃんを演じすぎたかな。
でもまだまだ大きな破壊的出来事は続くよね、お金が基本の世の中はまだまだ元気、破壊の神、荒ぶる神のご活躍が必要でしょう、世の中の現象は全て神の意思、いいことも悪いことも、神道の極意から「真澄屋」の名をつけた。
ここで引き下がるわけにはいかない、原発も荒ぶる神である、頭をたれながら「静まりたまえ」である。
除夜の鐘とともに家族勢ぞろい+コジの9名で近くの神社とお寺に参拝した。
お寺では先着三百名にくじで景品が当たる。
上がり階段に並べられた景品とそれらを配る役員が邪魔だ、なんで煩悩に頭を下げねばならぬのか、頑張っているのはわかるがちがう。
冷えたよ身体も心も。
日時: 14:41 | パーマリンク
■ 2011年12月23日
百姓のご褒美
真っ暗な5時過ぎに、帰ろうとすると、いつも金星と火星が迎えてくれる。
西の空に金星が現れて半月、だいぶ上がってきた。
数ヶ月前から東の空に輝いていた火星も中空高く登ってきた。
そのうちお月さまもご登場、3つが絶妙な配置になることもあり、毎日見とれてしまう。
百姓たちへのご褒美だ。
いよいよ糀屋さんが始まった、これから3月まで日々の仕事となる。
種糀は江戸川台の漬物屋さんから買っていたが、いつ行っても閉まっている、つぶれたらしいので秋田の製造もとから取り寄せたら70g800円で買っていたものが1200円、とりあえず10個が手元に、高くてもこれで大安心、気を入れてさあ、初めての仕込みと米を蒸かそうと思ったら桶の中の昨日から浸しておいた米がだいぶ減っている、何が起きたのだと慌ててマコトに聞いたら、予約注文が入っている2件のお店に入れたという、何の迷いもなく浸しだけの米を糀として出荷しようとしてたのだ、慌てて箱から取り出すと袋の「こうじくん」とか書いてある。
怒る気はさらさらなかった、気持ちの原因が知りたかった、今後出会う若者たちも同じだろうと、問いただしたら、効いたらしい、翌日パソコンや本屋を巡りその翌日は畑でネギを掘りながら「大切な仕事を汚してしまいすみませんでした」と泣きながら謝ってきた。
これも最上のご褒美だ。
さあ、あと8日。
日時: 14:34 | パーマリンク
■ 2011年12月18日
はらいたまへ ふるいたまへ
腐植、つまり有機物を田畑に入れ続けると隙間だらけのころっとした土が段々多くなる、団粒構造という。
保水、排水性が良く、様々な微生物も住み着きやすくなる。
かなり良くなってきたのが見た目でわかる、まだ粘土の固まりのようなごろごろ土の所もあり、そこではやはり育ちが悪い、植物性の堆肥をもっと入れなければダメだ。
土を見る目はまだほとんど素人だがここまででも10年かかった。
次のステージはその団粒構造の土や投入し続けた炭やサンゴなどに醗酵菌が住み着き冬でも土の中での醗酵が進むようになり様々な虫たちの世界が増殖され調和のとれた自然界の姿が現れる。
そして腐食が土と結合される時放射性物質も一緒にがっちり固定されまた炭等の中に取り込まれ根からの吸収を阻む。
反対に化成肥料や農薬などの化学物質はセシウムたちをも元気にしてしまう、化学反応が好きなのだ。
わずかな人や家畜の糞を利用して手に入れられる草を全て醗酵させてきた数千年のこの島の文化は人類の宝物、やはりこの国は一番の得意技を磨き貢献しないでどうするとの思いがまた少しこの年末に燃え上がってきた。
「山本あまよかしむ」と名乗る彼女の超自然編み物作家がうちのワラででっかいガメラを編んでくれた、「このガメラは放射能を吸い取るから正月7日に燃やせ」と、その習慣を流行らせたいという。
「良い正月、超きそう!」との気持ちが燃えた。
日時: 14:40 | パーマリンク
■ 2011年12月09日
けっこういい年だったかも
今年は研修生の当たり年、毎日のように数人が通ってくる。
みんな本気で農の世界を望んでいる。
どんな仕事も懸命にこなす。
みんな30才でこぼこ、3月から週末は青戸から仕事のバイク便の単車で必ず来ている圭介は、2月に妻子共々宮崎の都城で百姓生活を開始する。
ゴールキーパーとしてプロをも目指したど根性男にはためらわず大変な仕事を任せたがくじけなかった。
ミコちゃんは彼と共に田舎での多角的展開を目指している。
彼は厳しくて、たとえ仕事でも勉強にならないものだと「なに仕事なんかしてんの」と怒られるからと、週3日以内の仕事しか探せない、そして3.4日三郷から通う。
先日からふるい仲間の根津の屋のレストランでも働き始めた。
今日は耕運機デビュー。
9月より月、火、水は研修あとは警備員の草加のジュンジュンは来春からの我が農園でも仲間入りを目指す。
最近日曜日には錦糸町から自転車で片道2時間近くかけてくる40才バツ一のゴルさんは完全変人、自然療法の東城さんの教室で一年間鍛えられ、まずは墓を成田に買った、全財産で、「その墓に誰が線香上げんの?」「まずは墓が基本、勿論これから結婚して子供も」と平然。
その他1週間位の短期もちょくちょく入る、毎日研修と仕事の割り振りに頭を悩ましていたが、だいぶ慣れてきた、面倒だという気持ちはかなり薄まった、ジジイには早いぞと天使たちが引き上げてくれる。
日時: 12:12 | パーマリンク
■ 2011年12月03日
家族、仲間にラブ注入
直売所に売れ残りの野菜を引き取りに行くのが辛い、毎日山ほど戻ってくる。
でも高温の影響で畑にも野菜があふれているのでどんどん収穫し、毎日残り物を袋から取り出し出し畑に帰す、修行だね。
まわりの農家も皆同じ、暗い、風向きは変わらない、市の広報には常に放射能の記事が大きくしめている。
種屋のおばさんまでメルトダウンなどと言い出す、必ず風は変わるよと言い続けてもみんなの心の闇の重さがきつい、なんともいやな師走に突入、ともかく寒くなれ、みんなで暖かい鍋を突っつけ、家族や仲間の団らんで心が温かくなれと毎朝温度計見つめている。
箱入り子猫がスズメを捕らえきれいに食った。
これでかなり一人前、猫社会の中で生きていける、良かった。
貝人が頑張ってきたえてくれた。
ペットフードは嫌い、家の残り物で育てたい、それもうまくやってくれた、何でも食う、カブもほうれん草の根もよく食べる、上等だ。
住み込みスタッフのマコトも半年をすぎ、野菜への目つきが確実に変わった、身体に溜まりにたまったジャンクフードがぬけてきたかな?、まだ殺気を少し感じるからもう少しだね。
ともかく少しでもみんなが元気だせるようにするしかない。
状況が悪化するほど家族や仲間が大切になる、戦乱のパレスチナのガザではストリートチルドレンはいない、親族や仲間が必ず面倒をみる、人の基本だ。
大和の国は???。
日時: 11:54 | パーマリンク
■ 2011年11月26日
霜がおりて 竜がおりて キラキラ
今朝初霜がおりた、葉の上などでキラキラときれいな輝きを見せていた。
いつもならアラ大変だ、早く里芋などをほりあげねばなどとあせるのだが、今年の秋の高温続きから少しは解放される喜びの方がはるかに大きい、霜に感謝は初めてだ。
一週間前に浦安で「奇跡のりんご」の木村さんの講演をみんなで聞きに行き、買ってきた「見えないものを見る力」という新刊を読んだ。
どちらもかなりがっかりした、百姓としての親しみがわかない、選ばれた人として人の道を語る要素が以前より強くなっている。
化成肥料と農薬で野菜を育てる一般的な農業と生の有機肥料を多投する例が多い有機JASを強く批判する。
同じ立場を経験してるなら、農法を変え、販路を変えていくことのむずかしさは解っているだろ、消費者目線のような話しはしてほしくない。
九州の農民作家山下惣一氏が「農家が農薬を日々浴びていることを考えろ、そのことにまず感謝を」との言葉が胸に染みる、現在の日本全体の自然や農業に関する文化的レベルはあまりにも低い、まともに考えたことがないのである。
続けているだけでも滅茶苦茶大変な農家たちに対する批判はかなり気をつけなければ経済界の間の手にのせられる、やばいよ、へたすりゃTPP推進のピエロにされちまうよ、誰にもまねできない物語を持つ愛すべき百姓として輝やき続けてほしいな。
日時: 13:22 | パーマリンク
■ 2011年11月19日
大厄を振り払え 希望の天使たち
イズが去り、新相棒のマコトが一人立ちして20日目、まだまだ半人前、作業の遅れを心配したが、この所3人の研修生が懸命に仕事を手伝ってくれる、3人合計で7.8日程度、マコトの遅れも補ってあまりある。
おかげさまで彼にイライラしたりすることがあまりなく、「仕事のコツを智恵をさがしな、日々さがせ」とエールを送れる余裕は彼らのおかげ、感謝でござる。
また、その余裕が百姓を本気で目指す彼らになるべく必要な体験作業かの選択がかなり可能になってきて「草刈りばかりでごめんねぇ」と気の重い言葉をはでない、OK。
病気で大変な百姓仲間のからSOSにも迷わずかけつけることができたのもマコトも含めてみんなのおかげ。
実はこの秋、気温が2℃以上高い日が続いて野菜たちが育ちすぎ半月後の予定のものが今出荷、市場も直売所も野菜で溢れ大暴落、懸命に作業しても半分以上は売れない、日々袋から出し畑に帰す苦痛な作業にも時間がかかる。
無為な行為の連続は修行かもしれない、チベットの昔の大聖人パルミュラの修行時代、家を作っても作ってもその都度師匠にぶち壊された話を思い出す、ともかく目の前の野菜を放ってはおけないだけだ。
高温注意報は12月半ばまで伸びた。
これは本格的にヤバイ、農の世界の大厄年は最後まで猛威を振るうのか。
こんな状況下でも農を志す若き仲間の存在は希望の天使、めげずにいこう。
日時: 15:04 | パーマリンク
■ 2011年11月12日
もうすぐお正月
家や田畑の片付けも本格的になってきた。
正月はかなり近づいた。
粗大ゴミ等の回収も年内に3回しかない、久々の休日、痛んだ無尽直売所の修理、鶏小屋の修理に鶏糞出し、レンジの掃除に長芋の真空パックなどかなり進み満足、雨上がりの朝早くEM活性液を西深井小の浄化槽に流し込んでたら雲間からお日様が出てとてもさわやかな気持ちに、お日様はありがたい。
もう10年近く続けている新川承水路の浄化作業も今年度いっぱいで中止と市役所からの通達、ともかく予算が削られているとの事、高々50万、せっかくどぶ川のヘドロがかなり消え、そろそろ魚の放流も考えていたのに残念、周りの自治会にでももちかけて復活折衝しようかしら。
今日あとは明日堆肥を運ぶダンプを借りに行くだけだ、生ゴミ堆肥を製造している白井のフジコーよりいつもダンプを借りて運んでいたが突然ダンプが借りられなくなった、事故時の責任体制が問題と社長の鶴の一声だそうだ、大問題勃発にかなり落ち込んだ、堆肥を運ぶので臭いの問題で中々レンタルできないのだ。
ようやく借りられる所が見つかったがこの先の保障はない、ともかく今年は厄年だ、有機農家をあんまりいじめんなよとグチも出る。
でも今月から新相棒の大番頭のマコトがバリバリやる気充分に張り切っているし、研修生たちも気持ちよく働いてくれている。
充分ではないか幸せなほうだ。
日時: 14:56 | パーマリンク
■ 2011年11月04日
TPPは戦争の始まり
TPP問題の詳細が表に出てこないのは「対中国戦争」が根本だからだと考える。
敗戦国の日本に与えられた使命は中国の覇権拡大を抑えることだ。
この道は世界大戦の匂いがする。
アジアはまだまだ不安定要素が多い国が多数存在する。
いきなり滅茶苦茶な局面が出てくることもありえる。
TPPに参加しないと米国と中国が締結し日本は取り残されると心配とラジオで信頼する佐藤優が心配していたが、間違いだ、中国と米国が仲良くなればOK、とりあえず戦争は免れる。
みんなに伝えられないTPPをよくこれまで強引に進めようとしてきた行政と政府はある意味でえらい、だから頑張ったけどダメなのよと米国にも顔が立つ、そしたら日本はわが道を走り抜ければいいんだ、真の独立国、世界に役に立ついにしえの国、なにも恐れることはない、日本には恐ろしいほどの蓄財がある、吸い上げられる前に平等に使える仕組みを整えていくのが政治の使命、仕事を分け合うワークシェアリングの普及が必要だと常々考えてきたが最近その声も聞かない、変革の時代だからこそみんな保守的に動く、革新的な動きは併殺される、禁煙権運動はもっと激しくなるかも、ヤバ、そこかよ? 新入りのチビ猫はようやく外を駆け回りだした。
貝人が毎日外に慣れさせてきたおかげだ。
隠れ場所を常に意識しながら風や匂い、虫の音に注意、そう、猫になれ。
日時: 11:38 | パーマリンク
■ 2011年10月28日
いのちの計算
久々に子猫が仲間入り、薄茶の雑種、一ヶ月のを動物病院から里入れしたので、太り気味、鍛えなければいけない、なにせこの地区は放し飼いが常識、色んな猫がうろついているのでひ弱では生きていけない。
前の子猫は貝人の部屋で侵入してきた猫にかみ殺された、となりの化け猫の差し金なのは明らか、ほんと。
猫の飼い方の基本として外中自由がいいと考えている。
障子や戸などに猫の通り穴を工夫してある昔のやり方が好きだ。
事故にもあう、エイズにもなる、でも猫の本文をまっとうできるだろう。
小鳥やネズミなどを追いかけ、周りの猫同士の世界に遊ぶ、でもまだ「カツオ」はひ弱い、家の中で生まれ育った猫は初めてだ。
やはりちがう。
貝人が外の訓練を始めた。
さてさて。
できればもう話題に余り上げたくない放射能のことだが、事態は悪化しているようで日々のしかかってくる。
野菜などはちょくちょく測定に出す。
正確な数字を知りたい品目は普通二十分位で計るのが二時間ほどかかるので一万円以上になる。
昼に帰ったら検査結果が来ていた。
見るのが恐いのでスタッフのまかないが準備を終へてから覚悟して見ると「3ベクレル」。
付きまとっている霧がさっーと晴れるような安堵感、「5ベクレル以上」は幼児、妊婦避けたほうが良いというが僕の基準、元気な大人は20以下は心配しないほうがその人の精神的にも農家の経済にも良い。
日時: 11:59 | パーマリンク
■ 2011年10月25日
電力、議員たちに福島の米を
家に帰ると、子供たちが毛布にくるまっているのを時々見かけるようになった、主に貝人だが。
僕も小学生の頃毛布に包まりながら寝転んでテレビマンガを見ていた時の至福感をはっきり思い出すことができる、「コタツはまだ」との要求には「まだまだ」と断っているが、蒔きストーブはそろそろ使うべき朝や夕が数日のうちにきてもおかしくない、木材はもらってある、あとは整理、割ったり切ったりして使い勝手がいいように配置も重要、半日はかかるけど、その時間が中々取れない、本来休日の土曜日が今年は丸っきりとれない、こんなの初めて、でも苦には思わない、農作業は好きだし、何せ今年は滅茶苦茶、世界中混沌、希望の光をどこに求めればよいのか解らない。
希望さえあればもっと日々を大切に生きていけるのに重いね。
野菜を卸している東京の店から相談が「良い米を作り続けてくれた茨城の米が一割しか売れない、頑張って理解を求めたが、かえって危ない物を売る店との悪評が出てきた」と、被害にあっている人たちを支える人たちが攻撃される。
なんとも凄い個人主義。
東電や電力関係、経産省は勿論、議員たちに給与天引きで福島などの米や農産物などを配給すべきだ。
TPP問題の前に日本の農家は潰れてしまう。
責任ある人たちは不幸をともに背負いながら明日を考えてほしい。
早くこんな年過ぎないかな、年の神様ごめんなさい。
日時: 15:07 | パーマリンク
■ 2011年10月10日
鬼が元気に姿をあらわしてきたよ
東京の小学校から米のモミすりを頼まれていたが、流山になんかもって行くな、放射能がうつるとのPTAから苦情がでたと、断られた。
完全に非科学的で、エンガッチョ、差別の世界だ。
近所の農家から「皇室関係も通う名門の小学校の女校長が親戚で困っているからよろしく」と何度も聞かされて、間違いがないように学校と直接話すとお願いしたがジサマが必ず仲介する。
断りくらいは直接で、せめてウソでもついてもらいたかった。
あんまりだ。
種屋のおばさんが困っていた。
赤城神社では祭礼の前に大しめなわを毎年作る、文化財にも指定され、立派な部落の儀式であるが、若いかあちゃんたちが放射能がついたワラを触りたくないと罰則の千五百円をどんどん払っていくそうだ。
「祭りなんか止めちゃえばいいのに」の声も少なくないらしい。
地域に大きな溝が。
EM菌で作ったMさんのお米を地域の二つの保育園で毎年給食用に出していたが、もっとセシウムの低いお米をと断られた。
行政が検査して不検出、NDと出すのは20ベクレルより下のもの、御の字で流通できるが、真澄屋では一桁台まで検査してお客さんに報告するのが義務だと何回も検査に出し続けている。
Mさんの米は16ベクレル、数字を出したが為のきびしいお達しか、妥当か判断に迷う。
断られたMさんたちは「しかたねぇな、来年は下がるようにやり方を教えてくれ」と前向きな姿勢に救われた。
断った大人たちが食べることを考えてくれないかな。
日時: 14:45 | パーマリンク
■ 2011年10月01日
草との付き合いまだまだだね
沖縄に移住した哲&友ちゃんからお願いが来た。
正月に新宿のホームレス達の支援拠点「こもれび荘」で餅つきをと。
昨年まで彼らが準備して演奏もしていた。
道具一式、軽トラも貸します。
誰か引き受けてください。
沖縄は二毛作が可能で今田植えをしているそうだ、元気そうで何より。
お知らせもう一つ、県の環境農業推進室から「奇跡のりんごの木村秋則さんの講演会」のパンフが届いた。
十一月二十日浦安市文化会館、早速20枚ほど予約した、行きたい方には分けるよ、また電話で文化会館に予約して現金書留でチケットの郵送も可能。
本では飾り気のない百姓の匂いぷんぷんの文章で農の世界を語る姿に深い感銘を受けた。
竜やUFO,曼荼羅などとの出会いさりげなく語るのが良い。
今日で10月、でもまだ稲刈りが続く、8月の大水で機械が入れない田んぼが数枚、早い梅雨明けで夏草がもじゃもじゃ生えまくり、コンバインは使えない所が多数、あきらめてバインダーで刈り取り、数日乾かしてからの脱穀や手狩りで対応、ありがたい助っ人も現れ何とか先が見えてきた。
梅雨明けの除草は考えたことがなかったがこれもまた勉強。
少し離れている畑仕事が恋しい。
日時: 12:34 | パーマリンク
■ 2011年09月25日
心配は尽きない、でも日々の幸せ
借家の居間と台所の間に六畳の部屋があり俺とマサが寝ているのだが、布団がないときは大通り、がきどもが小さい時は毎日のように格闘していたが最近はたまに帰ってくる桃太に貝人がちょかいを出し暴れている。
貝人はガラスに手を突っ込み手首を8張り縫ったこともあるが、桃太は交通事故、貝人は腕の骨折でそれもなくなり寂しかったが、先日回復した二人のバトルがあった。
ケンかも含めてじゃれあっている姿はいつも楽しい(本気のケンカの横でニタニタしていてよく怒鳴られる)。
その時はありがたさを強く感じた。
普通に生活していての幸せ感は世の中の不安感に簡単に押しつぶされてしまう。
もっと何とかしなくてはとあせり、家族や仲間に背を向けがちな気持ちが続く時は気分が悪いが、仕方がないんだと慰めることがうまくなった気がする。
多分顔つきは悪くなったな。
超多品種の有機農業なんて心配の種が尽きないのに今日も数品種の新たな種を買ってきてしまった。
病気だね。
でも果樹や花の世界もやらなくてはという気持ちがいつもある、もちろん動物や魚の世界もあるし、微生物の世界も、色々やりたい。
とりあえずタバスコとキムチドレッシングは作りたい。
彼岸花が不気味に美しい。
日時: 11:20 | パーマリンク
■ 2011年09月18日
科学物質汚染はセシウムより深刻
酷暑に蝶たちは弱いみたい、キャベツや白菜など植えつけてはネットをすばやく設置する作業が続いたが蝶たちが余りに少なく出費や手間がもったいなく感じる、夜行性の蛾はわからないのでやっぱりやっていて正解なのかな?
有機農法の世界にはこれで必ず効くといような農薬などの防除が確立されていないのでいつも手探りだ。
田んぼも稲が大きくなる6月までしっかり除草すれば大体大丈夫なのに、梅雨明けが早かったせいで夏草があちこちで殖え、脱穀するコンバインの中で色んな中で詰まる、回らなくなったプーリーにベルトがこすれ熱で切れる。
これはよくある、一本4.5千円、店の在庫がないこともよくある。
大変な経験の中でかなり慎重に操作ができるようになったが、今日は鉄のプーリー自体が付け根からぶち切れた。
一番がたがたいう振動が激しい所、脆性疲労だ、400時間しか使わなくとも鉄にひびが入り壊れる、すぐに思ったのは原発の一番振動や圧力がかかる再循環ポンプ、福島は40年たっている、放射線による疲労が輪をかける、放射能に歴史はない、全て実験、そしていまは人体実験。
農薬や添加物、薬などの化学物質はセシウム以上に日本全土を蝕んでいる、なぜ気づかん?
日時: 16:01 | パーマリンク
■ 2011年09月09日
ともかく毎日歴史ができる
半年前に「芝居をやるんだ」と研修に入った伊邪那の初舞台が先週あり、場所は六本木の俳優座、みんなで観にいった。
江戸時代の扇子屋の番頭、秋田婆ちゃんが俺につくろってくれた着物で汗だくになりながら無難に役をこなした。
ちょっと番頭さんなのにカッコ良すぎるのが気になった。
数日後伊邪那に軽く文句を言われた。
「会場でビール飲んだのとうちゃんだべ」、あっ、缶を捨てるの忘れた、飲食禁止はわかっていたがばれないように気を使ったつもりでいたが、忘れた。
そのおかげで伊邪那が次の公演が始まる前の注意の呼びかけの内容が急に変わりうまくしゃべれず劇団員からも大ブーイングが湧き上がったとのこと。
「多分とうちゃんじゃないのかな」とすぐに思ったらしい、「やっぱり」と劇団仲間のに話したら大爆笑、良い出来事と書くと家族は猛反発するだろうな、、、。
快医学のフー子が最近朝夕我が畑の周りで犬の散歩を始めた、さっき夕方に初めてあった。
「この辺は放射能が低いのよ、0.3を超えると鳴るように測定器をしてあるのよ、他ではぴっぴうるさいんだけどここは大丈夫」、測定器も買ったのだ、フー子はできる女だ、うまくいけば遊べるかもと、秘蔵のどぶろくを穴から取り出しプレゼント、ゴクゴク飲む姿はご立派。もうすぐ名月。
日時: 16:00 | パーマリンク
■ 2011年09月02日
結婚式に千の風
お盆の秋田に続いて圭太とマサ、今度はそれにイザナの同級生の二人とともに名古屋での結婚式に、今回は東名高速で日帰り、朝は喫茶でモーニング、330円でトーストにゆで卵もついている、長年続いている風格がにじみ出ている名前も「大臣」。
圭太たちは歌を歌うことになっていたので車中でその話になった時、冗談で「千の風になってにしようか」と石井が歌いだした、面白いけどさすがにと思ったが実際に88才の新婦の爺さんが歌いだしたのには本当にびっくり、先立った婆さまもここにいると、アカペラで朗々と、祝いの日に「死」を織り込むこともけっこう粋な味付けだ。
それに付け何も祝うことだできない新内閣、まったくつまらん、脱原発の風にのって、科学物質やワクチン等の弊害を握り潰している厚生省にも火の粉が飛び散ればと願っていたが、これは潰されるな、大事にならなければなるべく追求しない大手ジャーナリズムも大きな変革はできない、情報公開が全てである、しっかりした情報があれば、どこからでも攻めあげていけると考えるが、中々ジャーナリズムから声が上がらないね、ゴルバチョフがきて叱咤激励しないかな。
チェルノブイリが情報公開をが進みソ連が崩壊に至った歴史をなぜ不通に語られないんだろう、みんな原発に関することは忘れていたんだね。
日時: 15:54 | パーマリンク
■ 2011年08月27日
蛾が教えてくれたよ
牛乳割り焼酎の湯のみに小さな蛾が飛び込んだ、時々ある、窓や戸は全て開け放たれ網戸もないので生き物は自由に入ってくる、一応蚊も死なない除虫菊の蚊取り線香と蚊帳で夏は快適に越すことができる。
コオロギやセミにカブトにカミキリ虫や時にはスズメバチが飛び回る、その時はひたすら伏せて出て行くのを待つ、ここ数年アオダイショウは家に入ってこないが縁の下や周辺で暮らしている、当然蜘蛛の巣も多く、毎日の掃除の時少しずつ吸い込んでいる。
時々繁殖するネズミや米を食い荒らすコクゾウムシたちとの戦いもあるが壊滅的被害にはならない、田畑でもある程度の経験を踏まえれば虫や病気、鳥獣たちからの害も何とか防げる、色々と大変な現実は確かだが何とか先が見えてきたのも確かである。
そんなことを感じたのも焼酎に入った蛾をそんなに汚く思えなく、つまみ出し飲めるようになったからだと思う、この蛾もあの野菜たちを食って育った、野菜も虫もオラたちも全てあの土からできているという思いが蛾の毒さえもそんな違いもないものだとの認識を自分のうちに沸いてきたことがとても嬉しい、ある意味で一つの小さな悟りではとウキウキしている。
でもまだ虫や草の生きている感覚は実感としてつかめていない、でもそれを追い求めることができる百姓の日々は幸せだ。
日時: 15:50 | パーマリンク
■ 2011年08月19日
青森よ核を捨てろ、急いですてろ
盆前後に北海道のこどもの森から帰ってきた麻実は風邪、貝人はスーパー下痢、気温差で参ったのだ。
それでなくてもこの夏は変化が大きく身体にこたえる、夕べはアイスノンと扇風機でようやく眠れ、今夜は焼酎の梅お湯割りがおいしい、野菜たちにはけっこういいかもしれない、あいつらショックを与えると強くなる、今年の秋冬ものはいいのができる感じがする。
去年の今頃は何をやっても暑さと虫の猛攻撃でため息ばかりだった、それでも葉物はうまくいった、多品種少量栽培はリスク軽減に大いに役に立っている。
これがダメでもあっちがあるさで何とか乗り切れる。
多分一つの正解。
中3の夏、北海道の蒸気機関車撮影の旅を終えて青函連絡船の中でその夏優勝した銚子商業と作新の江川の試合を見ていた。
雨の中江川の指が滑り押し出しで決まったと記憶している、青森の、八戸の光星学院の優勝を願う。
今度の震災で被害は少ない県だが、六ヶ所村に「核燃料リサイクル施設」という超高濃度の核のゴミ捨て場を抱えている。
普段でもセシウム何万倍も危ない元素がけっこうこ漏れ出している。
俺の認識の中では青森は被爆寸前の危うい地域という暗いイメージ、前は困難さでは薩摩弁と双璧だけど、若いおなごの語り合いはスズメの学校みたいでとても素敵、好きな県だったのに。
日時: 12:06 | パーマリンク
■ 2011年08月14日
福島には洗濯ものがないのかな
秋田への帰省の途中、仙台空港付近の津波被災地区に足を伸ばした。
延々と広がり続く田畑は塩害で草木は枯れ果て、家や車やハウスの残骸がまだ多く残され、除草剤をぶちまけられた戦火のベトナムの様相を思い浮かべた。
その中で墓だけが何とか形を取り戻していた、盆を控え「墓だけでも」との心が強く動いたのだね、各地での祭りの再開への思いも同じだろう。
海岸沿いには数キロにわたる大ハウス団地まったくぺちゃんこに潰されたまま手付かずで残されていた。
高価なミネラル肥料の新しい空き袋には、潰れかけている農業への復興への願いがあったのだろうか。
人里に近づくと工事や片付けの姿が多く見られる、大都会を間近に控えるこの地区はこれでもかなり復興への条件はいいのだろう。
それより多大な農地や漁村が潰れても輸入物がすぐに大手をふって闊歩し、全国の農漁村がさらに疲弊し貿易関係が太るのが現実、朝4時に家を出たが直前の地震で常磐道が水戸手前から不通になり、東北道も大渋滞、おかげで下道の迂回路をひたすら走るはめに、でも街や農村を通りぬけるのは生活をより身近に感じられそれなりに面白いのだが、どこにも活気がちっとも感じられない、秋田でも景気は最低、トンビは激減、でも土産屋でEMで作った大根の「いぶりがっこ」があきらめねえぞと光っていた。
日時: 16:36 | パーマリンク
■ 2011年08月05日
かぶとが飛び込んできたぞ 夏
桃太の再手術後、日々良くなり社会復帰もすぐそばまで見えてきて凄く安堵、絶望からの生還だ。
バイクでの事故により足の付け根の動脈が破裂し25センチの人口バイパスを入れた。
そのままでは激しい運動は無理、一生大好きな納豆も食べられなくなるそうだった。
体力と根性だけで勝負してきたやつがその最大の武器が使えない事に本人はさぞやびっくり応えただろう。
身体を余り使わない仕事を頑張って探したがことごとくだめ、再手術の前の夜、さわやかな笑顔で言ってくれたのが嬉しかった。
手術は5時間位かかり、術後かすかな声で「いてーよ」と繰り返しながら片手をベットにひ弱に打ち続けながら泣いていた姿には参った。
何とか痛み止めが効いてきたので畑に戻ったが、気にかかってしょうがない日々が続いたが3.4日もすると日増しに好転し、うまくいけ体力系の仕事もOKだという、起死回生、ありがとうございます。
明日から甲子園、例年なら雲ひとつない空、風も止まり、ひたすらビールしか頭にない最盛夏の頃、なんで好きこのんでこの頃にやる田んぼの水路さらい、確かに秋の収穫時コンバインが入れるように、盆にはご先祖様が田んぼに安心して遊ばれるように、確かにこの日だ、でも草刈り機やクワを陰一つない炎天下で長時間振り回す作業を淡々とこなす古老たちの本物さに感動するが限界だね、もう何年もつかなぁ?
日時: 15:16 | パーマリンク
■ 2011年08月01日
尚さんの竹教室
ド暑い盛りのカゴ編みと、ヒゴ幅取り器の製作教室のおしらせ。
8月11日(木)~12日(金)の二日間。一日参加もあり。
場所。鴨川のナオ宅。
用意するもの。前掛け、たちばさみ、あるいはニッパー。ペンチではないですよ。竹割り包丁。これらの工具を持ってない人は、ナオが貸す。
ゲストルーム(タダ)に泊まる人は、食事を皆で一緒に作ること。
費用は,
竹ヒゴ用の「幅取り器」を作りたい人は、金具代がいる。いくらかかるかは今は分からない。おそらく1千円以内であろう。
漫然と見学しに来る人もOK。見学もしないで、飲んだくれている人もOK。タダ、自分の飲む量のアコールは持参のこと。
日時: 15:11 | パーマリンク
悲願を抱えお盆に突入
夏野菜のピークが過ぎスタッフ二人に2ヶ月ぶりの休日を出せた。
放射能騒ぎで一時は売り上げが激減したが色んな仲間の協力で大量の野菜たちをさばくことができた。
放射能測定のカンパまでいただいた、感謝、感謝、気持ちもほっとして8月を迎えることができた。
あとはお盆までに田畑をきれいにし、精霊たちを迎える準備に専念、こうゆう年こそていねいに祭ろう。
わらや腐葉土からセシウム、牛もそうだが東北の有機農業者たちはやりきれないだろう。
しかし意外とセシウムは塩素のようにすぐに他の物質にくっつき離れにくいので意外と根から吸収されない、化成肥料を使わない有機ではなおさら吸収しにくいはず、チェルノブイリでの様々なデータの中に土から野菜への吸収係数がある、この地の土壌は約1000ベクレルだから米や野菜の係数を当てはめると1ベクレルには届かない、測定してもらった値とほぼ一致しているが、係数データ自体が数少なく信頼性に欠ける。
今や日本は大掛かりな実験場、本当の状況が明らかになるのはこれからだ。
秋野菜や米などや田畑の測定をして推移を見守る予定。
日本中の食べ物のほとんどが5ベクレル以下にならなければ心底落ち着かん、悲願だね。
9月には来年度の予算が決まる、原発関係予算を自然エネルギーに、これも長年の悲願。
日時: 14:59 | パーマリンク
■ 2011年07月23日
あっと驚く ためごろう あれっ
種屋さんで「アワノメイガは、律儀に一本に一匹しか入らないおきてのようなものがあると聞きました」と、家庭菜園用の種を買いに来た婦人から聞いたが、いや、いっぱいはいってっるよなぁーと聞いていたが、昨日トウモロコシの穂の部分を刈ってカラスよけのネットを張る時にどのくらい侵略されてるのか一本づつ確かめてみた。
確実に95%以上に幼虫が入っている、もちろん皆つぶす、一匹が多いが2,3匹もけっこうある、アワノメイガの個体数や産み付け方に思いをめぐらした。
夏本番のこの次期その他のいろんな虫も葉も茎も食い荒らしている、この列もまた半分以上が出荷できないなと諦めながらも今回は少しの希望が見えた。
一作500本ほどのとうきびの虫を一つ一つつぶすことなど到底できるわけがないと考えていたが、初めてできたのだ、ただその作業が本当に役に立つのかはわからないけれど、その仕事ができた余裕に感謝。
“ガンバレ流山”と書かれてある5センチほどの焼き物バッチを古老ヒッピーの歌い始めたアーチストの笠間のアイデコしんやが作り、それを写真にし、A3までコピーで伸ばし、さらに絵やメッセージを書いてさらにパウチをして送ってくれた。
「こんな逆境にもチャンスあり、やることやるしかありません、元気バッチを作ってみました」とのこと、どうしようもない時ほどスチャラカパワーが必要だよね、植木さん。
日時: 12:54 | パーマリンク
■ 2011年07月16日
頭の中はピーポーピーポー
長男圭太が尿管結石で救急車で運ばれた2日後、6人目の末っ子貝人が公園で手首を骨折して駆けつけた救急車に保護者として乗り込んでた、そしてその救急隊の人たちは先日の人たちで「歩けるようになってよかったですねぇー」となじんでいた。
手首の太い骨が折れ、細いほうの間の碁石のような骨は他に飛び散っていたが手術せずに何とかぴったり元に戻り、石膏で固め、あとは治るまで待つだけ、後遺症の心配は無く誠にありがたや。
数百年前の骨折の場合どのように処置し、またされず、その後の生き方はどうだったのだろうと凄く興味がわいてきた、今度年寄りに聞いてみよう。
面白い話が色々ありそうだ。
馬鹿みたいに数多くの野菜を育てる中で毎年、毎日、悩み続け、毎日のように小さな気づきがある。
その中でも今年のキュウリは面白かった、ここ数年全国的に猛威をふるい、広がったらどんな農薬も効かないとされている「ズッキーニモザイクウイルス病」から復活したことである。
ともかく酢や焼酎、EM、ニーム、高い漢方資材等の混合液を毎日のように散布し続けたら樹勢が戻り、病気は完全には消えないが病気に勝っているのが完全に感じられる、野菜の中の自己免疫力を実感、これは自分にとり大きな学びで、やる気もわいてくる。
クソ暑く、クソ忙しい中で一番大切なのは気持ちだ、楽しくやりたいね、色々あるけど。
日時: 15:27 | パーマリンク
■ 2011年07月11日
もうすぐ復活、ゴールデンバット
あれだけ鬼のように騒がれていた嫌煙権活動がピッタと止んだ。
ニコチンとセシウムでは格が違う、愛煙家にはありがたい。
嫌煙権活動も科学物質で世界一汚染されている日本の状況に目を向けさせないように経済界や医学会が仕組んだ煙幕だ、勿論原子力村も絡んでいる。
レジ袋や割り箸にみんな大きく気を使いながらとんでもない核のゴミは問題にしないいびつな社会、30年前に出された名著有吉佐和子の「複合汚染」と広瀬隆の「東京に原発を」は跡形も無くもみ消された。
その30年間の間に問題解決への研究をしてればいいが、それさえも拒んで時間だけが過ぎた。
世界中に悲劇は山積みされているのにみんなで安泰な生活を蝕んだ、取り立てて誰が悪いのでもない、みんなで悪い夢を見てたんだ、目を覚ませばいいだけ、自分の心の中のエゴを見つめなおすのにはいい機会、様々な問題が吹き出て疲れている人が本当に多いみたいだ。
こんな時こそ一日一日を大切過ごすしかない、人間関係が一番だ。
そこが一番疲れるとこでもあるけどね。
梅雨明けて厳しい暑さが予想される朝ラジオから「美しき青きドナウ」、研修の3人も来るしがんばんべと気合が入る、ハウス内のトマトたちの温度を下げるべく遮光資材を吹き付けていたら圭太から腹が痛くて動けないとSOS,救急車で病院に、軽い尿道結石、盲腸とかでなくて良かった、夏の物語の一つ。
日時: 16:40 | パーマリンク
■ 2011年06月25日
会話一つで放射能は減らせるよ
先週書いた森のおじじの言葉「ほれこんで」が頭から離れない。
街びとの俺たちの日常には森がない、幸い自分には農園があるのでまだいいが、コンクリートジャングルで暮らす東京人は大いなる自然との対話は日常的にはかなり困難だ。
おじじの悟りへの道をまねするのは難しいが、何とか街の生活者に役立てることはできないのかと考えてしまう。
インド音楽やってた頃、インドのババジー(修行者)が銀座の交差点の歩道でいきなり座って瞑想状態になり数分して「どこも同じ、ただ地下の電車がちょと気になった」との言葉はどんなに悲惨でくだらない町でも「1万年のうちには時々はあるさ、その中で、もがく心も美しいんだよ」と深みも伝わってきて、今も心の指標の一つになっている。
現実の変化困難な時には「仕方ない、5千年後を考えて、今できろことを日々大切にやるしかないじゃん」、「悲観しても一日」なら「ぼっーとした一日」の方がまだまし、「少しでも希望とともに生きる一日」であれば最高、ちょっとした心の持ち方で一日の重さがとんでもなく違う、でもこれは多分に人間関係の要素が強く、家族や仲間とのちょとした会話が一日を支配することが多い、今の日本は歴史的に会話がへたくそな時代になったことは間違いない、だからといってバラエティー番組で鍛えるのは???
日時: 13:06 | パーマリンク
■ 2011年06月11日
納豆散布、病気が減るかも?
さあ、タクアンを風呂に入れたぞ、あと30分くらい60℃以上を保つ、殺菌だ、夏を越えるだけの塩分は入れてないので醗酵を止めるためだ、真空パックにしてこれをやるともつ、温度も低めのパスチャライズの為、酵素は生きている。
どぶろくもこれがいい、でも岩室のような低温の場所で保管するのが一番いい、どぶろくは昨年成功だった、今年も実証試験中、ともかく何でも試せるものは挑戦していくのは面白い、野菜たちにも虫、病気よけに酢と焼酎などの混合液ストチューやEM,ニームに有機石灰などを散布していたが、今年は納豆も加えた、ミキサーで砕いたあと手ぬぐいでこして散布する、けっこう効いてる手ごたいを感じる、キュウリ全体に広がったモザイク病に全滅を覚悟したが罹病しない青々した新葉が少しずつ多くなってきた、完全復帰したら自信を持って伝えられる。
この半世紀で大気中の納豆菌や乳酸酵母などは激減したのだろう、野菜や生き物たちの病気が増えてるのは微生物による抵抗性が低くなったことが原因の大きな要素だろう、科学物質を減らして醗酵文化を取り戻せば大きな幸せをつかめるのは確かだと確信する。
さあみんな糠みそを常備しよう、味噌を仕込もう、梅もラッキョもいいね、それが俺たちができる最大の放射能防御だ、あいつら酵素には弱いんだ。
日時: 13:07 | パーマリンク
■ 2011年06月05日
次は脱化学物質、汚染は放射能以上だよ
数日前、1ヶ月遅れの田植えが終わった。
もう誰もいない静かな田んぼで一人たんたんと、でも気持ちは複雑、人と会わなくてかえって幸い、でも最後の一枚を始めようとしてたら若手のトシアキさんに見つかってしまった。
「なにやってんのかなぁー」とへらへら、ひとくされ談義が続く、「畦草、もうあんな伸びてやがんの、俺も除草剤使っちゃおかなぁー」、「あっ、ジジイの仲間入りだ」とけんせい、まだ北小屋地区は使用者が数人しかいない貴重な田んぼだ、除草剤使用病の感染は早い、自然界に与えるダメージは今の放射能汚染よりはるかに深刻なのだ、遺伝子組み換え種子は世界で倍々ゲームで増えてるよ、大豆、麦、トウモロコシ、除草剤への耐性があるので存分に撒けて効率が良い、でも生態系は壊滅し、土も氾濫を起こし数十年したら砂漠になること間違えないし、世界の原発をなくす方向を模索するのと同時に除草剤を使わない世界も本気で考えようよ、これも原発同様奇奇怪怪の世界だよ、放射能騒ぎの影で遺伝子組み換えの会社たちモンサントなどは着々と商売を広げているよ、何で野鳥の会などの自然団体は問題視しないのかねぇ?。
俺見てぇな素人でも鳥や虫たちが急減しているのはわかるのに観察のプロは何を考えているのだろう。
環境月間だ、生物多様性だとよく耳にするがどれも本気lじゃないね、脱化学物質、なんとかはやらせられないかなぁー。
日時: 13:05 | パーマリンク
■ 2011年05月28日
ジジイ集合、原発徴兵制
仕込んで1年、味噌は次の仕込みの時から使い始める。
食べはじめは美味いが特別ではないが春を越えると劇的に味が良くなる。
500日仕込みが良いというが本当だ、豆たちが徐々に分解されてアミノ酸や酵素にまで分解するまでは時間や手間がかかるもんだと改めて実感、莫大な田畑の土を醗酵させることを余りにも簡単に考えてきたように感じる、もつと土と対話せねば。
色々試しているのだが成果を見ているだけで半年が過ぎる、なんだかんだもがいているうちに人生はすぐに終盤、この世界は世代を超えた夢のつながりが必然だ、無理しないでできるだけやって後は任せればいいんだから気が楽だし、それこそつながるいのち、自分の目が黒いうちに勝負を決めようとする心から開放されるだけでかなりさっぱりする、でもそれには仲間が大切、家族や財産だけでは補えないことが多々あるもんね。
東電に原発の作業員をしたいと電話したら「受け付けていませんが、上にはしっかり報告しておきます」とのこと、本当に行こうとすればハローワークかな、原発の修復が人手で片付く作業があればみんなでやればいい、国の存亡がかかった大事、戦争状態と同じなんだから国民に募集をかけ、足りなかったら徴兵でもいいのでは、俺に任せろとジジイたちが駆けつけるだろう、本当にジジイたちの出番だとおもう。
日時: 15:37 | パーマリンク
■ 2011年05月22日
堕ちる時には堕ちよと 安悟の堕落論の響きが
今年は何をやってもうまくいかない、トラブル続きだ。
落ち着かないのでまたミスが多くなり、災害を招く、この所それが極まってきた。
3男桃太が自暴自棄敵にバイクで事故を起こし、足の付け根に人口動脈がつき、一生大好きな納豆が食べられない身体になるかも知れない。
やっと見つけた新スタッフに諸事情で逃げられるし、半年前と同じ場所で車上の財布を盗られ、稲苗用培土の完全有機化に失敗し遅れに遅れた田植え準備の代かき時にトラクターのハンドルが故障し、あせって動き回っていたら携帯を落としてしまった。
極まったなと思いながら携帯を探す時間もなく、求職志望のマコトを初石駅まで迎えにいく時間の心は複雑だった。
しっかり話しをしなければいけないのに10分だけでも携帯探しに協力してもらったら、不思議なくらいすぐに携帯電話はみつかった。
こいつは救いの神かも知れないと少し感じた、どぶろくをガンガン飲んで指きりげんまんの兄弟仁義、こいつもまた家族完全解散の超わけありびとでその日暮らしの超貧乏、引越し準備金を渡して次の日は連絡なし、そこまでは、神様、と脳裏によぎったが、連絡があり数日後の引越しが決まった。
桃太も「職人の道のすすみてぇ、俺耐えられるし、やれる」とマサに語った。
トラクターも部品が納入されるまでなんとかだまし運転と調整で使えそうだ。
畑の被爆線量も計測してもらった、0.2マイクロシーベルトくらい、市内の平均値と同じだ、取り立てて高くはないが、やはり作業時のほこりや雨の降り出し時などは気をつけなくてはならないし、有機の力をもっと発揮し作物への吸収を極力抑える管理の強化を心がけることを一つ一つ試してみよう。
ベトナムの枯葉剤も水俣の有機水銀も人々は乗り越えてきたんだ。
日時: 16:24 | パーマリンク
■ 2011年05月14日
数字は踊り心もゆれる
事故後すぐにメルトダウンしても容器の構造上、大爆発は起こらないとロシアの専門家の話しに少しは安心してたけど、こうなると閉じ込め作業はさらに大変、日々の放出といつまた水素爆発が起こるかと心配し続けなければならないのが辛い、六ヶ所村の再処理工場が近くにあっても同じ思いだろう。
人類は早く「核」をあきらめたほうがいい。
でも政府によるエネルギー政策のまるっきりの方向転換はあまりにも唐突過ぎてかえって心配、心配りがない英雄気取りに心から賛同できない人は多い、気持ちを一つにまとめることが大事なのにね。
コマーシャル料を観念したマスコミは一斉に原発批判を始めたね、あんたらも共犯だろ、恥を知れ。
東葛地区がどうやら汚染値の高いホットスポットで法定基準の1年に1ミリシーベルトの3倍以上だから気をつけろとのデーターが大学等の団体から出た。
給食では関東の野菜を給食に使うなとの不埒なことも書かれている。
校庭の土も入れ替えろと大げさだ。
被爆量の個々人の計算は汚染された土の上(アスファルト上は流されて心配ない)にいる時間を計算するのだが武田氏は24時間で計算している。
放射能も化学物質も少ないに良いは当たり前のことだが現在の状況では容認だと思う。
生活リズムや心が乱れるほうがよっぽど病気を招く。
ちなみに先日流山のほうれん草はセシウムが34ベクレルとの県の調査、基準値は500、低いといってもやはりあるよな。
ちなみに百姓は一日中土にべったり、測定は1mの高さだから高被爆だね。
虫たちなどはもっと大変だ、有機の微生物たちで癒そうね。
日時: 16:24 | パーマリンク
■ 2011年04月25日
日の出は5時、早起きすんべか
NHKが東北の人たちへと積極的に楽天戦を放映している、見ちゃうじゃないか、デスクワークは進まない、仕事人間の俺にはちょうどいいかも。
震災前はあまりにも強固な原発推進社会の流れを止めることの無力さに鞭打つ日々だったが、今は黙っていても日々脱原発への流れが大きくなるので、嬉しい事だが張っていた気も抜ける、政権交代した時もそうだった、でも個人の欲望第一主義的社会が強すぎて中々変化は難しいね、我先に食べ物を奪い合う鶏はこっけいだが、本質的に同じだね。
でも周りの様子を周到に見ながら発言をころころ変える風見鶏たちの姿は幼稚で醜いや、俺も同じか。
この所本気で就農を目指す来訪者や研修生が次々に現れる。
こちらの気も引き締まる。
今日は新卒の若者が就職希望で尋ねてくる、農大を出て東北の農場で働く予定が津波で流れ、彼もまた震災難民の一人、さてどんな人かな。
1週間もすれば田植えが始まる、春仕事の最大の山場だ。
日時: 16:08 | パーマリンク
■ 2011年04月15日
ぼんくら社会をけっとばせ
人類史的大惨事にあまりにも機能してない役所と政治が情けなくてたまりません。
情報をどんどん出して世界中からの手助けを得れば良いのに、責任逃れの多重防御社会が邪魔をしている、電力会社はその懐刀、役所の守り神でもあるが、原子力関係は学生から嫌われ、現場作業も多重のピンハネ世界の為本物の職人はどんどんいなくなっている、総合的技術が日々後退している原発業界にこれから数千年の命の営みの邪魔だけはしてもらいたくはない。
国民みんなで徹底的に話し合う機会をつくっていこう。
今はまず日々お世話になっているテレビ、ラジオ、新聞や雑誌、そして役所や政治家たちに電話、FAX,メール等で気になったことを発言しよう、社会全部がどう動いて良いかわからず聞き耳を立てている、震災前はやたらに「竜馬」だと鼻息荒かった連中も今は静か、みんなずるいな、でもこれが今の俺たちの国民性、しっかり懺悔しよう、唯一の被爆国が世界の海を汚染し続けているのだ、それも海の恵みを最高度に生かした国が、あまりにもへんてこだよ。
基本は家族、故郷だよ、やるべ。
北海道の「こどもの森」のおばばから電話が入り「被爆におびえる親子たちは村中で迎えるからみんなに伝えて、『こどもの森の志』を理解している人でないと困るけどね。」だって、もう数家族が避難してるらしい、それも面白いよ、色々生まれろ。
日時: 14:45 | パーマリンク
■ 2011年04月09日
一日一日、家族や仕事が染みる日々
日々、福島原発の状況と被災者たちの報道で原発推進の検証までは中々報じられない、でも原発の現状維持を望む人がこの時点で尚50%弱いるのだから、東電や政府のマスコミ操作が本当に成功している恐い現実、核物質の封じ込めに先が見えたらジャーナリストたちに火をつけよう懺悔のつもりで動いてもらいましょう。
すでに電力の8割が原発のフランスでも「脱原発は可能」と考える人が7割以上になり、ドイツでは緑の党の支持率30%を超え第2党に、世界中に火をつけたね、人類全体がいきずまった今、日本の津波と原発の災害は凄く身近に感じられたのだろう、これから先が凄く楽しみ、不謹慎などといわんでくれ。
震災直後しばらくは東武野田線はよく止まっていた、初石駅横の踏み切りはいつもつかまり困っていたが、いつもすうっー渡れ、駅には人が見えない、何日かたつと寂しさを強く感じた。
今は踏み切りでつかまっても全然イライラしない、些細だが震災が教えてくれた幸せの一つ。
一瞬にして故郷を根こそぎ流された人たちは悔しかろう、悲しかろう、でも生きている今日があるよ。
何もなくても人はいるよ、花は咲くよ。
このところ田畑では鳥たちが集団でいるのを見かける。
この春生まれたチビたちの仕草がかわいい、飛び方や餌の食い方等、そして周りを警戒する父兄たちのたくましさもにも心が満たされる。
こいつらの為にも早く除草剤の使用を削減したい、俺にとって除草剤も車の排気ガスも放射能とまったく同じ恐怖物質だ。
このさえ全部総点検でも。
日時: 14:53 | パーマリンク
■ 2011年04月04日
問題はセシウムイザナ
昨十一月にコンサートを、心臓の手術でキャンセルした癌ももってる73のロックンローラーのシンヤさんが「この地震で体がよくなっちゃたよ」と電話をくれた。
「ジシンのシンヤでーす、と自己紹介を考えていて、娘からは不謹慎と怒られているの」だって、もう少し落ち着いたらよろしくと約束、でもこれも早いうちにやらないとまた悪化するかも、もう少しいきのびてくれー、そして歌ってほしい。
でも今の原発の状態が続く限り、これからの世の中の仕組みを国全体で考えていくことができない、今は大嫌いな東電にエールを送るしかないのだ、脱原発活動の仲間たちが抗議行動をはじめているが、今はちがう、祈りのときだ、東電が政府が自己保身やプライドに振りまわされずに英知と勇気を集められますようにと祈り、あとは何ができるかなぁー?。
とりあえず「東電さん」なんて平気で言う尻軽亡国御用学者たちは血祭りにしてもいい、誰か腹でも切ってワビでも入れてくれたら世の中の為になると思うよ。
三島由紀夫も「あんたのほうが偉い」と迎えてくれるでしょう。
セシウムが厄介、半減期が30年、土中に堆積し威張り続ける。
リンかカリ?構造の似ているそれらを十分に野菜に施せばセシウムの吸収はかなり妨げられるというがどのくらいだろう?
特に重いCe137は、夕飯時次男の伊邪那は「セシウムイザナだ、う~ん」と考え深そうだった。
日時: 14:17 | パーマリンク
■ 2011年03月25日
東北自動車道開通、救援開始
明日26日はいわき市で40才の福島原発を廃炉にしようとのイベントが予定され、そのポスターが我が部屋に貼られている。
建設を強行してきた中国電力に祝島の漁民たちは毎日のように漁を中止し阻止に向かい、県庁前でハンストを続ける5人の若者は「長州ファイブ」と名がついた。
宮崎の串間原発の住民投票は賛成は多くなり困っていたが、今回の事故で延期になり、祝島も建設は中断、「もんじゅ」も「浜岡」も「六ヶ所核燃リサイクル施設」など全国で反対活動は継続されてきたが、中央のマスメディアは完全な無視を続けてきた。
テレビ等で解説する専門家たちはほとんどが原発推進のためにごまかしの数値や見解を屁理屈こね回して地獄に導いた犯罪者たちだ。
マスコミも第一級の戦犯である。
落ち着いたら「東京裁判」を市民が開廷する。
その前に地方選挙等で「グリーン政策」や「分散化社会」を掲げた人たちに大量の票が集まり、各政党内の環境派が「緑の党」を立ち上げるかもしれない。
そうなってもらわなければ被災者も浮かばれない。
海外が痺れを切らせてきた、たぶん収束に世界の手が回る。
さあ、被災地への手助けだ。
日時: 15:00 | パーマリンク
■ 2011年03月12日
落ち着こう
12日午後8時現在、福島の第一原発の状況は最悪の事態も考えられるが今はスリーマイル並みである。
ここで押さえられることを祈るのみでる。
完全に炉心が溶けると容器も土台のコンクリートも地盤をも比重のとても重い核燃料は溶かして地下に向かう、そして地下水にあたり水蒸気大爆発とともに火山のように数百メートル上空まで放射性物質を巻き上げる、風や雨等で汚染地域が変わる。
今は状況をしかと見極めることが大切、ただ最悪を考え、地域や状況にもよるが数週間、最低限、妊婦、幼子、成長過程の子供の疎開は考えておいたほうがいい。
一応、、西、南の方向かな?これも定かではない。
ともかく今は気持ちを落ち着かせることが一番大切、交代で寝ること、体力を温存させることも大切、落ち着かないと火事や自動車事故等二次災害を招く、一応ここまで
日時: 16:03 | パーマリンク
■ 2011年03月04日
次の地震は?原発はやばいぞ
老眼鏡を使いはじめて4.5年かな?子供に買ってもらった100円のメガネがとうとう壊れたので、今度は900円の一番弱いのを買ったら調度良い、全然疲れない、これでどんどん本が読める。
この春から日本ミツバチの養蜂を始めるしミョウガもトライ、脱原発のノロシも上げねばならんし、勉強することはいっぱいだ、まずは本を開ける時間を作らねば。
原発関係では柏の「つむぎや」さんが広瀬隆さんの講演会を7月に企画したので3月20日午後2時より「つむぎや」で実行委員会を立ち上げるので有志はご参加を。
先日この地区の衆議院議員の民主党の内山さんに自民党時代より激しく原発推進をしているのはなぜか、止めたいがどうしたらいいか等のメールを送ったが、返事はまだ、今、国会は大変だもんな、でもともかくラブコールは続けましょ。
なんとか電気業界のコマーシャルは独占企業だからダメとか禁止できないものかな、自由に報道できないマスコミなんか世の中の害でしかない、クズだ。
もう、夕方6時でも薄明かり、朝晩は氷点下まで下がる日はあるが、春はすぐそこ、いよいよ農作業が忙しくなってきた。
日時: 15:42 | パーマリンク
■ 2011年02月25日
機械もお友達
堆肥などをすくって軽トラにのせたりするとても便利な機械、ローダーはお年寄りであちこちがたがきてる、新品で買えば二百万はゆうにこえるので、何とか修理を頑張る、なにせ古いので部品もない物が多いし農機具屋もめんどくさがるので、なるべく自分で分解し手見たので機械の構造もだいぶ解る様になった。
オイルや冷却水系統の故障も多いが精密な部分が多く厄介だ、ラジエターも詰まって数年たつ、オーバーヒートしないよう、ちょくちょく水を補給したりして使ってきたが修理に出すことに、夕方にラジエターをもってたら、次の朝には新品同様に生まれ変わっていた。
早いのにびっくり、仕事がないそうだ。
また取り付けて水を入れて始動、順調だ、生まれ変わった、これでお前と気持ちよく働けると思うだけでとても幸せな気持ちがわいてくる。
目に入っただけで力がわいてくる。
この気持ちがうれしい、野菜や土や鎌や長靴、どんなものにも心があるというのが百姓世界の柱骨である。
俺はまだ新入り、この世界を日々験算したところに昔の年寄りたちのほほえみがある。あと20年もしたら少しはできるかなぁー?
日時: 11:41 | パーマリンク
■ 2011年02月20日
100%有機の国、いいかも
時々ネズミ騒動がおこる。
マサは異常にきらいなので出てくるたびに叫びを上げる。
米や野菜、ニワトリの餌等家周りは餌だらけなので寄り付いてくるのは宿命、色々と食べられるのも困るが一番大変なのはガスコンロの下の配線をかじられることだ。
最近のコンロは安全装置の配線がめちゃくちゃ多く補修は大変、設計上ネズミの害など完全に考えられてない、これではアジアには輸出してもだめだろうとぶつぶつ。
ネズミ捕りで捕獲するのだが、今回のはみなでかかった、天井裏を走る音も猫かと思わせるほどだった。
一応全部捕まえこのところ安心してたら昨日鶏小屋のそばに一匹見つけた、気をつけなきゃ、もうすぐカボチャの種も蒔くけどこれがまたネズミの大好物、カボチャの種は高いのだ。
まあまるっきりネズミが出ないようになったらそれの方が恐いか。
TPPが騒がれて農業をみんなが考えるのには良い機会だが、一向に具体策が出てこない。
TPPを阻止しても農業はつぶれる、いっそのこと10年先は地獄と決まったほうが真剣に動くのではないのかとも思う。
いっそのこと有機の国を目指しては。
日時: 15:22 | パーマリンク
■ 2011年02月13日
異常気象がくれたごほうび
今年の田んぼへの堆肥まきは物凄く楽だった。
記録的に雨がなく田んぼが乾き軽トラで中を走れたのだ。
初めてだ。
いつもは袋に堆肥を詰め、トラクターの上に堆肥を乗せるコンパネをくくりつけ1反に500kg位の生ごみ堆肥をまく、なにせ20箇所もあるので袋詰めも散布も重労働で常に簡素化を考えていたが、軽トラでまけるなんて夢のようだ、16年続けてきたごほうびだね。
でもほんの50年前までは下肥を1反に20ガ(1ガは肥桶2杯を天秤棒で運んだ数えで桶1杯は約30kg)1トン以上を肉体だけでまいていたのに比べると自動車もトラクターもある、このぐらいはこなせないとと考えてきたが、60を超えたら無理だしそんな有機農業では広まらない、なんとか工夫を見つけなければ。
ちなみにリヤカーは主に肥桶を運ぶのに使われ、大きさも2ガ積み、4ガ積みとかが単位、昔風に言えば軽トラは4ガ積み自走車だね。
散布後トラクターで起こすのだがこれも、浅く荒く深さも均一に耕すことができた、これでわらと堆肥の混じった土に空気中の菌たちが沢山食いつくのを想像してわくわくしている。
秋が待ちどうしい。
日時: 15:41 | パーマリンク
■ 2011年02月06日
農事気象学会
旧暦の世界を凄く大切にしなければと、有機農家の面目に関わると、思っていたけど、実際はここ10年の冬が暖かすぎたので旧暦はあまり役には立たないなと、旧暦の正月を、元旦を特に気にしたこともなかった。
韓国と中国にはお年玉の習慣がある、儒教的要素らしい、なんか身近に感じどのような正月を過ごすのだろうと興味を持ち海外ニュースを注意してたら中国の酔っ払い運転の取り締まりの様子が出てきた。
初めて手にした車での帰郷者は多いだろう、まだ取り締まりも徹底されてなく違反者はみな凄い抵抗をしていて応援したくなった。
ともあれ節分の日は急に暖かく「寒」はぴったり明けた。
虫や鳥たち、そして野菜たちは厳冬期を生き延びた喜びに満ちているようだ、表情が変わった。
農家たちが独自に天気を予想する「農事気象学会」の集まりが千葉県旭市あったと農業新聞で知った。
10年前にでき会員70人、入会を考えようかな。
農家は天気予報は注視するが信用はしていない、晴マークが続くがみんなもう雨が来ると感じ、その前の仕事を急いでいる。
苦渋をなめた経験が百姓を動かす原動力だ。
そこに深さがある。
日時: 15:39 | パーマリンク
■ 2011年01月30日
相棒研修生 募集中
最低3年働ける人、男女、年齢は問わないが、長時間労働、体力、気力が今は要求される農園なので誰でもというわけにはいかない。
1名募集だが2名を組み合わせてもよい。
夫婦もパートも組み合わせ次第。
自動車免許は必要、オートマ限定はだめ。
休みは土曜日、盆と正月に数日の休みあり、デートで早上がりしたいとか、冠婚葬祭などは威張って休める。
労災と雇用保険あり、最初の一年間は「農の雇用事業」を活用し補助金がくればひと月10万から15万円ほど支給できる。
2年目からは給与ベースアップ可能性大、営農16年、かなり効率的な有機農業が日々開発されているので長時間労働も解消間じかな気がする。
朝、昼の飯は基本的に食べられる。
夜も可能。
一人部屋の離れあり。
4月頃から働けるといい、その前に1週間ていどのお見合いは必要かな、一緒に働くこと。
それと大前提として「世界中の命」、「水、土、空気」、「家族にご近所さん」をいかに大切に付き合えるかが農園の夢なのでそれに共鳴できる人がいいな。
連絡待ってます。
寒風の中、玉ネギやエンドウの草取り作業が続く、いつもそばに来るセキレイにはなしかける。
日時: 11:59 | パーマリンク
■ 2011年01月22日
寒が荒ぶり 春の香りが
加計呂麻島の古老(88才)は訴えた。
「昔の三尺百姓をもう一度したい。3尺打ち起こせば肥料をやらんでも米はようできる。」奄美群島の小島で40年前に竹細工の尚さんが聞いた言葉に読む手が止まった。
「稲垣尚友作品集第1巻 地図から落ちた島 風土記刊」だ。
百姓を始めて15年なるべく耕さないように心がけてきた。
土を壊してはいけないからとなるべく浅くたがやしていた。
いぞれは自然農法の方向に近づけるようにと、気がつけば幾つかの畑は低い所が確実に野菜に元気がない、ポイントは空気だ、それも深い所の。
秋頃からより多くの堆肥を深く鋤き込むように変えた。
一度死んだ畑を森のような命いっぱいの世界に近づける為には荒業も必要だとやっと思いついた。
元々江戸川の川底だった田畑、粘土質の厄介なカバタ、日本中その土地なりの農法がある。
農的生活において古老の存在は大きい、あと20年もすれば俺にその役割が回ってくる。
その前に文化は崩壊し、チベットあたりに逃げ出すかも。
大寒の昼前、ヒバリの初鳴きを聞いた。
まだ地面で鳴いている。
次の日も聞いた。
寒さはきついが日は高く強い、春はそこ。
日時: 14:12 | パーマリンク
■ 2011年01月15日
恥の文化は何処 タイガーマスク
氷点下5℃、ようやく「寒」のお出ましだ。
昨年は半月前に始まり「うそだろ」と常思わせる寒さが4月まで続いた。
しっかりと対策は準備していたので「ようきた」と懐かしささえおぼえてしまう、このよゆうがうれしい、昨年は一年中、オロオロアルキだったもの。
刑務所に一年以上入っていた友人が挨拶に来た。
間抜けな事件を時々起こし25年漂い続けている。
苦労が染み付いたいい顔になったなと酒を酌み交わしていたが、どうも自分の異常さや体の異変とかばかり強調している、最後に精神異常で生活保護を受けていることがわかりがっかり、泊めて小遣いでもと考えていたのだが帰ってもらった。
精神的理由で保護を受けている知人たちの姿勢にいつも納得いかなかった。
保険等に異常にこびる人種と同じ匂いがするからだ。
受給者は190万人と増え続けている、農業者人口と同じだ。
30年間前にデンマークで「保護者はずるい、ぶらぶらしてるだけ」という批判もよく耳にした、知り合った若い受給者は毎日公園などでビンを集めて楽しそうに生活していた。
今、夢の様な高福祉、日本は自殺予防費だ。
日時: 14:36 | パーマリンク
■ 2011年01月08日
火事もまた神の贈り物
昨年二日の朝、鹿島港で日の出を拝み、鹿島神宮と香取神宮を参拝し昼過ぎには帰宅、このパターンが気に入り、今年も家族とコジで5時に出発、笠間の愛宕神社は3百mの山頂にあり太平洋から陽が昇る絶景、日本3大火事の神に参拝するが、社殿の蛍光灯が割れていてチカチカ、ご利益薄いかも。
そして茨城で一番の参拝者数を誇る笠間稲荷は勿論田んぼの神様、ちょと期待してたが木々が少なくやたらと施設が多い、こりゃ商売の神さんだとがっかり霊気に浸る杜もなく早々と退散、笠間焼の店も9時前では開いてない、それではと筑波神社に向かう、美しい里山をひた走り大木が生きる社殿を堪能、さて来年はどこへ。
仕事も始まり始めての明日の休日は家周りの清掃でもとまだ十分正月気分に浸っている所に矢切の高玉鯛平とめでたい名前の友人から電話が「大晦日に帰郷の為家を出た5時間後に放火にあい、借家は全焼、落ち込んでもいられないので、みんなの助けを借りて片付けとかしたい」とのこと、こちらからは5人、何とか片付けてきたが大変だ、大家も火災保険は入ってなかった、地獄の正月、でもきっとやつは飛び立つ。
日時: 15:42 | パーマリンク
■ 2010年12月31日
年越し、腰折れ、コシヒカリ
心置きなく正月を過ごせるためにあと1日えんやこら、数日前に久々の腰痛が出たが、さらしをきつくまいて痛み止めも少し飲み、何とか仕事はできる。
正月明けにはたぶん回復するだろう。
このまえ、膝の奇妙な痛みの時さすがに心配で近所の整形外科に行ってなんかやみつきになった。
身体を診てもらい大変なことがないとわかるだけで大安心、もう病気の半分はその時なをっている。
レントゲンも面白い、しかし今回は腰、3枚写真を撮ったが睾丸が完全に被爆している、もう年だし貧乏臭いしと医者も気にしなかったのだろう、でも、わかんねぇじゃねえか、ねぇ?。
まさに話したら「わたしやんないわよ、うつるもん」だって、うっんねっーて!!、同い年の仲間で白血病になったのがいて、「どこでうつされた」と親父に怒られたそうだ、人の決め込みはげに恐ろしい。
それから病院では週刊誌も読める、たまには面白い、大好きなショーケンが再婚するらしい、親友の瀬戸内寂聴さんが体調不良で式は延期、ふむふむ、でも文春、新潮、などともかく下劣な記事が多い、世の中の品性はここまで落ちたか、でも偽善よりはましかも。
日時: 16:42 | パーマリンク
■ 2010年12月23日
うんのつき
イズもおれもうんこがよく出る。
大体1日3回、イズは朝、昼、夕の分散型、おれは朝3回の集中型、ともにしっかり食べ、しっかり飲んでいる。
長時間ろくに休みもせず働いているが、無理はしなくなった、というよりおれは無理が利かなくなった。
馬力、根気とも確実に落ちている、当たり前だよね、でも気持ちはそれを許さなかった、ただ「有機農業」という馬鹿みたいに大変な作業を慣行農業並みの効率よい農園を実証させたく、日々どんな小さなことでも見つかればと心がけてきたことの実がかなり大きくなり、「よゆう」が生まれたから無理はしなくなった、あーあそうなのかも、ありがたいことです。
思えば、この所ずうっとうんこが紙にあまりつかない。
午前中によく感じる腹の違和感もない、呼吸器が重苦しいのは喘息もちのヘビースモーカーだから仕方ない。
酒もほぼ毎日だ、暗くなったら飲んでる、仕事のように飲んでる、だから夜の会議は行きたくない。
パンツを止めて数年がたった。
今考えているのは「何でみんなパンツをはくのやろ」と変わった。
それもこれも「かみに、うんが、つかなくなったからや」、ほんとかいな?
日時: 16:37 | パーマリンク
■ 2010年12月17日
12月って、いいなぁー
我が家にはガラスのわれた戸が3つある。
それぞれにビニールや布等で補修してあるがさすが年末、重い腰を上げ久々にガラス切りを手にした。
難しいのだガラス切りは、まして切るガラス自体何かの時に取っておいた年代物で、粘り、柔らかさが無くなっていて常に変な所がわれる。
何とか1枚だけを修繕でき残りのガラスは処分した。
ダイヤの刃で傷をつけ、きちんと抑えて端に力を加えると面白いように切断できることは快感である。
1枚だけでも何とかできたことが妙に嬉しい。
長年取ってあった数枚のガラスとケリを付けられたのも嬉しい、長年のごく小さな問題が解決される喜びを日々感じるようになった。
掃除機の先に付けるノズルを変えたら障子のさんなどのほこりが良く取れること、赤カブ漬けは、切ってから1時間でもいいから干して水気を飛ばすと、すうっーと甘酢が行き渡ることも知り十数人には伝えた。
田畑、山、川、もちろんお日様にお月様、道具、機械や台所にかわや・・・手入をし感謝の気持ちを添えることは数万年間の穏やかな日本列島で育まれたほこり高き文化だ。
その気持ちのかけらでも感じたい。
日時: 16:34 | パーマリンク
■ 2010年12月04日
冬だから チェーンソーマン
「もらい乞食は断れない」との言葉を先週、かご編みの会の講習をしてくれた尚さんからもらった。
八百屋、百姓生活30年、貯金のできない生活の中で、ともかくもらえるもの、とても安く譲ってもらった様々の品々のおかげで現在の生活がある。
いらないものでも極力もらい、できれば活用し続けてきた。
尚さんの言葉がすぐに現実に降ってきた。
長年薪ストーブ用の材木の切れ端をもらっていた近所の大工さんは2年前から急に仕事が少なくなり困っていた所、大きな仕事が入りかなり薪がもらえたが、切るのに面倒なコンパネや解体の釘いっぱいの木材も頼まれた。
大工さんの所には焼却施設があったが近所の人から通報され裁判所まで行ってきた花巻生まれの大好きな親父さんが嘆いていた。
「助かります、ありがとうです」と全部もらい続けている。
ウーフとイベントの為にかなり片付けてきた家横にはへっぽこ木材の山できた。
休日の土曜日、それの始末にかかったが、少しでも生かせる資材で穴だらけの作業場の隙間を塞いだり、使えそうな資材を分けていたら、日が暮れた。
まだ8割がた残っている。
朝仕事だな。
正月は近い。
日時: 14:46 | パーマリンク
■ 2010年11月29日
初霜の中、尚さんは帰った
世田谷からバイクでかご編み講習会に参加した男性は死んだ親父さんが作った背負いかごを持参し尚さんになおしてもらった。
尚さんは泣いていた。
実は三十年前にその親父さんの兄弟に諏訪瀬島でとてもお世話になっていたとのこと、沖縄手前の数十人しかいない小さな島の縁が結ばれた。
「よばれたんだねぇー」としわだらけのサルのような尚さんの顔がほころぶ。
多くの参加者同士にもなつかしい出会いや新たな出会いがあり縁は深まった。
農園最初のイベントは大成功、みんなに感謝です。
初日、参加者が集まりだした頃渡り鳥の見事な集団が頭上を飛びいい予感、最終日の夕刻は最後の仕上げを急ぐみんなに餅を焼いてふるまった。
茨城からかけつけてくれた大先輩の葉子さんがどぶろくをがぶがぶ飲みながら焼いてくれた。
飲みながらその酒を餅にかけ、野菜もフライパンの中に投げ入れ、大根おろしに醤油、大胆な料理に皆舌鼓、帰る人たちの編んだかごの中に売り物の野菜をどんどん詰め込む、餅も入れ始めたのをイズは見て「それだけは」と止めていたそうだ。
久々に元気な酔っ払いの葉子さんと飲んで終わった。
良かった。
日時: 15:10 | パーマリンク
■ 2010年11月19日
なんか始まる、始める、きりっ
来週末は農園の初イベントがいよいよ開催とともに、有機農家に泊まって無料で働く旅人たちが全世界から来るウーフという組織に加盟し26日から一人めの旅人が台湾から来て2週間滞在する。
物置を改造して小部屋も完成した。
ちょっとドキドキ、不安もあるが良き出会いを期待しよう。
おかげでメールが飛び交い、毎日のようにPCを立ち上げなければならない、これはおっくうだなぁー。
先に紹介した広瀬隆さんの原発の本が週間朝日の今週号(11/26)の記事になった。
現在は反原発関係の本や記事は完全と言っていいほど電力会社に報道の頭をおさえられいる。
朝日えらい。
それから松戸で市議会の選挙やっているんだけど、昔から一緒に活動してきた仲間の武笠さんが再挑戦している。
松戸の状況はまるっきり知らないが近郊に反原発の意思を持つ議員が一人いるだけでも随分か活動がしやすくなる。
よろしくお願いします。
10日前には富士の雪は頂に帽子をかぶせたようだったのが半分位まで雪化粧、冬は間近に感じる。
帰ると子供たちがストーブ火を入れている。
それだけでうれしい。
日時: 16:53 | パーマリンク
■ 2010年11月12日
新人ホームレスとのひと月間
ひと月前、30半ばの男が畑の目の前のトンネルの中で膝を抱えていた。
次の日もそのまま、3日目より行動を始めた。
だんだんと物が増えていき半月もすると立派なホームレスになった。
朝9時ごろ朝飯を済ますと夕方まで寝ていた。
最近は新聞を食後に読んでいた。
毎日気になった。
彼の寝床からは24時間うちのハウスが見える。
俺たちの動きも全部わかる。
以前も数回他のホームレスがハウスの中で寝た形跡があった。
機械やらなにやら金になる物も多くとても心配だった。
国内、国外でホームレスの強制排除のニュースを聞くたびに違う方法があるだろうと怒っていたが、誰か警察にでも困るよとでも電話しないかなと願っていた。
あまりにもうちの農園は条件が整いすぎる、俺だったら絶対狙いたくなってくるし、常に農園の方には顔を向けない、いつも横目だ、怪しいなどと思ってた矢先、トラクターで耕しに行った2時間くらいの間に財布が盗まれた。
次の日の朝は早くから動き出し、翌日去った。
疑ってはいけないとも強く思うが、去る前に同じ様にトラクター作業している様子を横目でずっと見ていた姿にやはりと、選別と教訓だね。
日時: 16:26 | パーマリンク
■ 2010年11月07日
必読の本 二冊 恐いぞ
この所原発のことが頭から離れない。
広瀬隆さんがいけないんだ、『二酸化炭素温暖化説の崩壊』(集英社新書/2010/7/21)、『原子炉時限爆弾』(ダイヤモンド社2010/08)と凄い本を出したから。
原発に関しては政権交代してそのうち仕分けされ情報公開も進むだろうと考えていたら、とんでもない強烈に推進し始めた、そしてこの広瀬さんの叫びのような国家、マスコミ等への挑戦状を読み地震による原発災害がほんとにそこまで迫っていることを知り、地震や噴火があるたびにやはり活動期に入ってるなと強く感じる。
また反対活動をしっかりやらねばと、まずは数冊本を買って仲間に回した。
次は地元の民主党の議員でも突っついてみるか、誰か一緒にやりましょうよ。
最低気温が2.7℃まで下がった、たまらず薪ストーブに火を入れた。
いつも材木の端材をもらっている大工さんは昨年から仕事が減りこれはヤバイと節約していたら、大きな仕事が入ったらしく沢山もらえそうだ。
27日のコンサートは焚き火ライブでやりたい、これで薪の心配は消えた。
あとは参加呼びかけと準備だ。
けっこう忙しいなぁー。
でも今夜は野球になくちゃ、毎日、一歩一歩だ。
日時: 16:07 | パーマリンク
■ 2010年10月30日
超報道規制の国 日本
反対運動がもう30年以上続いている祝島対岸の山口県上関原発予定地では中国電力が急に工事を強行しようとしている。
漁船や市民が身体を張っての抵抗を続けているが報道はまったくされない。
今管さんがベトナムに原発や新幹線の行商に行ってるが、エネルギー効率30%、海水温を異常に暖め、核燃リサイクルは失敗だらけでまるで見通しが立たず、柏崎や浜岡原発では比較的小さな地震で想定外の被害が続出、世界でこれでもかと起こる大地震、地殻変動が活発なことは容易に感じる。
日本は超一流な地震国、過去の地震、プレートの沈下、歪みなどから、大地震が日本のどこで起きてもおかしくない。
現在の原発の耐震製はあまりにも脆弱すぎる。
しかし原発に関してマスコミは以前よりまったく無口になった。
様々な企業が苦しい中で電力業界だけが強い力を保持し続ける。
だれも逆らえない、中国の言論規制を笑えない、様々な新技術も伸ばすこともできない。
国力全てが衰退しているときは力や名声にすがりつきたくなるが、原子力はもはや過去の失敗した遺産だ、一つでもメルトダウンしたらこの国は滅びる。
それは明日かも。
日時: 15:02 | パーマリンク
■ 2010年10月23日
歌の子マナ 誕生ピカピカ
数日前我が家で飛び込みライブがあった。
この夏に洋平と結婚したマナちゃんが歌や絵などの芸術の道を歩き始めた、関西、中国方面で初ツアーも組み、手書きのチラシも初々しい、その前に憧れのシンガーのライブを見て自分のこれからを考えたいと東京に出てきた。
仲間を急きょ呼び出し投げ銭ライブ、先月歌を作りにベトナムへ旅し初日に全財産の6万円を巧妙な詐欺で取られた話しから始まり、半開きなめでうつむきかげんの姿勢で懸命に歌い続ける彼女にみんな大喜び、CDもみんな買ってくれた。
何もかもがまだ荒削りだがこれからの洋平と夢を追い続ける日々の中で一つ一つきれいな色に染まっていくことを願う。
農業新聞ではここ数ヶ月TPP(環太平洋戦略的経連携協定)の記事が毎日一面に、
経団連は来月のアジア首脳会議で交渉参加を表明しろと迫り、前原や管はかなり乗り気、農業を守り自給率の向上も訴えるが関税が撤廃されればハイそれまでよ、農家は半減、村は消滅。
これは他の国も同じだ、人と国の基本となる食料と自然は守る国際的ルールができなければハイエナたちに苦尽くさされるだけ、もっと論議をつくせ。
日時: 14:07 | パーマリンク
■ 2010年10月17日
また一つ勲章が、貝人君
オラが泊まりに行くとよく家では事件が起こる。
水道管破裂、停電、怪我に交通事故、先日商工会の付き合い旅行で草津に、そして例のごとく電話が、貝人が盲腸で緊急手術、ちょうどこちらは宴会中、どうも部が悪い、「たいへんよー」と言われても、。
数日前からおなかがちょっと痛いと言っていたが悪化しないにが中々直らないので一応医者にと診せたら盲腸、病院も暇だったらしく来院から2時間で手術開始、貝人はあせりまくり「恐いよー、帰ろう」「お金かかるんでしょ、帰ろう」の連発、全身麻酔ではいこれまでよ。
破裂寸前のウインナを取り出し、3日入院して無事帰宅、このようなイベントはみんな大好きでみんなが見舞いに、悪くない。
この一年の異常気象で山も大荒れ木の実がなく太れない熊たちが退去来襲、今年は仕方がないだろう、しかし1.2度の温度変化で自然は急変する事にもっと敏感になるべきだ。
原発からの温排水は日本中の1級河川からの総排出量を3度上げるほどの量だ、これは人為的災害、エネルギー効率も3割と低く、新エネルギー開発の足も引っ張る原発は日本の癌だ。
日時: 13:15 | パーマリンク
■ 2010年10月09日
農園(ポラン)広場開幕まじか
籠編み講習会の内容等も決まりチラシができ広報活動が始まった。
11月終わりの3日間ハウスも利用して農園が会場、農作業以外で田畑に人を集めるのは初めてだ。
15.6年してやっと、まだ迎えるにあたって心配も残るが次なる夢を作るためにも大事な仕事、応援よろしくお願いします。
中日の27日の夕刻には笠間からひっぴー界の長老のアイデコしんやさんが来てスチャラカロックを存分に歌ってくれるはずだ、遊び心にあふれ反抗精神も健在で73才の老境も香りも乗せロックでぶっ飛ばすノリノリソング、大好きだ。
竹かご屋の尚さんも70を前にして文化人類学者として竹職人として大フィーバー、若い連中にもてもてだ。
この二人のコラボの企画を少しでも多くの仲間たちと楽しみたい、だってとってももったいない、超かっこいい老人?は早々いないぜ、集合!オーラを吸い尽くせ。
猛暑が続き何とか彼岸に咲いたマンジュシャゲはその後の急激な冷え込みと続く雨に未だにきれいに咲き続けている。
夏野菜たちも急に元気がなくなり野菜が少なく片付けと様々な準備に専念、本も読みたい。
日時: 14:29 | パーマリンク
■ 2010年10月03日
落ちて 落として 落ちてきた
出産で滞在しているアツシの軽トラももうすぐ車検切れなので一緒にユーザー車検をやることになった。
イズも初トライ、2台とも整備不良で落ちた。
夕方帰宅するとピグがちょうど帰ってきた、子宮口の開きが4センチ以上になり早く産気づけといっぱい散歩してたら柏の葉公園で携帯を落としまた探し回り、一日中歩き回った、そして事務所に届けられた携帯を取りにいったという。
二人とも落としそれも軽症、いい流れ、今夜くるぞーと言ってたら8時過ぎにお印があった。
マサは「きつくなったら呼んで」とアツシに指示しさっさと寝た。
そして2時に始まり4時にはお産婆さんも到着、麻実も起きて付きっ切り、知り合いもかけつけ6時半に男子誕生、首にへその緒が巻いていたことが元でちょっと切れた3針縫ったが無事出産、お七夜まで滞在予定、貝人はちょくちょく赤ん坊に会いに行く、ギャラリー達も訪れ、なんとも毎日にぎやか、ピグとアツシもオムツの置き場所や泣いた時の対処の仕方とか些細なことで長時間ケンカしていたりもする。
でもともかくあのかわいらしい泣き声を耳にすると心があったかくなる。
出産はスペシャル。
日時: 14:52 | パーマリンク
■ 2010年09月17日
皇太子様と便所の落書き
この所の雨で田んぼには水が戻ってしまった。
うちの米はすでに全ての作業が終わっているが、関わっている5.6組の体験稲作の稲刈りは日が決められているので天気に合わせることはできない。
したがって2.3倍、時には10倍以上の困難を伴う。
下北沢の店「チベットチベット」の田んぼは全体に水が張り、刈った稲を濡らさない様に手渡しで畦に運び脱穀をした。
気の遠くなる作業だが50人も集まると何とかなるもんだ。
鼻ピアスなど当たり前の下北の夜族が朝9時に過ぎに田んぼが集結した頃、そばを走る道が多くの警察に封鎖され白バイ2台が前後を守る皇太子様の車列が通過し浩宮様はこっちを見ていた。
「なんか変な始まりだけど、さわやかだなぁー」と参加者、みんなちょっと重圧から解放され、3時頃には2反の稲刈りをきちっと片付けた。
そのきれいになったぬかるむ田んぼですぐにコンサートが始まった。
関西から来た女とボスのワキが数曲づつ歌い、みんな大のり、「これがやりたかったんだー」とワキが叫ぶ、でも最初の歌が「便所の落書き」はなんとも、でもやつもこれから恒例の少年院ツアーモードに入ってるんだろう。
日時: 14:17 | パーマリンク
■ 2010年09月11日
食べ続けてくれた人にありがとうです
米の収穫を15.6年続け初めてコンバインなどのベルトを切る事がなかった。
雑草が多いと機械のあちこちで詰まった部分が止まりベルトが摩擦熱で解け切れる、1本6千円ほどのベルトを数本は慌てて買いに行くが在庫がないことも多く、慌てふためくのが常であった。
雑草くずが多いと乾燥も籾摺りもトラブルが続くがそれもない、やっと普通の米農家の作業を味わった。
収量もまずまずだが、水管理がうまくできなかった4枚は半分、コナギに負けた。
粗植が有機農法の基本で数本から大きな株になるのを夢見て毎年やってきたが何でかうまくいかない、今年は少し本数を増やしてみたら増収、夜の温度が下がらないこの地域では全国平均より2,3表少ない7.8表が標準、たまに10表とると大いばり、やはりこの地域の特性を把握し切れていないのを改めて感じる。
個々人の経験は公に検証されていないのでは、それとも知らないのは俺だけか?。
もち米は良くできていたのに取り入れに失敗、まだ成熟していないのに刈り取ってしまった、機械を掃除する半日分の仕事がやだった、熱さに翻弄された。
細かく砕けたもち米よ、ごめんね。
日時: 16:13 | パーマリンク
■ 2010年09月06日
暑さに理性が溶けていく
もう少し照りが続くと ちょっと地獄、もう飲みすぎてビールがうまくない、さすがに体力が酷暑にもたず、むやみに水ものを口にするようになってきた、とたんに肌が弱くなり、傷口の治りも悪い。
毎朝恒例の3百匹のハナモグリ叩きとオクラ収穫時のヌルヌルをとるべく腕を洗うたび手の皮が劣化しているのがわかる、呪いか?いや、油分が足りない、そうだ菜食が基本のクソ熱いインドではやたらに油や砂糖、ミルクを使う、そして香辛料がポイント、ともかく暖かいものを食っている、今日は37℃、カレーうどんなど、歴史的な夏将軍との戦いもあと10日、ここからが勝負、うまく乗り切らないと正月まで響く。
どうやら民主党は原発を推進していくようだ、もんじゅにプルサーマル、地層処分に原発輸出、堰を切ったように動き出した、太陽や風の電力を高く買う代わりの電力業界への所得保障か?、ともかく説明がない、多国間貿易構想も密室で進めている、透明性、自由な討議を標榜する割には何かを恐れ貝になっているようだ、初めて手にした権力に酔っているのだろうか、みんな顔つきが悪い、大変な時こそ夢を語れ。
日時: 15:06 | パーマリンク
■ 2010年08月27日
もう少し照りが続くと ちょっと地獄
富士の山小屋で働いているコージは身体が浄化されているのを満喫しているようだ、10度前後の中で菜食生活、風呂もろくに入れないが匂わない、8合目にけっこういるカメムシも匂わない、全然勃起もしない、不安もあるが毎日の御来光がきっと浄化させてるんだろうと、すってんきょうな便りが届いた。
こちとら50年、100年に一度の焦熱地獄中で浄化されてますよ、まったく、梅雨明けより夜2度パラッと降ったきり、砂地のさつま芋とヤーコンは枯れ果てた。
虫も必至だ、より消化に良い花を食い荒らす、こちらは朝に数百匹叩き潰す、こちらをじっと見てるやつ、葉裏に隠れたり交尾をしながら逃げ惑うやつらを容赦なくつぶす、他の畑では薬で壊滅させられる、うちの畑があるからお前ら増殖できるんだからねと何度も心の中でつぶやいている、アフガンでタリバンをたたく米兵たちの心は、ともうかぶ。
「良い生き方、死に方もいらない」みたいなことを哲学的写真家の藤原信也が婦人公論の広告が農業新聞の広告に見た。
良くぞ言ってくれた、名誉や金じゃねえぞ、ぶつぶつ、浄化?。
日時: 15:02 | パーマリンク
■ 2010年08月22日
痔主から「地主」へ
有機農業推進法ができて5年以内に県や市町村は担当の部署の設置や具体的に動き出さなければならず、千葉県でも担当職員を配置し県自体の推進計画を2月に出し、さてどうしましょうということで各地区から数名の実践農家を集めて意見交換会をすると言うので千葉まで8月始めに行ってきた。
計画案自体はやる気のなさぷんぷん、沢山の有機仲間との出会いを期待したが古株の年寄りたちが多く、有機が絶対みたいな意見が多く、自己中心的で全体の農業をいかに有機的に近づけるかの発想がなくがっかり、まあ説明が半分で話し合う時間が少ないから仕方ないけど。
参加していた東葛飾地区の普及所の若手二人と地区内のつながりから始めようと約束、まあOK。
東金の百姓仲間のコジが小さな家を建てるという、いつでも動けるようにとあまり機械は持たないようにしていたが55歳、ついの住みか決定、なんでも大工さんはエコ住宅のプロでカンナくずの薄さ日本1だとか、その田中さんのブログ「海岸屋ふー通信」で工事の具合が見れる。
シンプルなお一人様の老後のエコ住宅だって。
日時: 12:29 | パーマリンク
■ 2010年08月15日
虐殺の日々
ナスなどを食い荒らすテントウムシダマシは暑すぎて動けず、毎日潰しまくる作業は省けたがハナモグリバエが大元気、発生源はうちの放任状態のカボチャとマクワウリ畑、花を食うのが好きで困る、ほっておくと壊滅するので毎日つぶす、毎日百匹がノルマ、それらを狙うアオカエルもいっぱい、お互いに頑張ろう。
害虫が増えるのも生物多様性の一環、だんだんバランスが取れていくことを夢見る、甘いかな。
この夏末っ子の貝人が畑デビュー、以前は猫の手であったが、中一になりサッカー部で鍛えられ根性と体力がつき黙々とネギの草取りをこなす、マンガ「ワンピース」を買い揃えるのが目的だ。
少しずつ増えるたび大喜びしている、まだかわいいね。
この所の蒸し暑さにさすがに気力もうせ、お盆の間は最低限の仕事のほかはオラもひたすらそのマンガを読んでいた。
たまにはいいもんだ。
甲子園も気になる、あと10日もすれば稲刈りも始まりそうなのにまったく仕事が追いつかない、まあ今年は天気のせいにしてやれ、家族や仲間たちと日々を楽しく過ごせてるのだから、OK。
日時: 12:33 | パーマリンク
■ 2010年08月08日
バカ夏もそろそろ潮時だべ
ゆっくり話しもできませんでしたが、千個の話よりも1個のパプリカ~、と立派なパプリカが詰まったダンボール箱にに直接書かれた手紙。
先週、マナと洋平の結婚ライブで出会った四万十の歌大好き妖怪サークルの一組からだ、つながって良かった、救われた、それがオラの仕事なのに、見るもの聞くもの全て面白く、朝から飲み続け本番のパーティーでは2時間ももたず沈没、ほとんどの人と挨拶できなかったのがとても心残りだったが、この手紙にすごく救われた。
この一週間は旅の余韻に軽く興奮し農業の行く末などを考えていた、暑さが止まぬ中、田んぼの水路掃除の請負作業は辛い、共同作業がなくなってから急にみんな畦草刈りがいい加減になってきた、水路の草刈りはいよいよ大変、この地ではこれから田畑が急速に見捨てられていくだろう、でもともかくお盆までには水路をきれいにしてご先祖様を向かえ、良き導きをお願いしよう。
群馬で百姓見習いを始めたコバちゃんやケニヤで協力隊のアベ女史から便りがとどく、早く返事をと思いながら体がついていかない、暑さの中細かいことは全て後回し、仕方がないよね。
日時: 12:25 | パーマリンク
■ 2010年08月01日
人の薄さは心を結ぶ
日本中耕作放棄地だらけ、山奥は特にと思っていたが、四国に行ってびっくり、田畑を根性で守っていた。
見ることができた愛媛と西土佐には荒地がなかった。
四万十川周辺の山間部の田畑には背の高さほどの鉄柵が完璧に張り巡らされていた、鹿とイノシシ除けだ。
柵があると草刈りも大変、草刈り機はチップとヒモ式を使い分けなければいけない、しかも田畑は形も様々、機械化で効率的な営農を推進する農政をあざ笑うようだ。
決して経済は豊かではないが貧困の匂いはない、冬期でも野菜が作れる南国の豊かさだろうか、そして西土佐は悠々と清流を抱く四万十川が神のごとくひとの心をつないでいるのを感じた。
洋平とマナちゃんの結婚パーティーには百人ほどの仲間が集まり、また皆芸達者、音楽を愛する人たちがほんとに多い、その中でもマナの姉さんは中心的歌姫として大切にされ、そして今は新カップルが精力的に活動しみんなをより元気づけている。
洋平は4月より道路管理課でよく崩れる道の整備、相棒の先輩は常に釣り道具を持ち、いづれ洋平も立派な釣り師に。
さてさて、おらたちもゆっくりと暮らせるようにと願い強く。
日時: 12:21 | パーマリンク
■ 2010年07月25日
夏 大爆発
たぶんこの夏の暑さは百姓を始めてからはじめてだ、殺される、やばい、立ち向かってはいけない、遊ぼう。
午前の収穫が終わったら桜の木の下に集結、まずはビール、最高にうまい、景色がまったく違って見える、葉物の選別や枝豆もぎのこ一時間は至福の団欒、飯に帰りのんびり、3時過ぎには日も弱まる、きつい仕事は早朝と夕刻に回せば何とかこなせる、身体の火照りが取れない夜はアイスノンに水枕、しかしまだ夏の初め、歴史的な夏になりそうだ。
高電圧殺虫ラケットがマイブーム、長男圭太が買って来た時にはまた変なものと思っていたが、使える、蚊やハエもそんなに数は多くない、数匹つぶせばけっこう静かなもんだ、除虫菊の蚊取り線香もけっこう喉にくる、かなり使用を減らせる、畑と同じじゃん、発生初期にがんばって潰せば被害は少ない、きっとここ2千年間の日本民族はそんな自然との付き合い方を熟知していたのだろう、今はいやなものは徹底排除、何が抗菌だ、好菌だろ。
いつもハウスや機械に巣を作り困っていたアシナガバチもブロッコリーなどについた芋虫たちをきれいに食べてくれた、これは発見、ほんとかな。
日時: 12:13 | パーマリンク
■ 2010年07月17日
夏だ みんなケツをだそう
「いつもケツ出して寝てるし、乙女のポーズでガーガーいびきかいてるし」と麻実、「それって変態じゃん」と返したら、そばのくるみと二人で声をそろえて「変態だよ」だって、世の中ではそうなのか、でもここ30年近くノーパン健康法で寝るときは腹を締め付けないようにしてる、でも異変が起きた時にパンツを探すのでは絶対だめだとかなり前から大体ケツの下まで下ろしているだけ。
寝床に使っている6畳間は2階の人たちが台所、トイレ、居間に行くには必ず寝ているオラたちをまたいで通らなければならない、もう20年そのスタイルでいて問題が起きた事はない、何とかなるもんだ。
本格的暑さが来たので昼間もステテコ一つのぶらぶら生活、くるみもかぼちゃパンツにシャツ一枚で家の中を闊歩、いいよみんな変態で。
大量の畦草刈りの話しが舞い込んできた、うちの田畑の草刈りも追いつかないのに困った、断れば除草剤の使用が増えること間違いなし、以前から考えていたが草刈協力隊を組織しなければいけない時期かも、田んぼ一枚の畦に暮らす命は莫大な量、生物多様性を論議してる場合ではない。
日時: 15:06 | パーマリンク
■ 2010年07月12日
ニワトリは欲望を照らしだす
ニワトリの世界には血も涙もない、あいつら我が欲望を満たすことのみ考えているのではと考えさせられた。
だいぶ年老いたオンドリが久々に飛びかかってきたので一発くらわしたら餌箱との間に挟まり動けなくなった。
最初、顔を上げたままピクとも動かないのでショック死かと心配してたらメスがつつくたびに声を上げ始めたのでほっとしたが、なんかおかしい、鳴き方が悲鳴なのだ、心配してつっいているのかなと思ったが、実は傷口を狙ってる、食べようとしてるのだ、だんだん激しくなりもう一羽も参加、急いで餌箱を動かしてやったら小屋の奥に逃げ込んだ。
その後も元気だ。雄は一応いつもメスたちを守っている、でも本気ではない、キジの母親たちのように身を投げ出して守るような事はしない、年老いた婆さんにも無理やりのる、とても興味深い生き物だ。
曼荼羅の中によく鶏が描かれている、欲望の象徴だ。欲望は抑えるものではない、昇華すべきと願っている。
その為にはまず自分の欲を日々見つめることが大切、最近怠っている自分を感じる、朝、夢を熟考することを忘れている、ワールドカップを見ることより面白いのにね。
日時: 14:40 | パーマリンク
■ 2010年07月02日
湿気、高温、明るい梅雨だ
キュウリ作りは下手だ。
元気な姿が続かない、だから予備の為にも何作も作っていた。
特に早だしのハウスの一番はいつもすぐに終わってしまったが、今年はそいつがとても元気だ。
肥料、水やり、通気性、ひざ下までの芽かきですっきり、何より葉かきをしっかりしている、古い葉、病気の葉などはどんどん落とすとタバコモザイク病もウドンコ病も広がらない、9割がた真っ直ぐなキュウリが量も落ちず取れ続けている。
少しだが光明がさした。
まただめかと大きな落胆も日々つきつけられる中、元気を与えてくれる。
「トウモロコシをびしっと実の揃ったやつを採る為には、雄花をしっかり振りかけるのが一番、手でこすりつけたりもしますよ」と受粉のことを教えてくれたのは22才の看護学校の学生で宮崎の女の子Aちゃん。
百姓の心根、技術ともしっかり叩き込まれているこんな若い子は初めてだ。
「幾つかの穂は雨に濡れないように袋をかけておくの、粉だけを袋に採っておく方法もあるは」とガッテン。
「学校では誰とも農業のことなんて話せないの、みんな不幸だと思うわ、田畑はすごーくおもしろのに」だって、イズ、コージはぞっこん。
日時: 15:15 | パーマリンク
■ 2010年06月26日
ガス爆発で呪いがとんだ
となりの借家には圭太と桃太が住んでいる。
昨年暮れから風呂釜の調子が悪く、修理屋さんも腕が悪く1ヶ月近く風呂が使えなかったがこの所は順調であったが、近所のガス屋さんの廃業で業者の入れ替えに伴い配管等の保守作業が入ったが風呂釜の一部に危険ヶ所が見つかりまた数日風呂禁止、二人は切れそうだった、修理には例の作業員、なんかやな予感、ガスが配管され以前のガス屋さんが風呂釜をいじくっていてスイッチを壊してしまった、さらにやな予感、次の日修理していたらガス爆発が起こり、修理屋とガス屋は焼けどをし病院へ、幸い入院にはいたらず通院ですむらしい、窓ガラスも吹き飛んだが中はどこも焼けずにすんだがやはり大事件だ、その晩関係者が大勢集まり検証等が始まった、窓はすぐ直され翌日には新品の風呂釜が設置された。
窓も桃太が割りテープで直していたが新品に、大家さんもこちらも大助かり、それからは兄ちゃん二人の帰宅時間が早くなり、夕飯時には店の車のオークションを頼んでいた伊邪那もよく顔を出しにぎやか、サッカーの話しに花が咲く、ついつい俺は飲みすぎて疲れ気味、寝なくちゃ。
日時: 15:43 | パーマリンク
■ 2010年06月18日
四万十からの誘い
一年半ほぼ毎日かき回した。
いよいよ醤油が出来上がる。
どぶろくと違いきれいにこさなければいけないので、最初は蒸かし布、次に手ぬぐいを二重にした袋を作りスキット搾れた。
最後に火入れ、60度30分を残すのみ、なんだか使うのが恐い、あまりにも手がかかり過ぎてこれでおいしくなかったらどうしよう、色は薄め、塩っけが強く感じる、関西風かな、あと数日したらデビュー、やはり恐い。
昨年から四万十のマナちゃんと暮らしている洋平は麦を収穫したそうだ、玉ネギ、ニンニクも、乾燥保存に苦労してたのでアドバイスを、その手の失敗幾つもしてきたので助言できることがうれしい。
マナちゃんは農業実習と大学、洋平は支える為に農政課の職員に、数ヶ月で弱音を吐いてる、二人とも夢がでかくまじめなだけに一般社会との付き合いは難しいだろう、でも必ず役に立つよ。
7月の終わりに結婚式、夜行バス11時間の往復、四国は初めてだ、久々の大旅行、四万十のバカ連中とも出会える、この夏で丸2年のイズに数日田畑を任せられる。
もったいないほどありがたい。
この前51になった、なんかいいかも。
日時: 15:40 | パーマリンク
■ 2010年06月14日
山のセミはなぜ早い
今年の山は昨年に続き麻実と貝人との3人だと思って難度の高い岩山を計画していたが、数日前にくるみとマサ行くことに、なにせ人生2度目の登山のマサだ、初心者向けのコースに良質の温泉と食事を付けなければくるみもうるさいから、榛名山4時間に決めた。
2時間走れば登山口に、最初からやっぱりマサは大変そうだ、不登校の頃はやたらにお尻が重く「おばさん」と言われてたくるみも高校とバイトで足腰が鍛えられ苦もなく登っていく、抑えてもペースが速い、最後に一番の難所の往復は「待ってる」と言い出したが「この一番の霊場を登らないと意味がない」と無理やり引っ張ったら何とかこなした、降りるとき「こんなとこマサちゃん登ったの、すごーい」と元気そう、良かった。
山ツツジと山セミがずうっと迎えてくれた。
そして今日梅雨に入った。
分けつが始まった稲はぐんぐん水を吸う、給水ポンプもフル回転、乾ききった畑、遅れていた野菜たちも一気に育つ、ありがたい雨、草とりもいよいよ本番、マルチや畳表等でかなりの準備ができた、さて今年は作業が追いつくかな?。
キジの小さな雛もちょっと飛べるようになったよ。
日時: 15:36 | パーマリンク
■ 2010年06月04日
もっと 裸に
先日新しく畑を借りたBさんが怒鳴り込んできた。
「まだ契約書も書いてないのに作物うえやがって」と、その凄い剣幕にイズは、下手に言い返してはいけないとひたすら謝っていたそうだ。
農業委員会がらみの都合で遅れることは伝えてあるのに、ともかく仕事帰りによってみたらBさんは不在、かあちゃんが「うちのひと変わってるから」、「じいちゃんも有名だもんね」「そう親子で似てるから」となごんでしまった。
これでイズの悔しさは晴れたようだ。
忙しさの中、細かな付け届け等の挨拶を欠いているのはいつも気がかりだ、さあもう一息で一応の春仕事は終わる、今度は回りの関係に種を蒔こう。
田んぼの除草もチェーンからデッキブラシに変わった。
あいかわらずコージはブリーフ1枚で作業、畑でも上半身は裸、「だめだと言われるんですけど好きなんで」。
畑に来たフーカフェのあやちゃんに、今コージとぼっちが田んぼで裸だよ」と言ったら、「どこ、いく、たまには男の裸見なくちゃ」だって、やっぱ、かっこいいよ。
あさっての「やおや旬」の改築祝いのボブのコンサート後の料理も彼女が作ってくれる。
日時: 14:59 | パーマリンク
■ 2010年05月29日
オラが作ったカラスの集団
この季節、カラスは集団化するのだな、などと優雅に分析していたら、百羽位の集団に空豆とグリンピースが襲われた。
たった二日間でこれからのも含めて半分以上やられた、慌ててキラキラテープで囲い、かかしも設置した。
その後様子を見てると数羽は物ほしそうにそばにいるが集団はいない。
このまま効果があるといいが。
昨年は初めのトウモロコシが全滅、枝豆、落花生の幼苗は必ずやられるのでネットで万全だ、空豆とピースには備えがなかった。
その前からほんのちょっとやられていたがキジだとばかり思い込んでいた。
冬場にキジを狙いに来る鷹愛好家たちにだいぶやられているので少しの被害ならOKと考えていた。
先日も生まれたてのヒヨコの群れと人参畑で遭遇し遊んだ、母ちゃんキジの自己犠牲の行動にはいつもグッと来る。
しかしカラスが真犯人だった、小さい被害を見逃しているうちにみんなを連れてきたのだ。
初期対策を怠った俺の責任だ。
今日も日本中から百姓たちのため息が聞こえる。
四国をバイクで回ってきた変体コバちゃんは、祝島でビワを食うカラスたちを散弾銃で撃ってたのを見てきたって、パチンコ探そう。
日時: 15:04 | パーマリンク
■ 2010年05月24日
聖なるケツほり師 コージ
確実に日本人たちにスイッチが入った気がする。
使用済みビニールマルチで再生品を安く作る工場を諫早湾の農家が作った。
ドラム缶に羽を付けた様なダリウス式小型風力発電機の高効率なやつができた、これは電信柱などにかんたんに付けられる技術や仕組みも生まれるだろう。
とても気になっていた大型風車の公害もなくなる。
各河川の土手で膨大な刈り草を全て焼却し莫大な税金淡々と使っていた国交省が牧畜等に使えないかと言い出し、実際に1牧場に使ってもらっただけで数千万円が浮いた。
もったいないはお家芸、3千年磨かれた血は必ず復活する。
地域や家族の粋な付き合いも復活させて、さて、世界に貢献できるか?
チェーン除草や苗の補植作業等で、数日コウジは田んぼの中をはいずっていた。
だんだん服を脱ぎ始め最後は真っ赤なパンツ一つに手ぬぐい、外の井戸で裸になって水をかぶっていた。
弘前で整体カフェを開業し、ヘルパーもやっていて便秘の尻の穴をほじくるのが上手いそうだ。
田んぼの中で「やーい、くそほりコージ」とカズちゃんに言われても「好きですよ、俺」とえへへと笑うコージはケツほりを神聖化させた。
日時: 15:24 | パーマリンク
■ 2010年05月17日
仲間の輪 そこが原点
田植えも終え、畑の作付けもあと少しだが、結構な大仕事が多い、体はがたがただが調子は良い。
今年は寒波のせいで大遅れ、気が付けばあと10日で誕生日、27日で51だ。
その頃麻実は就学旅行だからバースディ登山は6月5日かな、でも次の日は大鹿村のボブが天神庵に歌いに来る。
そして6月19日は竹大工で民族学者のヒッピーの長老「尚さん」に市野谷の円東寺で「竹」のことを話してもらう学習会がある。
もう一分張りだ。
尚さんには11月頃に竹細工の講習会を予定、尚さんはこの所活躍している。
「竹細工入門」日貿出版を著作、これは日本人にとって宝だ。
南の島を中心に民俗学的多数の書物や語りの会もやり多忙そうだ、でももうすぐ70だから今色々教えてもらわねば死んじゃうもんね、先月ポン(山田魁也)が亡くなり、御三家はが死に絶えピッピー会には激震が走った、ポンちゃんの話しを直接聞きたかった。
ともかく素敵な仲間を呼ぶ会をこしらえて行きたいと思う。
そして畑の周りの部落の人たちとも少しでも関係を深めていきたい。
明日、溶接を部落の鉄工所に依頼、屋号は「かごや」昔は竹職人、面白そう。
日時: 15:12 | パーマリンク
■ 2010年05月08日
田植えの頃は鮒
雨の中、合羽を着て田の代をかいていたら、畦の上に大きなフナがごろり、腹を半分食われていた、たぶん引きずりあげたのもカラス。
トラクターで何度か往復していたらそのフナが田んぼに落ちていた、その時カラスの姿は見かけなかったし、機械でもひっかけてもいない、暖かい雨を受けながら、ちょっと寒気。
早く土にかえしてくれとの願いに何かが起きたのか、などと考えながらていねいに埋め込んだ。
フナといえば数年前生まれたばかり金魚やフナをもらい毎日世話をしている。
餌は台所にあるもの、このところカツオの粉ばかり半年ほどあげてたら、時をたがえ2匹のフナが死んだ、共に腹に空包ができひっくりかえって泳いでるがしばらくは生きていた。
乾燥ミジンコに変えたらいいみたい。
急に大きくなった。
不思議は続く、耕す前の硬い土の中でも多くのドジョウが生きている。
ミミズなら解るがいくら雑食だといったって、おめぇー魚だろ、なんで、でも大型の鳥たちにとっては最上のご馳走、もっと増やして俺もくうどー。
「もんじゅ」も動きだしたぞ、民主党でも原発と自衛隊は聖域かい?さて。
日時: 16:04 | パーマリンク
■ 2010年04月30日
ジプシーはいた
寒気団の支配する春はどうやら峠を越えた。
近所の百姓たちは「今年は違うよ」と口をそろえた。
たぶん夏野菜たちは元気を取り戻せることができるだろう、ともかくお日様がほしい。
田植えまであと一週間。
シャケバイだキビ刈りだ、この夏は富士山の頂上小屋でと日本中を旅しながら世界1周の準備金を貯めているトモが旅先での仲間を送り込んでくる。
5月6月と弘前のこうじ27才が働くことになった、ただでもいいということなので、トモの家の空き部屋を賃貸ししてもらい朝と昼の飯、食材とおこづかいで馬車馬のように働いてもらう予定、元整体師だったそうで羅臼の宿舎ではみんなからお礼のビールが絶えなかったという。
あいつらは鍛えられている、この前トモが与那国で一緒に働いていた19才の兵庫の女性を連れてバイトした、町の人たちとは明らかに違う、使える、働きモードが百姓の世界に追いついた。
K子は中学卒業後から一人で旅しながら生きてきた、キビ刈りでは月35万も稼いだという、屋久島の民宿で半年とか、今度は未開の東を攻めてきた、携帯のネットで北軽のほうれん草農家を見つけ行って1週間、電話来る。
日時: 15:59 | パーマリンク
■ 2010年04月24日
実はテレビっ子
月曜日は「ワンピース」、火曜は「ドラゴンボール」、あとは大リーグかワールドニュースだ、昼飯時のテレビだ、「あち定食」をつつきながらイズと二人で見ている。
朝は7時半に「はじまったよー」の誰かの声でマサとオラとイズが朝仕事を止めて終結し朝飯が始まる。
今回のゲゲゲは歌の前に突然始まるのでどうしても最初を見はぐることが多く悔しい、夕飯時は大河ドラマや特別なスポーツ試合などは許される。
こどもたちが色々録画してあり、日々それぞれが入り乱れて見ているので、下手すると同じものを3回見たりもする、野良上がりのデスクワーク時にいやでも目に入る、でもそれなりにみんな面白いのを選んでいて、まあ納得できる。
が、高2くるみの「おかあさんといっしょ」にはいつもうなってしまう。
この春からはアニメの「メジャー」「おおきく振りかぶって」が再開し、人形版「スターウォーズ」も見逃せない、「一番のテレビっ子じゃん」とよく圭太に指差されるが、確かにそうだ。
以前広瀬隆さんに来てもらい原発の講演会をやった時、休み時間の会話で「毎晩野球ばかり見てるから、、、」との広瀬さんの発言にうなった、今もそう。
日時: 15:57 | パーマリンク
■ 2010年04月16日
記念すべき寒き春
雨よけビニールハウス内のトマトは上からヒモをたらし結びつけ支柱がわりにし、テープやクリップを使わない巻きつけ方式をとってきた。
今年はそのヒモを45度の斜めに設置した、一段でも上にできる果実を育成する為だ、先のほうのめんどうを見続けられれば永遠に収穫できるのだが、日本の高温多湿の夏はトマトは越えられない。
少しでも良き伸ばせようと下葉をかき、収穫を終えた下の枝地面に下ろし、手の先はるかな先端を顔の高さまでそろえる作業を夏に2回ほどやる、45センチおきに定植したトマト700本の各作業はどれも数日を要する大作業だ、斜め誘引で1回目の枝下ろし作業、2,3日短縮できる、さらにその作業中に新しい片付け方が浮かび、さらに2,3日うかせそう。
種袋をファイルカードに整理するのも数日前思いついた、日々ちょっとした気づきが浮かぶ、日々新た、農の世界の楽しみの一つ。
中学に進学した貝人は今、部活体験、3年生女子だけの麻実がいる家庭課部で遊んでいる。麻実は「人付き合い、うまいよなぁー」とあきれている。
体力を学校で使い果たせと麻実は運動系の部を進めている。
日時: 13:51 | パーマリンク
■ 2010年04月12日
空豆畑にヒバリの卵
初めてエンジンを分解した、冷却水がシリンダー内に漏れ出し始動時には水がマフラーから飛び出してくる、当然長時間は使えないがそのトラクターにはローダーというバケットが付いており堆肥の切り返しや軽トラへの積み込みに主に使えるので数年だましだまし使用やっとチャレンジ。
周辺の様々な」配管や部品を恐々はずし上からはずしていく、内部のバルブやカムが見え出し緊張、構造をよく見ながら優しく取り外すとシリンダーが出てきた、人間なら心臓手術だ、感動、周りには無数のオイルや冷却水が流れる穴がある、漏れないようにするパッキンがガスケットだ、それを取替えまた組み立てなおしエンジンを始動、かかった、凄い感動、また少し機械と友達になれた。
進級、入学のシーズン、一番下の貝人は中学生、これが最後の入学式、25年間付き合ってきた小学生がいなくなった寂しさの方が強く、形式だけの入学式に感動はない、それより高2に上がったくるみが「今日から2年生、うふっ」と母ちゃんに嬉しそうなささやきには重みがあった、中学時の不登校を乗り越えた自信に溢れていた。
日時: 15:01 | パーマリンク
■ 2010年04月02日
農業を少しでも勉強しよう
田んぼの所得保障の受付が始まったが、まだ農政課からは何の連絡もない。
1反(300坪)あたり1万5千円が支給される。
おっ、いいじゃん、うちでも30万位はとほくそえんでいたところに田んぼの作付け予定表が送られてきた、減反を考慮して各農家に割り振られる数量だ、今年の予定を書き込み、提出するのだが、いつも無視していた、他にも色々書類はあるが8月1日にある現状調査(ハチイチシンコク)以外は極力無視、だって行政やJAはまったくなんの役にも立たないからだ、でもそれが今回はたたった、たぶんうちはもらえない、しかたなかぁー、しかし確実に全国の農家は動き出した、特に飼料用米の作付けが爆発的に増えそうだ、自給率を上げるのには牛、豚、鶏に与える輸入トウモロコシと小麦に変わるものを生産しなくてはならない、その役割を米に託した、食品残渣や放棄された田畑や山林の草などの活用が本気で動き出した、どの道も行き詰った農家たちが最後の賭けに出ている、餌を国内産に変えている牧畜を応援しよう。
もちろん有機全般もだ、百姓が元気になればこの国は助かる、世界に貢献できる国になる。
日時: 14:29 | パーマリンク
■ 2010年03月28日
たそがれも また 美しい
部落の百姓が3人も引退してしまった。
農業収入を得ている人はあと数人、ついに3千年の農耕の歴史が一つの終焉を迎える日が目の前に迫ってきた。
みな病気だ、65才のでかくて病院嫌いの元気な植木屋のSさんは具合が悪いと町医者に、すぐに癌センターを紹介され、抗がん剤の副作用ですぐに亡くなってしまった。
部落が自治会に変わるのも間近、その中で勢力を伸ばしている我が農園は下手すると目の上のたんこぶ、なるべく頭をたれて、できれば手だすけをと常に心していかねば。
たぶん国中同じような様子だろう。
力あるものよ、一刻も早く農村に入れ。
たそがれも美しい。
テントウムシの交尾ぶるぶるを発見したヘルパーかずちゃん、今度はカタツムリのを見つけた、「昨日はハトの交尾を見た」と交尾ついてる、だがカタツムリは共食いだったみたいで数時間後空っぽの殻がそこに落ちていた。
カマキリと同じかな?
桜の頃に真冬並みの寒さが続く、昨年までの農業日誌は役に立たない、あと一月もしたら田植えを迎える、信じがたい、いっぺんに春がやってくる北国みたい、おかげでどぶろく君は最高に仕上がった。
日時: 14:38 | パーマリンク
■ 2010年03月19日
妖精はいる あつしもまた
「毎年よ 彼岸の入りに 寒いのは」(正岡子規)。
この句は子規の母が言った言葉だそうだ、暖冬がしばらく続いていたので、珍しく平年並みの寒さを味あわせてくれた今年の寒気団は桜の開花直前に最後のエールの冷気をプレゼント、間違いなくこれからの花や新芽は鮮やかでしょう、この国には冬の寒さが必要です、それが自然や文化を支えてきた大きな要素、海水浴場まで禁煙にする案を神奈川県で全会一致で決まったそうだが情けない、文化的崩壊が確実に始まりだした、禁煙や老化にメタボ、何を恐れているんだ、暖かい冬の方がずうっと恐いぞ、本気で温暖化と戦える時が来た、世界中で手をたずさえて目標に迎えることができる状況ができた、どんな風に変わっていくだろう、どんなことに関われるだろう、きっと忙しいからゆっくりやろう。
天龍村に帰農した「あつし」が泊まっていった、知り合いの葬式だそうだが、10月に始めての出産を控えた連れのピグのつわりとわがままに耐えかねての逃避行が本音、真剣に百姓に取り組んでるがどこか間が抜けていて「年収46万じゃ、パパやばいよ」と、精一杯のアドバイス役に立てば。
日時: 16:11 | パーマリンク
■ 2010年03月12日
小便は菜花にかぎる
「ワークシュアリング」いう言葉が消えた。
失業率が日々論議されているのに何故か「ワーク~」は出てこない。
企業でも公務員でもその仕事一筋ばかりでもないだろう、給料は少なくなっても週に数日違う仕事をしたい人はけっこういるでしょう。
衣食住、教育、芸術、介護等、それぞれの分野で報酬を得たり遊んだって良いではないか、日本全体の経済は貧困国に比べてまぶしすぎるほど豊かだ、しかし人間の関係がばらばらなので心配で一人一人の経済で妙に金に頼らざる得ない。
国会等で様々な既得権益が問題にされているが、普通の企業や公務員も貰いすぎだと思う、家や学費のローン、老後の蓄えで大変と言うが、そんなこと日々考えてるから、家庭も地域もへたれる、その日一日出会う人、様々なものを大切につきあっていれば幸せは重なり増幅し続け先の心配はだんだん消えてゆき、「はい、それまーでーよ」でよかっぺ。
うちの便所は昔風、男用の朝顔が隣部屋にある。
先日そこに白菜のトウをさした花瓶があった、マサさまだ、年に数回ある。
数十もの蕾が膨らみ、ちょっとづつ花開く様子を小便しながら見れる。
風流だね
日時: 16:14 | パーマリンク
■ 2010年03月06日
人類3千?回目の稲作開始
いよいよ稲作の始まり、種籾を塩水で選別する「塩選」、60℃の温水で殺菌する「湯選」を行い、眠りを覚ます「水漬け」に入った。
平均水温×日数が百時間以上で休眠物質が流れ去り、発芽が揃う。
秋までうまく面倒見切れるかやはり不安だ。
が、何とかなりそだな、とのかすかな安堵感も生まれた。
一応15年以上稲作は続けてきた、失敗もひと通りやってきたし、昨年始めて成功した「チェーン除草関連技術」はたぶん今年も再現できる可能性は高い、あとはある程度の安定した収量と食味の向上。
成功すれば人に伝えられる。
数年でできると、始めた当初は思っていたが16年、恥ずかしい。
周りの百姓たちはみんな見ている、人目を極端に気にする農家たちなら恥ずかしくってたまらないようなヘマを平気で続けるオラたちは異星人、でも根っからの百姓たちもあと5年もすれば絶滅危惧種、現在の低価格競争が続けば畜産も含めた農業全体が壊滅し自給率向上なんて夢のまた夢、まあいいか、一度悪夢を体感しなければこの国は変われないようだから。
ヒバリが気持ちよく鳴き出し、オオタカのデートが見られミミズも動き出した、春。
日時: 15:44 | パーマリンク
■ 2010年02月27日
農業補助金ゴロよ、成仏
農業者への機械や施設への補助金の案内が直接FAXされてきた。初めてだ。
今まではどのような補助金が出ているのかさえ調べるのが難しく、また農協が大体窓口で、機械や資材は農協で買うことになる、直接店では買えないのだ。
今まで農協や土地改良区などの法人に補助金を下ろしていたものが「仕分け」以降がらりと様相を変えようとしている。
自民を公に支持しマージンをむさぼってきた農業法人は絶滅の危機におびえている様子が「農業新聞」で読み取れる。
ともかく無駄金が多かったのだ、「次の仕分けが楽しみ、風とおしよ、良くなれ。
予定では今日奥日光のスキー場にちび3匹を日帰りで連れて行くはずだった。
オリンピックをみていて思い立ったのだ。
もう20年以上滑ってないもの、でも雨で中止、一週間前の朝は氷点下、今は13度、急激な温度変化に野菜たちも急変、あれほど伸び悩んでいたものがぐんぐん育ち、花芽も急に現れ出した。
防寒のビニールをはずし、防虫ネットを設置する作業に追われた、じきに恐ろしいモンシロチョウが襲ってくる。
でもまだ頑固な寒気団は衰えない感じ、強冷夏の予想も出た、インド洋が暖かい。
日時: 15:24 | パーマリンク
■ 2010年02月20日
ごろんたごろごろ春間近
今日は「雨水」、雪がとけだす日。
お雛様を出す日だと聞き、さっき飾りつけた。
ここ数年出すのをサボっていた、このところ頻繁に亡き両親が夢に出てくる、「あげたやつ、早く出せ」との催促も含まれているんだろうな。
しまうのは6日の啓蟄、これは立派な「農」の行事ではないか、種まきや育苗に心を集中する2週間、そんな感じかな。
大晦日から見事に居座り続けた寒気団ももう数日で弱まる気配、今朝も氷点下2.5℃、解けた冷たい土を踏みしめながら小松菜やほうれん草を収穫、疲れ果てた外がわの葉をむしりとりながら、毎日のように自身も土も凍っては解けを繰り返しながらも生き抜いてくれたことに「よう、たえたなぁー」と感謝の気持ちが少しわいたことがうれぴー。
先週末は恒例の味噌仕込みに30人ほどの参加者があり、一日雪が舞い散る中作業場では仕込みの指導にマサは大活躍、あれほどテキパキと動く様子は感動的だった。
オラの仕事は糀に煮豆、器具などの設営まで、後は来客との会話が仕事、久しぶりの知人たちにわくわく、たまの祭りは刺激的。
今日は今年初めて仕事放棄で一日コタツで漫画読み。
日時: 15:15 | パーマリンク
■ 2010年02月13日
一日、一日、すべて一日
3日続けて夫婦間に問題を抱える友が来た。
婚約したが逃げられそうな30男、かあちゃんがマルチ商法にはまった40男、「自分は何なんだ」と働かずに悩むだんなの為に就職口を探す30女、みんな前向きに対処しようとしてる、それだけでOK,後は笑顔を祈るだけ。
イズは「俺にあてづけですかぁ?、結婚するなと」、「糀の仕込み講習に明日来るG子さんが勝負だね」と俺。
G子はラブラブで流れは止まった。
その次の日は障害者のマユミが実家に線香あげにきたので顔を出した。
だいぶ指先が動かせるようになり、文字盤どころか携帯電話のメールなどを自在に操り、2千字程度の文章を作り、音声に変えて聞かせてくれたりと凄い、俺と同じラクラクフォンなのに。
最近外で発言する機会が多くなり、原稿書きが忙しいらしい。
「障害者が普通に町で暮らせること」マユミのスタンスは変わらない、意識は益々先鋭化しているように思える。
俺はまだまだ彼女たちの世界が見えない、いや見ようしていない、それもこれも日常で障害者との付き合いが少ないもの。
これ、一番の問題。
テントウムシが交尾、腰を横に振ってた。
やるじゃないか。
日時: 15:44 | パーマリンク
■ 2010年02月07日
鬼は~おら、福も~おら
正月最後の日の朝は悪夢を見た。
原発か爆弾かの放射能の霧に追いかけられた。
隠れても無駄だ。
建物の中で目張りしてやり過ごすしかないが、誰も入れてくれないだろうし、断る鬼も見たくないと家族を抱えながら、まだかっこつけてる自分がみにくかった。
その話しをしたら、同じ朝、くるみも悪魔に追いかけられ、友達のマリも万引きと間違われたり、マサの親友もとんでもない夢を見たという。
気の流れを感じた。
夢の世界にどんどんはまっていく。
夢から得られる情報は偉大である。
ともかく自分を客観視できる。
そして節分が来た。
節分はいつも迷ってた。
何で「鬼は外~」なの?、エゴのかたまりじゃん、って、22才の頃、公園で紙芝居や、炭で餅を焼いて仲良くなったガギドモを引き連れて、幼き頃父に連れ出された儀式をまねして社寺、祠を練り歩き「鬼は宇宙の外」とやったのが悩みの始まり。
だが、先日の節分の日に悩みからの開放のキーワードが訪れた。
それは「鬼は隠人おんに」が語源の一つとのラジオからの会話、おもしれぇ、とここ数日そのことを考えマイブーム、自分の中の邪気を払い、精霊を迎える儀式。春。
日時: 15:28 | パーマリンク
■ 2010年01月31日
正月よ、ボビンよ、さらば
田んぼの堆肥散布もぬかるみの激しい数枚を除いて終了、一安心。
秋にうなった田の表面に幾すじもの線がきれいに浮かび上がっていた。
たぶん霜柱のあとではないかと推測、全てが南北方向に並んでいて磁力の関係かしらと興味深い。
その霜柱はこの冬すごく少ない、水分が少ないからだ。
ぐちゃぐちゃにならなく仕事はやりやすいが野菜たちには大変だ、地表にも冷気が入り気温以上に根も痛められ水も少ないので中々成長できない、土の構造も大切だが地表をさらけ出さないマルチングの大切さも思い知らされた。
森の落ち葉のように覆い尽くされているのが理想だものね。
雌鳥総入れ替えの鶏舎ではまだまだ小さい少女たちに体重が4、5倍あるオスが乗っかろうとするが中々うまくいかないようだ。
そのうち残された2羽のオスが決闘を繰り返すようになった。
相撲のように最初は見合ってから戦いが始まる。
互いに顔あたりを突っつきあっているので両者とも頭が血まみれだ、今後の展開が楽しみだ。
夕べ、ネパリーシンガーのボビンの帰国さよならホームコンサートをやった。
半日マサと家の片付けを、正月の締めくくり、OK。
日時: 15:55 | パーマリンク
■ 2010年01月23日
開発の波が近くまで
タヌキエイズかはたまた皮膚病かここ数年家の周りに出没するやつはほとんど毛が抜けて無残、元旦に鶏小屋に侵入したやつもしかり、捕まえた貝人もすぐに放してやった。
ところが数日前から丸々太ったきれいな毛並みのタヌキが現れた。
そして人なっこい、すぐには逃げない、話しかけるとよく聞いている、ちょうど鶏がらスープのくずを埋めようとしてた時で、これで餌付けしようと考えた、うちの前にはバス停ができ便利になったが確実に林は無くなって行く、うちの裏は最後の逃げ場だ、面倒見ようと毎日鶏がらをおいてるが、猫もいっぱいうろついてるからポンタが食べたかはわからない、ちょっと日々楽しみ。
小6の貝人は卒業式の練習が始まった、時々式時の歌を歌っている。
いい歌だ。
貰った学生服はやはりダボダボ、小学時代はちびのまま終わりそうだ、でもいいではないかとてもしっかりしている、でも母ちゃんからは離れない今朝も膝枕してから登校、これがでかかったらちょっとおぞましいが、ちびでよかった。
やはりちびで甘えん坊の父の命日、マサが墓参りに行ってくれた。
弟たちも来た様子、よかった。
日時: 15:35 | パーマリンク
■ 2010年01月16日
鶏の霊と新年のやり直し
今年は仕事初めより忙しかった。
暮れからの寒波のせいだ。
全国で野菜の生長が鈍り、寒さで増える需要に追いつかない、探し出すように野菜を収穫するのは時間がかかる、その合間に防寒対策にネットやトンネルをかけ、ハウスの隙間を小まめに塞ぐ、水道関係も数箇所で破裂、日々追いかけられ正月気分は吹き飛んだ。
ちょっと落ち着いた今日、でかくなり狭いヒヨコ小屋の少女たちと2年以上たち産卵が極端に減った姉さんたちの入れ替え作業を実行、つまり姉さんたちを絞めたのだ。
いつもこの時期には自然淘汰され数匹しか残らなかったが今回はみんな元気で10羽以上の首を切った。
みんなで羽をむしり肉を醗酵させるために小屋の中に干し終わった午後に飲み始めたらやけに酒が進み、百姓仲間の哲&友ファミリー来訪もあり百姓談義に花が咲き、正月が戻った気がしてまたまた飲んじゃった。
数時間コタツで横になったあと妙に喉が渇き、水やお茶を飲み続けた、酒だけのせいではなく、と殺作業の興奮が抜けないのだ。
闇の中数度外に出るたび鳥たちの霊を意識し怖い、初めてだ。
今度は寝れない、困った、又飲むしかないだろう。
日時: 14:10 | パーマリンク
■ 2010年01月08日
ウシャス それは日の出前の神
今年はすでに3回の日の出を拝ませてもらった。
庭の木立の間に初日の出はマサと、翌日は鹿島港で水平線の雲間から神々しく昇るさまを毎年正月を我が家で過ごす百姓のコジとマサと下3匹、高一くるみの級友マリも一緒、その後鹿島、香取の神宮を参拝。
3回目は今朝市場に袋などを買いに出かけた車中で。
この一年夜明け前の一時間を大切にしてきた。
インドではこの時間をウシャス神と、古代からあがめられてきた事を、八百屋の大先輩、故山尾三省著「リグベーダの教え」から学んだ。
お茶をすすりながら農業新聞を読み、一日の計画を立てる。
みんなが起き出したらばたばたと朝仕事をこなし7時半からのハイビジョンでの朝ドラを見ながらの食事をイズ、マサといただく毎日、けっこう気持ちよく一日を迎えられる。
帰ってきてともかく酒を飲む前の一日への感謝の言葉を口に出して祈る習慣も身についた。
でも言葉は常にたどたどしく、そばにガキどもが常にいるから恥ずかしく、変に気取るからよけに変な祈りとなる。
いつかさらさらの心から言葉が出ればいいなと願い今年も続けるよ。
ダライラマが善光寺に6月来るってね、凄いな。
日時: 15:56 | パーマリンク
■ 2010年01月04日
出会い それこそがパワー
赤城神社に詣でた時にマサが生まれたての赤ん坊を抱いた若夫婦から写真を頼まれた、「この人は6人も産んでいるから縁起がいいよ」と声をかけたが、ほんとにそうだ、インドでは聖なる物、たとえば牛がいるとさわりその指先を額に受け容れる。
子宝の神としてマサのおなかを触るのがはやったら面白いと本気で思った。
「あやかる」のは支え合い、うらやむよりあやかろう。
30日の朝、マサと柏の市場に正月用のカニを買いに行った。
水産物コナーは初めてだった。
シャッターが下りた所が多く寂しいが、それなりの賑わいはある。
いつも支援してくれる刺身屋さんの家族はみんな真剣、みんなプロの顔、俺たちがいくら視線を送っても目が合わない、きっと勝負は一般客ではない、おかげでこちらも気が締まり、晦日は家や畑にお飾りを作り挨拶して昼前から店へ、近所の床屋へ恒例の年一度の草刈り、面白いのはそこの娘が食に目覚め、昨年から柏にできた仲間の自然食の店に働き、畑にも手伝いに来た。
挨拶に来た時、結婚の報告に来たマナと洋平と一緒に成った。
出会いは新化する。
2010年、様々な出会いを大切に生きて生きたいな。
日時: 15:30 | パーマリンク
■ 2009年12月18日
また腰が、さらしをしめて年末へ
元自衛隊でトラックドライバーの兄ちゃんが畑を手伝いに来た。
韓国製のバイクにまたがり坊主頭、かなりガテン系だなと思ったが、これがかなりの読書青年であった。
実家は桐生帯を代々生産、親父さんは農業と宮沢賢治を愛しよく読まされたそうだ、仏教が好きでインドの古典などにも手を出している、自衛隊時代の木更津でオラの本を読んだのがきっかけとはありがたい。
弟はこれから酒蔵で働くという、なんかいい家族だなぁー。
堆肥を袋詰めし、餅をパック詰めし、トンネルのひもかけのアシストの一日はとても楽しかったらしい、何かの役に立てれば幸い。
農業新聞だけにして丸3年がたった。
夜明け前にお茶を飲みなが読みわたす、ちょっとした記事や写真から営農の智恵のヒントがけっこう発見できる。
日本の農業のとても厳しい状況もこれでもかと日々伝えられる。
農家は日々政府の動向を耳をダンボにして注視している。
田んぼ関係の所得保障政策は転作大豆や麦の生産者への配慮もなされ落ち着きそうだが、ここで仕分けされた土地改良事業と共済や農道事業などへの減額について火がついた。
どれも利権の巣ではないか、農業新聞よ、ちゃんと数字をだせ。
日時: 14:58 | パーマリンク
■ 2009年12月11日
燃えろ、腐った木
農業資材の片付けを徹底的に進めてきた。
地に埋もれ雨ざらしの木材が多数あり、刻み、ストーブ用に使っている。
触ると崩れ折れ、湿っているが、燃やし方を工夫するとそれなりに使える。
木材はいつも近くの大工さんから頂いているが、さすがに不景気で木っ端が出ない。
冬場は糀や餅作りの為、週に2回は米を蒸かすのにも使う為、薪は貴重だ。
燃やしにくい木でもとてもありがたい。
見わたせば畑や農家屋の脇に年代物の廃材の山がある。
少しでも片付けられれば喜んでもらえるだろう。
そこから新たな関係も生まれるかもしれないと思うと、気持ちがわくわくする。
曲がった支柱や分解した機械の鉄材などやバッテリー等も部落のくづ屋さんにお願いしたら喜んでくれた、部落への恩返しができるのは嬉しい、腰を完全に壊したジヘイドンも重いものを動かす時にはイズによく依頼する、せんべや2、3本の発泡酒を頂く、凄くいい、百姓は田畑と付き合うのはもちろん、部落の為に働くのは次に大事な仕事だ、そしてそれが日々の営農をより楽しくする。
フーカフェの綾ちゃんが畑代と始めて作った注連飾りを持ってきてくれた立派である、彼女の農への思い確かに受け取った、来年は米作りだもんね。
日時: 16:03 | パーマリンク
■ 2009年12月04日
小さな知恵を日々学ぶ、これ百姓
タクアンの季節が来た。
まずは半分を掘って洗った。
生育のバラつきが意外に多かった。
今年は夏の間、接肥した畝にビニールを掛けた「太陽熱除草」を徹底したので、草は激減、堆肥は熟成して野菜はすくすく育ってくれるはずだった、しかしそう簡単なもんではなかった、総体的にはいい生育状況だが、堆肥がまだ暴れている、マルチを掛けた時の水分状況が少なかったのだと思う、さて、来年はどう工夫しよう、この冬の宿題だ。
大根洗いに発見が一つ、イズと二人同時に洗う設定になり、タワシが足りなかったので、田んぼの除草用に使っているモップブラシの先を取り洗っていたら、割れた大根の又の奥深くまで洗えるのだ、小さな一つであるが、数年の悩みの解消はやはり喜びである。
下の3匹には毎月本代として中、高千円、小五百円をわたしている。
「こんな本買ったよ」、と時々話しかけられる、別に買う本の種類に縛りは掛けなかったが、マンガや雑誌は買ってないみたいだ、貝人が本資金が溜まってると言うので「マンガでも」と言いかけたが止めた、そのお金が日々「本」の存在を少しは意識できたらいいんだもの。
オラも年末年始用に農業書を2冊注文した、あとダライラマの本も頼もう。
日時: 13:53 | パーマリンク
■ 2009年11月13日
白鳥はきらいだ
もう十年以上、上3匹のあんちゃん達とは旅をしていない。
30過ぎた圭太と25の伊邪那とマサとで、秋田のマサの故郷へ、一泊二日の結婚式参加の旅、兄さんの一人息子が嫁をもらう、崩壊寸前だった家に天使の女神が嫁いできた。
婆ちゃんが死んじゃったら足が遠くなるなと寂しく思ってたので感激だが信じられなかった。
自殺者NO1の秋田の生活はきびしい、新潟に次ぐ米の生産量を誇るり温泉だらけの秋田ははるか昔から豊かだった、米作ってるだけで家が建った。
が、米の価格は下がり続け、特にこの十年間で半額になり、常に豊かだったこの地域は耐え切れなかったのだと思う。
しかしここ数年見栄の張り合いもかなり引っ込み助け合いの心の連鎖が芽生えた気がする。
家に入るよといったのも嫁さんだし、結納もなし、旅行もなし。
でも心配は尽きない、ベビー光臨ともなればまた祝いにいける。
ともかく婆ちゃんは今最高の日々を送っている、少しでも長くつづけてほしい。
まわりの田んぼでは十月にわたって来た白鳥がいっぱいだ。
ガウッーガウッーと朝夜を問わず鳴いている。
群れなして飛んでいたりもする。
どうもこの光景に慣れない、ちょと前はいなかった、何匹かもってけ、だって。
日時: 15:24 | パーマリンク
■ 2009年11月06日
体重ばかりが命じゃない
ひよこ19匹、産まれて半月がたち真っ黒だった毛にも白の模様が浮き出てきふさふさ、かなり寒さに強くなった。
もう少ししたら外に出そう。
今現在、居間の中にダンボール小屋が置かれ、寝ている合間もピヨピヨ聞こえる。
たくましく育つよう薪などを転がしておくと気持ちよさそうに飛び乗る。
だいぶ羽ばたくようになってきたので、もうひとつダンボールをのせ二階建てになり、斜めの枝を登らねば餌にありつけないようにした、今は細かく切らねば食べたれなかった葉物もだいぶつつけるようになった、一人前だ、体重も80g位で玉子とほぼ同じに戻った。
なんで卵より軽いの?と最初はみなで首をひねったが、「貝人の時は一ヶ月検診で誕生時より軽かったので、もうあんたのおっぱいだめよと怒られた」とのマサの話にそんなもんだとガッテン。
ダンボールには幾つも穴が開けられハウスビニールがガムテープで張られてあり、簡単な開け口があり、水、餌の取替えをするが貝人はいつも捕まえて遊んでいる、必ずお尻を眺めたがり、匂いをかぐ、そんな野性味のある姿が好きだ。
こいつは上等なオカマに育つ可能性を感じる。
それも良い。
明日は結婚式に上2匹とマサとの珍道中、これも良い。
日時: 11:59 | パーマリンク
■ 2009年10月31日
じいさん先輩大爆発
夕晩は、栗名月のいざよい、十三夜。
ここ数日、月と明星(金星)コンビの輝きが現れた。
冬の夕方の強き友達だ。
今年もよろしくとの思いは初めてだ。
そのコンビの面白さに気がついたのはこの前の冬のこと、ジタバタの15年の終焉もまじか、基本的最低限の営農施設整備がもうすぐ終了しそうな気配、少しだが余裕を持てた実感がわく、しかし50を数えるまでそんなことも知らなかったのかよ、と情けなくもなる。
今日も資材収納ハウス作りを楽しみ帰ってきて新しいCDを聞く、今朝、元八百屋仲間のラスタカズから「いいよ」と手渡された。
最近ロックシンガーデビューをはたした69才のシンヤさん、ヒッピー仲間の大先輩で現在笠間に暮らしている。
びっくり、声も歌詞もしぶい、若いバンドを引き連れのりのりだ。
ジジイロックの世界を花咲かせた、見事。
やはり70近い鴨川の籠屋の尚さんも「竹細工入門―日貿出版社」というとてもわかり易く優しい本を出した。
時々農家屋を回って竹製品の修繕とかやっているという、畑が整ったら3日間くらいの講習会に呼べたらと以前から考えていた。
シンヤさんのライブもいいな、渋い爺さんたちの活躍はまことに励みになる。
日々の積み重ねだな。
日時: 14:02 | パーマリンク
■ 2009年10月24日
今日、野球は進化した
秋仕事もだいぶ片付いて、大工仕事の季節到来、もらった資材を元に5棟目のハウス作り、長年願望してきた本格的さつま芋の貯蔵庫作り、ともに8割方終えた。
畑の方はすっかり二人に任せている。
農家屋を持たない百姓が何とか形を整えられるまであと一歩、結構わくわくし施設整備にのめりこんでいる日々、あとは麹むろの改良やヤギ小屋、鶏小屋の新設等の予定もあるが、最後に決めなくてはと思うのは「太陽熱温水器」である。
屋根の上につける朝日ソーラーを超低価格で手作りする夢の基本構想が出来上がりつつある、水道パイプ資材をうまく使えばなんとかなりそう、「現代農業」の4月号で試みた新百姓の記事がとても参考になった。
これだ、できる、年代ものの灯油バーナーの風呂は夏は15分ほどで沸くが、真冬は30分位かかる、なんとか太陽で、できれば娘たちの念願の温水シャワーもできるかも、でもそれは配管の都合上ちょっと面倒かも、でもやりたい、そして成功し広めたい、これからは工夫と知恵の時代だ、人類の英知を集枠する時だ、そうあるべき姿を祈る。
楽天は立派だった、ハムもみごとだった、ノムさんの胴上げとダルの岩熊へのねぎらいOK
日時: 14:55 | パーマリンク
■ 2009年10月17日
サケとひよこが、いのち輝く日
二年に一度新しい鶏の雛を入れる。
今回は十九羽、真っ黒いプリマスロック、初めての黒、中々かわいい、松本の小さな養鶏場で生まれたばかりのひよこ、水を飲むのも、えさを食うのも寝るのも走るのもおぼつかない様子はたまらない、時間を忘れて見てしまう。
小さくまだ寒さには弱いのでダンボールに電球をぶら下げたのが小屋、しばらくは居間で楽しめる。
畑では動物を取り入れたいとの思いはあったが、まずはヤギを一匹と、イズが子ヤギを探し始めた。
その次はミツバチだな、農の遊びは尽きないのだ。
ひよこで家族が沸いた夜、羅臼から生のサケが届いた、八月からイクラを取る仕事を続けているトモからだ。
ここ一月は休みは無く夜遅くまで仕事が続きかなりハードだったが、やっと五時にあがれるようになり、仕事仲間と夜、釣りに出かけたりしているそうだ、とてもいい仲間たちと出会えたそうだ、十一月からは愛媛でみかんの収穫の仕事に行くとのこと、若者の旅に乾杯だ。
七十cmのサケの腹を割くとイクラが山ほど出てきた、マサが醤油つけに加工しオラが切り身つくり、出刃の切れ味はいいのに初めてのことできれいに切れない、でもサケの人生そのものを食らい、とても贅沢だなぁ。
日時: 14:57 | パーマリンク
■ 2009年10月10日
メールアドレスも埋葬
呼吸器等で生きていたおじさんの目は開いていた。
心臓は動いているが死んでいた。
話しかけていたら目の下がぴくっと動いた、でも確信した、でも死んでいる。
翌朝訃報が入る、おじさんといっても一回りしか違わない、昨年から定年、人付き合いのとても苦手の独身。
弟の茂と葬儀の手伝い、父、母、おじさんたちの葬儀を重ね、いつしか相談役側に。
今回は新築したばかりの円東寺、オオタカ駅の西側、住職の増田さんは光明院の弟子時代によくお世話になった。
求道的な姿勢をも感じられる稀有な僧、法要も0円~30万円、どんな人も弔うと言い切る。
いつも話しには感心する。医療中についた鼻上の傷を気にしていた、葬儀屋さんに話すとすぐさまファンデーション等で消してくれた。
映画「おくり人」効果であろうか。
いつもオラは飲み役、騒ぎ役、長女くるみにもうつったのか、葬式が好きだという。
バイトでいけなく「お通夜にいきたい」と騒いでいた。
マサは「外でいっちゃいけないよ」と大笑い、良きことではないか。
追伸。パソコンの修理中メールアドレスが消えてしまいました。気がついた方はメールをください。すみません。
日時: 15:40 | パーマリンク
■ 2009年10月03日
老人と魚 水深80mの世界
うなぎの季節は過ぎたとさ、スーパー障害者まゆみの父さんにうなぎ釣りを教えてもらう約束をしてたが、顔に帯状疱疹が出て20日間も入院してたそうで、うなぎは来年、竹で仕掛けを作るとこから開始なのだが、突然海釣りの誘いを受けた、何人でも連れて来いという事なので東金の百姓仲間のコジと世話になった。
半月前の小学校の運動会途中ビールを求めて昔なじみの酒店に行ったらその隣のEM仲間のS爺さんと会った。
金魚がいっぱい増えちゃたからもってけという、おっ、魚の世界がきたー、と感じ10匹ばかり野菜と交換、よく貝が手で捕まえて遊んでる、今まで魚の方はあまり体験させてやれあかったもんなぁーと黙認。
火曜、朝6時前に港に行ったら騒然としている、目の前の湾で昨日1人でボートを借り釣りに出かけおぼれたか自殺、海上保安の船や漁師たちがカギで引っ掛けて探したりもぐったりしていた、遅れて釣り船がついた、なんと3人で貸し切り、館山沖の水深80mの底に仕掛けを落としアジやタイを狙う、本格的ハマちゃんの世界、5.6分に1度80m糸を巻き上げる、けっこうハードな世界、水深80mの世界と半日会話しなんか少しわかった。
カモメもかわいかったし、釣ったその場で頭の神経を切り内臓を取って処理したアジやサバはほんとに釣りたての味がして家族みんなびっくり、しかし宿から船など完全接待、困ったー。
日時: 10:27 | パーマリンク
■ 2009年09月27日
静かな田んぼに来年の夢
毎年悩まされていた秋雨前線や台風もまったくなく、乾いた秋晴れが続き、おかげさまで早々に稲刈りが終了した。
機械や天日干し用ののろし棒も片付けられ、念願の田んぼの秋起こしに着手できた。
切り株や切りワラを早いうちにすき込み分解させることで7月頃のガス沸きを押さえる為だ。
また、乾燥させることで一部の雑草を押さえる効果や微生物活力を高める効果もあるという。
秋うないはやらないほうがいいという農法もあるが、試してみたかった。
ワラもモミも眼の仇のように焼いている人も多いがとてももったいないと思う。
昨年には井戸ができたおかげで、全てのモミガラを「くん炭」に焼き、今年も始めた、慣れてしまえば側らの仕事で終わる。
思い切り薫炭を畑で使える喜びを一つ手にした。
今年は除草作業に成功し沢山取れるかなと期待してたが、平均5表、少ない。
植付け本数が少なすぎた、今年はぶんけつが悪く、周りも1、2表少ない、次はと考えるが、一年に一度しかできない、春が待ちどうしい。
でもあと何回米を作れるんだろう、人生の短さもすごく感じる。
秋かしら。
日時: 13:46 | パーマリンク
■ 2009年09月18日
彼岸花 さかり
明日は貝人6年生の運動会、これで25年間の恒例行事が一つ終わる。
まだ中学の3年間はあるが、小学生はもういなくなる。
寂しさもあるが、もう 、じゅうぶんだ。
普通の家庭の2倍以上体験させてもらえて感謝感激、これ以上続くと感謝することさへ忘れてしまいそうだ。
6時前から朝仕事をせっせとやれば10時の最初の種目には間に合うだろう、用具係なのでなるべく本部席近くに陣取り様子を見よう。
学年でも5指に入るチビ滅茶苦茶根性あるから騎馬戦は当然上に乗るのではと思っていたが、下の後ろ、でも一番素早い騎馬なのだそうだ、楽しみ。
うちの亡き親父さんも6人兄弟の末っ子で、チビで、暴れん坊だった、似てる。
親父は5年生まで母のオッパイを触って寝ていたそうだが、貝人の添い寝は新記録を更新中だ、すきあらば寝ている。
もう誰も何にも言わない。
時々貝人が疳の虫を大爆発させると、親父さんの霊の退散を願う、「除霊、除霊」と言いながら貝人の背中を塩で洗ったりもした、でもやはり除霊はまずいよな、どうぞ、うつりのりお楽しみ下さい、だよな。
彼岸花、さかり。
日時: 10:19 | パーマリンク
■ 2009年09月12日
16日よ 早く来い
稲刈りを始めて1週間、久々の雨、ちょっと一息、外では2台の乾燥機がうなっている、明日は3団体の稲刈りがあり、今日中に乾燥機を開けなければ、今日は籾摺り三昧、連日物凄いホコリの中で作業で目を傷めてしまった。
目医者で治療してもらったが歯医者より怖かった、ゴミを取ったりする時痛がるので「麻酔します」と、注射されるのかと逃げ出したくなったが、液を注ぐだけで一安心、傷もなく1日で快復したが気をつけねば、数年前のこの時期もやったもんねぇー。
目医者はこりごり。
ここ1年位農業問題が大きく取り上げられるようになった。
しかしその間不況で農産物価格は野菜、果樹、畜産など全般が低価格が進み疲弊度は増している。
農産物の輸入も増えだした。
かなりのスピードで政策を進めねば取り返しがつかなくなるぞ。
最低保障賃金があるように、最低価格を作れないものだろうか、米1表1万8千円、野菜1㎏200円とか、農家も作付け計画を出し合い調整するなど。
今まで小さな農家は潰していく政府の方向に流通も加担してきた。
新政府よ早く動き出せ。
日時: 13:15 | パーマリンク
■ 2009年09月05日
変わる時には変わる 秋だって
「やっぱり薬使ったんだなと話してたんだよ」とN婆さんが例年とは違い雑草のないうちの田んぼの事を言い出した。
これは面白いアピールのチャンスだ。
昨日までに稲刈り関連の機械の掃除とメンテナンスを終へ、準備は整った。
まだ黄金色には染まっていない田んぼで稲刈りが始まっている。
昨年のぬかるみの中での大苦労に怯へ今のうちにとの気持ちもわかる。
でもまだ稲は実に養分を送り続けている。
もう少し。
いつもなら残暑で寝苦しく、稲刈り時熱中症で倒れる人もいる頃なのに、朝晩は20度を下回り、貝人は毛布に包まり「コタツがほしい」と、同感。
人いきれの暖かさが恋しく思え、秋だ。
食べ物も変わる、そうだ芋を掘ろうと、例年よりひと月早くさつま芋を試し掘り、できてる、さっそく茹でてみたら栗みたい、来週中には掘り始めよう、夏野菜が少なくなり苦労する9月に大きな味方、草刈りや蔓返しを担当してきたイズやマナブンも大喜び、冬野菜の作付けも9月が勝負だ、一つずつ、丁寧に。
かりばダムの建設が止まった。
反対の声など完全無視してたのに、次は原発だな。
日時: 13:19 | パーマリンク
■ 2009年08月29日
農家の法廷尋問 その②
地方分権が少し進み、委員会での農地管理の権限の幾つかが県より委譲され「周りに迷惑をかける時には営農停止もかけられるんだよ」と偉そうに追い討ち、「うちの田畑が集まっているふたつの部落では年寄りたちの手伝いや水路の整備作業を委託されたりかなり役立ってると思うよ、それより有機農法促進法は流山ではどう進んでます?」、みんな知らない、「市で有機農業への補助が出てるそうなんですけど」、これも知らない、「2次補正予算で出された耕作放棄地の建て直しにかかる補助や新規就農者への設備資金400万のことは」何にも知らない。
そのたびに役人に「調べとけ」、これでは生物多様性の話しなど遠い世界だ。
そして「チェーン除草ってどうやるの」と聞いてくるので毎回詳しく説明する。
書類提出のたびに呼び出されるのは迷惑だ、まとめてくれと提案は受理された。
農業への世論が高まる中、どうやらケツを押されてる気配、でも変わらんだろうな。
いよいよ稲刈り、素晴らしいでき、田んぼも乾いた。
15年目にして初めて気持ちよく作業ができそう。
ほんとかなぁー。
日時: 14:17 | パーマリンク
■ 2009年08月22日
百姓の法定尋問 その①
この所2回ほど農業委員会に呼び出された。
農業集積事業という仕事があって、農地の貸し借りの仲介をする。
仲介といっても紹介などしない、契約を保障するだけだ。
今までは審査などなく書類を提出すればよかったが、審査もするようになった。
そして、たぶん一番多くの農地を借りているのがうちである。
委員10人位の部屋に通され、審議が始まる。
まるで裁判所、名前、住所から始まり、議長から3点ばかりの質問をされ、「農業を始める動機を」、「経営状態」、等を聞かれ、その後各委員が色々聞いてくる、最初に来るのは「周りの農家が雑草で困っている。」と完全に嫌われている数人から毎回出る。
委員会全体で疎まれているのをはっきり感じる。
確かに毎年1.2.割の田んぼを雑草だらけにしている、しかし除草剤は強いのだ。
大体回りはきれいだ、そしてほとんど付き合いのない遠い部落の離れの田だけ文句が出てる。
大体誰だか察しがつく、今までは頭を下げるしかなかったが、今年はチェーン除草がはまり、除草はほぼ成功してるのだ。
「今年は大丈夫ですから、見に来てくださいよ」と攻勢をかけられた。
笑いも出始め、目つきも変わった。 つづく
日時: 14:14 | パーマリンク
■ 2009年08月18日
伊邪那の帰郷
しばらく前から風呂の水漏れがあり排水の栓を取り替えたりしたがだめ、タイルのすき間から漏れてるのではと、目地剤を詰めてみたら見事に収まった。
古い借家なのでコンクリにタイルを貼り付けた浴槽に灯油のバーナー、どちらも時々修繕が必要、そこが面白い。
目地詰めの作業をしていたら、イザナたちが京都から引越しの荷物をまとめ帰ってきた。
2年間の旅を終えての帰郷、こちらも感無量、長男圭太が運転する車に「まさちゃんも」と母ちゃんと息子2人の珍道中、盆休みと東名の崩落も重なった中、中央道を迂回して無事に帰ってきた。
重い荷物を積んでの山道、圭太はへとへと、マサは景色の良さに1人騒いでいたそうだ。
北小金にアパートを見つけ同級生たちがやってる危ない仕事に参加するそうだ。
友達連中もちょこちょこ顔を出しにぎやかの中北海道からチビ2人も帰ってきた。
今日くるみが帰ってくれば全員集合。
お盆前には田畑をきれいにし霊を迎えたいとの思いも今年はかなったし、盆の挨拶周りもできた。
さあこれからは正月に向けて家田畑ともに整理していこう。
空にはいわし雲、空気もさわやか、夏はなかったね。
日時: 12:21 | パーマリンク
■ 2009年08月08日
やっぱり有機が地球を救う
今年の稲は背が高い、日照が少なく、雨が多いからだ。
この傾向は春先から続き、じゃが、玉、人参などからトマトやきゅうり、全ての入荷量が2割ほど少なく、値段は高め、桃、梨なども糖度が上がらない、害虫や病気が多発ぎみ、田んぼの稲はもやしのようだ、秋の作付けの大豆なども作業が遅れまくり、全国の百姓は深いため息をはき続けているだろう。
全ての気力を奪っていく真夏の照りつけは今日もなく、ほんとやばいよと家路の車中、他の車の窓が多く閉まっていることに気がついた、帰るまで数えていたら7割は閉まっている。
みんなガソリンが安くなり気を抜いてるな、それよりも、暑い時の車の中をふきぬけるさわやかな風をわすれている、普段、風と付き合ってないのだな。
そこが問題。
できる限り車の窓を開けよう。
いっぱい人が行き来してるのに車しか見えないのはなんとも悲しい風景である。
大分の実家に帰農したイッシーは真冬でも窓を開けていた。
閉所恐怖症らしい。
これもこまったもんだ。
坐骨神経痛で入院中、有機ビールを送ったら、病院で飲んでたって、と、報告をしてくれるアケヨちゃんも共犯だ、やっぱり宇宙人。
日時: 11:24 | パーマリンク
■ 2009年08月01日
へびーなおくりもの
昨年は一度も顔を見せなかった家の守り神が復活した。
アオダイショウ様だ。
急に鶏の産卵率が落ちたので気をつけてちょくちょくいってみたらいました。
そのつどちょっと懲らしめて小屋の穴などをふさいできたがやっぱりやってくる。
それも大きさが違うので2匹以上いる。
昨日はでかいやつ、イズと貝は大好きなのですぐにとんでくる。
そして貝人は初めてつかむ事ができた。
足に巻きついて抵抗していたが腹に飲み込んだ卵が幾つもあるのですぐに無抵抗、イズは首に巻きつけたり、縄跳びしたり、むすんだり、完全に悪がきに戻った。
次の日の今日、昼に北海道の子どもの森に麻実と旅立った。
今夜はフェリーで苫小牧へ、お盆過ぎに帰ってくる。
くるみも数日後にそして京都に暮らすイザナも行きそうだ。
長男圭太の時から15年以上ほぼ毎年ガキドモが通っている第二のふるさと、でもやはりいつも寂しいね。
ゴーヤの草取りをしていた時久々にネパールシンガーのボビンから北松戸の若夏で今夜演奏するよ、妹も来てるからとの電話、いつもなら夜は辛く断るのに「いいかも」と、マサは両さん(こち亀)とリミット(NHKドラマ)、ゲゲゲ(ゲゲゲの鬼太郎映画)のテレビで忙しい。
日時: 13:09 | パーマリンク
■ 2009年07月26日
おなじ笑顔とどんぐりまなこ
障害者のマユミ(49)が泊まりにきた、4年前にあった時は意識不明の絶望の中。
数ヵ月後に意識を取り戻したが、障害度は増し、完全に寝たきりで言葉も出ない、電子文字版は打てるので会話はOK。
退院後立川の方へ引っ越してしまった。
積極的行動するマユミは人間関係も濃かったのになぜ?、あいそつかされたのかなと思っていた。
親から離れたかった、近くで暮らすとなんだかんだ親に責任が付きまとう、自立もしたいし、両親に苦労させたくない、親が死んだって立派に生きられる。
以前の姿勢とまるでぶれてないかっこいいマユミだ。
コンサートや集まり等にどんどん外出してるらしい、そしてよく食う。
駅から送ってきたマユミの親父さんを強引に引き止め思いっきり飲んだ、話しが弾み釣り好きの親父さんとうなぎをとる約束をした。
朝起きたら介助のヒロちゃんが朝早くに鶏に起こされたとのこと、「マユミの声が鶏みたいなんで呼応したんだよ」と冗談を言ったらマユミも大笑い、そしたらやっぱり鶏は鳴いた、そしてみんなまた寝た、夜型なのだ。
健やかないびきを聞いた。
意識不明中全て聞こえていたんだって、こわいねぇ。
日時: 14:14 | パーマリンク
■ 2009年07月19日
地下水は地球の血管かな?
梅雨明け後、井戸の冷たい水が恋しくてたまらない。
仕事の合間、井戸の近くに行ったら、まずは軽く口に含む、水深60m、水温15℃の清冽な水は10秒ほど出せばやってくる。
野菜たちも暑さの中頑張っている、適度な水分補給はとても良く効く。
きゅうりやトマトなどの生り物は急激な水分変化に対応できず果実にすぐ影響が出る、井戸を掘るまでは土の構造をよくしたりマルチなどで対応してきたが誠に作柄は不安定でいつも心配ばかり。
この1年は井戸を中心にハウスを移動したり地下の水道網張り巡らせたりしてきた。
もう一息で40aの畑の水管理体制が一応整備でき、一つの夢がかなう、井戸掘りのカンパをして下さった方たちを落ち着いたら畑に招待しようと思っていたが遅くなってしまった、ごめんなさい。
この秋は初冬には祭りを予定、もうひとふんばりだ。
不思議なのは井戸の水でトマトのアクを洗うととてもよく落ちる、枝を整理した後、手にこびりつく垢を落とすのに金タワシを使っていたが、簡単に落ちる。
その土地の水はトマト中の成分と同じだからだろうか、きっと俺の身体を畑に埋めたら分解は早いだろうな。
日時: 11:02 | パーマリンク
■ 2009年07月12日
パンツをやめてはや1年
さあー、掘るのにいい時期だと思った頃から雨が続き半月待った、2日と晴れが続かなかったからだ。
腐れがが心配、でも今年は貝化石を大量に撒いたからいいはずだった、が見事に腐っていた。
少しでも腐れがある芋を混ぜてしまうと、貯蔵中にうつりいつも大変、しかし雨続きの中完全に腐れ切りかえって選別に苦労しなかった、これも一つの手だな。
しかしなぜ腐れが多いのか土をかき分けながら考えていた。
周りの百姓たちも今年は腐ればっかしだという、暖冬と多雨で春先から虫と菌が猛威をふるい嘆きがこだましていた、だからこそ有機が頑張らねば。
種の切り方、土のかけ方、堆肥、石灰の施し方、色々考えるがまずは他人のせいにする、やなくせ、あきらめて見つめなおすのには時間がかかる。
しかし掘り起こしながら触る土の団粒構造は進みいい土になっているのもわかる。
何匹も見つかるネズミを踏み潰しながら「おまえさんたちの被害なんて気にしないぐらいとれるようになるからな」と少しは持ち直した。
もう少しで猛暑が来る、大変な仕事をすこしでも終わらせてしまおう。
そしてステテコでぶらぶらと夏を楽しもう。
日時: 10:26 | パーマリンク
■ 2009年07月03日
出たぁー、ワニと赤マムシ
夕方、田んぼを見回っていたらS爺さんが手招きした、畦草を刈ってくれねえかとのこと、足が悪く苦労してるのは知ってたので三千円ですぐに成立、「それから、ワニが出たんだよ、1m50くらい、日干ししてたんだなぁー」と言い出した、市役所には電話したそうだ、「赤マムシもいたよ、涼しいから、動きが鈍くって、杖で突っついてもすぐには逃げ出さなかった、赤いのは薬になっから若い頃は捕まえたのにな」と凄い話しが続いた、ぶったまげて口を大きく広げた俺は「ほー、あー、」と笑いっぱなし、マムシは50年前は流山でもふつーにいた。
他のヘビ同様、毒はあるが滅多に噛まれる事がないので、市内では絶滅の現状が口惜しく凄い朗報ではあるが、散歩する人も多く、ワニと赤マムシの発見現場の100m以内に関係する市民グループの田んぼも幾つもあり、勿論うちの田んぼは一番近く、その水路の草刈りも部落から委託されている、「あうじゃん」、ワニは捕まえてほしい、あの身体で歩き回られたら稲は潰れる、カモでさえいっぱいなぎ倒す、稲の上にアシで50cm位の巣を作る、その周りの稲はスカスカ、さてこの騒ぎはどこへ?。
日時: 15:25 | パーマリンク
■ 2009年06月27日
化け地蔵は生きていた
新型インフルエンザ発生で休校中の麻実と貝人は家からも出られずリズムを崩していた、お使いを頼んだら二人とも出られる喜びをもろに出していたので山に連れ出すことに決めた。
マサもクルもいけないけど今しかないと日光の鳴虫山を登ってきた。
少6で長距離やサッカーをしているチビの貝人は走り回っている、足など全然疲れないという、剣道部から家庭課部になり最近丸みを帯びてきたあさちゃんは下る時に時々ある登りに「もうやだ」と連発、実は俺もきつかった、50才を実感、山全体が鹿沼土なので柔らかくダメージは小さい、山を下ると華厳の滝から落ちた清流が怒涛のごとく岩を削っている含満ヶ淵、その流れの音が真言に聞こえると川沿いの道は修験者の寺であり百体位の石仏が真新しい毛糸の赤い帽子とよだれかけ?をし、それぞれに違った顔と苔の模様が妙になまなましく、こころねを正しなさいと響いてくる、アミニュズムと仏教の融合、日本のこころの形のいったんを見たようでけっこう感動した。
晴れた日に畑から遠くに見える日光連山のパノラマを間近に見、今後風景に親しみを増すだろう、男体山、女峰山。
日時: 14:41 | パーマリンク
■ 2009年06月20日
やっと、やっと、見えてきた米作り
15年米を育てていて初めて納得のいく草取りができている。
昨年開発されたチェーン除草が効き、田んぼ全体の草の数が圧倒的に少ない為除草機を入れてもまだヤバイ田んぼは数枚であり、これなら最終手段の手除草もやる気持ちが起きた。
いつもならこの時期「今年もやっぱりだめか」と田んぼに行きたくなくなる、そして10日もすれば悲惨な状況に何らかの除草作業を決行するが、すでに草たちも根をしっかり張り苦労は数十倍になり疲れ果てあきらめ、草たちのために困難な収穫作業と少ない収量を日々思い浮かべ「こんなんじゃ、周りの人に、有機で作るべ、命を増やそうよ」なんて言えない現実に心が日々重くなる。
先週から3日ほど田んぼの草取りができた。
重労働の大名詞の作業だがとっても嬉しい。
ひたすら泥をこね回す、ドジョウやタニシ、時にはカメも手に触れる、何より直接稲の根に触れるのは田んぼだからこそ、穂が孕んだら根はいじくれない、あと10日どれだけできるかな、新型インフルで休校の麻実と貝人を誘ったら「ぜってーやだ」だって、バイトと学校で疲れているくるみも何かと反抗、山には連れてくぞー。
日時: 14:33 | パーマリンク
■ 2009年06月13日
爺さん、あんたはイタリア人か?
イズは手作りの名詞を用意していた。
恒例の看護学校第1日目の参加女性はみんな主婦でだめ、2日目は5,6人に圧倒されてこれまた手渡せなかった。
押しが足りない、つれあい探しも大変である。
この所よく来る60半ばの百姓Aさんは若い女性を見るとすぐに誘いをかけまくってくる。「潮干狩り行くか、バス運転できっから」、「さつま芋の苗挿しやっか、高額バイト、草取りなんかさせねぇ」とか次々と攻撃がかかる、電話番号も3回くらい聞く。
仕事もやり手で危ない危ない、「少しは見習わなくっちゃ」、「ほんとそうですよねぇー」と答えるイズにトマトの葉に引っかかっていたカッターを返した。
以前胸の高さの葉に乗っていたのを拾い尻のポケットに入れてあったのがまた落ち、またまた中段の葉の上に乗っかっていたことを話したら、「落ちなカッター?、だめじゃん」とマナブとイズは大笑い、良き出会いを頼むぜ神様。
田畑の方は梅雨入りの頃から夏野菜も野の草たちも成長力がいきなり加速する、夏草との対決も初めてな2人には最高の体験だ、2人とも草むらのヒバリのヒナやヘビを切ったりしては大騒ぎ、そこからだ。
日時: 16:03 | パーマリンク
■ 2009年06月06日
庭のとりは消えた
6月、田んぼの草たちとの勝負の月、草がしっかり根を張る前に対策をこうじないと平気で数十倍の苦労がやってくる。
水位調整やチェーン除草などで草たちの数は昨年までと比べて格段に減少、エンジン付き除草機を転がしながら、「有機米に挑戦して15年、初めてまともな米作りができるかも」と田んぼの中を機会を操作しながら10kmほど歩く苦行の中でも静かに興奮が何度も沸いてきた。
「積み重ねが花開く、でも15年は長すぎるよ」なんてぶつぶつ、まだタヌキの皮算用、気を引き締めねば。
婆コッコがご臨終、最後は歩けなくなっていたので作業小屋の片隅に置いた次の日水受けに頭をのせてさわやかな顔して寝ているようだった。
その時はオンコッコもしめる事になっていた。
やっぱりイズだろう、農大で散々解剖とかしてきたのに絞めたことはないという、中々頚動脈をスパッと切れない、押さえていた貝人が「かわいそう」なんていうからイズはあせる、解体も力が入りすぎて危なっかしい、次の日プロのコックのマナブが料理、やっぱり硬かったが食べた後身体が火照るのがわかった。
次の朝イズ君は墓に1人で手を合わせていた。
日時: 14:50 | パーマリンク
■ 2009年05月29日
大台に入り 小さな羽根が生えた
昨日から冷えたので久々に薪を焚く。
割れてる胴体を溶接し塗装されたストーブは畳代えしたばかりの部屋の中でリンと立っている。
空気の調整もうまくいくようになった。
ふた冬だましながら使っていたがやっと修理ができた。
余裕が少し生まれだしたことを実感、50歳になり3日目、ありがたい始まりだ。
自分の年にはほとんど気にしなかったが昨年49歳になった時から非常にイヤだった、周りの百姓たちはことごとく70才を境に沈没していく、「ガンガンできるのもあと20年」へのカウントダウンの始まり、この一年よく頭に浮かんだ、誕生日に向けての日々は裁判の日まであと何日というような不安が少し増していったが、50本のろうそくを吹き飛ばした瞬間に一気に吹き飛んだ。
麻美がスポンジから作ってくれたケーキにマサは小さなろうそくを懸命に意地悪く微笑みながら立てまくった。
ぜってーに、さあっーと全てに火をともし一気に吹き消すつもりだった。
みんなで歌っている間に山火事のようになったが、達成。
京都のイザナからも電話が入り、大分のイッシーからも酒が届いた、何よりありがたいのは家族の団欒であった。
日時: 12:48 | パーマリンク
■ 2009年05月24日
キジの目は母であった
ひと月近く抱卵を続けていた雌キジが巣を離れたのが前の土曜日、割れた殻があるがヒナたちの姿が見当たらない、毎日オスと寄り添う姿だけでなんとも心配だったが、つぎの土曜日近くでついに発見、10羽位のヒヨコの集団、中々逃げない、草むらに姿を消したので近づくと母ちゃんが反対方向の畑に飛び出し俺をおびき寄せてる、感動である、虫や病気で壊滅状態の空豆やグリンピースに落ち込んでいた気持ちが一気に晴れた。
その数日前に家裏の畑で2m超のアオダイショウの抜け殻を発見、日々出くわし卵もやられてたが昨年は一度も見なかったので絶滅と思い、これも嬉しかったので希望が増殖したのだ。
ともかく生き物を増やしたい、その為にも田んぼの効率的な除草作業を早くかくりつして除草剤を使わない百姓仲間を回りに増やしたい。
今年はやっと余裕ができ小まめな作業や管理ができている。
数年前に開発されたチェーン除草機も製作しその効果はありそうだ、毎日重い棒でなぎ倒された苗はチェーンで潰されてもびくともしない、あと幾つか技を組み合わせれば道は開けそうな気配がしてきたぞ。
50才まであと3日。
日時: 15:48 | パーマリンク
■ 2009年05月16日
マサ茶 輝く
「新芽が丁度いいよ」、と局長さんから声がかかった。
生垣の茶を摘ませてと頼んでおいたのだ。
数人で2時間ばかり丁寧に摘み取り大ざるいっぱいになった。
1分ほどさっと蒸したらホットプレートに紙をひき茶葉の表面が乾いたらもみ上げ内部の水気を出しまた乾燥のくり返すこと数十回、2時間ほどかかる、マサが丸二日取り組んだおかげで500グラム位の茶ができた。
最初はもったいなくて少ししか入れないので薄く感じたが、いっぱい入れると苦味も甘みもちゃんとありご立派、味や香りを損なわないように考えられた茶作りに日本人の感性が沁み込んでいた。
次は2番茶だ、今度は俺が揉むぞ、手がきれいになるかな。
有頂天生活のくるみはロック部に入部、ベースを始めた、仲間が泊まりこんで練習などしている姿はまぶしいほど青春、でも色々あるようで「今、学校に行けなくなるのがとっても怖いんだ」などと長電話してたりもする。
帰りが遅くなることもあり、いよいよ貝人が料理当番、うどんやカレーなど聞きながら楽しそうに作ってくれる。
彼も6年生になりギャングエイジが収束、急に物分りが良くなった。
変わるもんだ。
日時: 13:13 | パーマリンク
■ 2009年05月10日
俺、やるからやめてね
今年もやられた、隣田んぼのM婆さんは自分の田に水がないと畦を崩し上の田んぼから水を取り、稲刈り時期の雨などで溜まった水はしたの田に平気で流し入れる、何度もやるのでダンボールにやめてくれと挿して昨年度は終わったが、今年もまた始まった、部落でもネジのゆるいのは有名な婆さんで、俺が請負いで機械での畦塗り作業を頼まれ「あの機械でやるから水漏れ少ないでしょう、といわれんだよ。」と自慢げに言いながら俺の畦を平気で壊すのにはさすがにあきれて、水漏れ箇所の補修や水が流れてきた時の入り口調整等少し手伝うことにした、でかいザリガニ対策と思えばいいや。
田植えやさつま芋植付けなどのでかい仕事はあと数日で一応片付くところまで来た。
今年こそは田んぼの深みに機械がどっぷりはまり大苦労することはないだろうと思っていたが昨日やってしまった。
田植え機を救助しようとユニックを借りてきて引っ張りだしたが、操作ミスでユニック自体を壊してしまった、修理に10万じゃきかないだろう、でも昨年は2台草刈機を盗まれたし、以前は米の苗作りに失敗し10数万でなえを買った事もある。
勉強代だぁ。
日時: 14:16 | パーマリンク
■ 2009年04月30日
女の子 お尻だせますぜ
春、真っ盛り、百姓仕事も真っ盛り、急にガンガン機械を使うものだから故障が続出する。
機械屋は大忙し、この時期に限ってうちの機械も大きな故障が2年連続で出た、こんどはロータリーの軸受け、数日でできる予定が1週間しても直らない、、何回か電話し、もう我慢の限界、仕事を請け負っている他の人の田植えにも影響を与えるので、自分で治すつもりで行ってみたらあと少し、ちょっと手伝って完成。
これで明日から代かきができる、今夜はぐっすり眠れる。
笑っちゃうのが、機械屋さんは今日他の百姓から催促されたそうだ「真澄屋さんに頼んでんだから、早くやってくれよ」だって、どうも後回しにされているような気がする、物分りがよすぎんのか、購入金額なのか?この世界も面白い。
10年ぶりに畑にティピー立てたよ。
7,8本の長い棒と10畳ほどの形良く作られた一枚のシート、後はひもとクイだけで暑さ寒さがしのげる住居が数十分で出来上がる。
23年前、イザナが産まれた翌朝、借家の狭い庭に立つティピーの中で赤子を抱いて何かの儀式をした記憶がある。
今日の儀式はカズコの放尿、まさしく聖水。
日時: 12:26 | パーマリンク
■ 2009年04月25日
増えたらキジ鍋
ここ1日半、田植え機の修理に専念した。
いつか直さねばと常に考えていたが、やっぱり田植え間際、でもできたのはイズ、マナ、カズが脇目もふらず仕事をこなしてくれているおかげ、何とか仕事が追いついてきた。
もう少しだ。
あー俺の休日。
くるみのテンションは最高潮、本格的な授業が始まって1週間、素敵な弁当を作って、毎日ファッションも変えて、授業もまじめに受けている。
テストで20点取ったらそれよりも低い子がけっこういて大自信、楽しい、楽しいのオーラ満開、不登校の中学時代のうっぷんを一気に吹き飛ばす勢い、家族もつられてみな明るい。
草刈りシーズン到来、土手の高い草むらをガンガン刈ると毎年キジを切ってしまう。
卵を抱いている時はともかく動かない逃げない、今年も危うかったが間一髪逃げた。
巣には15個の色違いの卵が、周りの草もほぼなくなったので、もう戻らないから昼飯はキジ玉どんだと採りに行ったらしっかり抱いていた。
けっこう丸見え、水場から数mなのでみんなが注視の中じっと抱いている、雨が降り続いても動かない、たいしたもんだ。
その姿は神々しい。
日時: 14:58 | パーマリンク
■ 2009年04月19日
マナブ参上、お見知りおきを
10日前からスタッフが1人突然増えた。
柏でうちの野菜も使いながらパスタ屋をやっていたマナブ、30才。
10月に結婚するから経済を立て直す為に店を閉めて仕事を探してたのに何を血迷ったのか農業をやると言い出した。
ビジョンも浅く半年後にはこの近辺で新居を構えねばならず、どう考えても無理な話だが、いたって真剣、一週間手伝いに通い詰めてきた。
うちで研修しながら徐々に独立、それしかないだろうな、丁度二次補正予算で「農の雇用事業」の募集があり、新規就農者の研修費として一年か毎月10万弱が支給されるので、一人分でも受理されれば少ないけど給料も出せそうと半分遊び心で申請したら1人分が受理された。
でもその頃彼女から猛反発を受けていたのだ。
待つこと一週間だめだなと思い沖縄での就農を準備しているカズちゃんを雇いパートのソノコにも今以上に頑張ってもらう体制を考えていたら、マナブが彼女を連れて「あきらめました」と挨拶に来た。
さあ新体制を頑張って作ろうと張り切っていた翌日、マナブが「撤回です。あの後よく話し合って決めました、お願いします。」とあらわれた。
仕方ない、ソノコは派遣切り、カズコは内定取り消し、イズと共に悩んだ、働きだして10日が過ぎた。
何とかいけるかな。
日時: 14:56 | パーマリンク
■ 2009年04月11日
縁ぐるぐる
人との出会いはくり返される輪廻の中で縁が深かった人たちの再会が多いとされ、自分の経験の中でもそれを幾度も実感させられてきた。
半年前から新たな相棒として働いているイズとはどんな縁なんだろうと思っていたらやはりつながりだした。
イズを紹介してくれたのは昨春から手伝いに来てくれてるケンシロウ、東農大の学友だ。
ケンは有機認証の仕事仲間のミヨシとの結婚が決まった。
彼女は今年から世界的オーガニック関係の日本事務局を運営する。
昨年までその代表を務めていたのがポランの代表を定年退職した登志樹さんだ。
八百屋を始めた頃随分お世話になった先輩だ。
この春から北軽井沢で百姓を始める、指導してもらうのは新井さん、これにはびっくり、僕も大好きな百姓で以前竹細工を教えてもらった。
先週送り出し会があり、そこで登志樹さんの子、風多とカヤがともに子を持ち家族で参加しておりカヤは数年前から上越で百姓をしているとのこと、畑が見たいと次の日さっそく二番目の出産間近な大きなおなかを抱えながらやってきた。
数日前ミヨシと会った時2歳のチビが彼女におしっこ引っ掛けたそうだ。
そのミヨシは数時間前にケンと新居への引越しの挨拶に来ていた。
風多はガイアで働きうちに野菜の注文をだしてくる。
不思議。
日時: 14:04 | パーマリンク
■ 2009年04月04日
逆境こそ可憐な花が
4ヶ月の出稼ぎを終えて婆ちゃんは深夜バスで秋田に帰った。
今年はバイト代として月3万出したらともかく働き体重も5㎏以上やせたが最後はばてて点滴を受けた。毎日顔をあわせ続けていると不快感もやはり溜まってくる。
帰る日に、秋田は豊か過ぎたため困難な状況になった時に弱いと、遠まわしに秋田の家の状況をなじり、婆ちゃんは「働きすぎだと思うよ」と何回か言い残していった。
最後の晩イズにキリタンポを食べさせてやると鍋を作り、イズも翌日の休日に婆ちゃんに挨拶に来た。「婆ちゃんの仕事は速い、偉大だ」と初めて年寄りと日々付き合った経験は良かった。
家族の中に一仕事を終えた充足感がある。
先日コンビニに行ったらパートの姉さんが頭に被り物をしていた。
そこに「のどを痛めています。声が出ません。」と書かれていた。
テーブルの上には「温めますか?」とか書かれた紙もある。
その姿に笑ってしまった。
いじらしく、かっこいい、桜も満開だが人も咲いているぞ。
様々な思いを胸に農園を訪れる人が春になって多くなった。
30くらいの女性が多い、農業なんてと反対されて悩む男もいる。
それぞれの春。
日時: 13:30 | パーマリンク
■ 2009年03月28日
土手に菜の花が満開です
桜の頃、初夏の野菜一番手のエンドー達が巻きひげをネットに絡ませながらぐんぐん伸びる。
手入れが遅れると草に絡み生え際が混んで収穫も草取りも困難になり風通しも悪く病気も出やすい、今年はやっと適期に作業をこなせるようになってきた。
もさっと育ってきたところでネットにうまく絡ませる為に尻を持ち上げるようにひもを張っていく、「あと一列ケツアゲが終わっていません」とイズ、自分でケツアゲ作業と言っていつのに人から聞くと妙に恥ずかしい。
イッシーが味噌の仕込みをたずねてきた、途切れていた手前味噌を復活、おふくろさんも張り切っているそうだ、アキヨちゃん共々毎日の農作業を元気にこなしている様子、とても嬉しい、大分が凄く身近に感じる。
明日は知事選だが千葉県への愛着が薄れているのを自分の中に感じる、健作が放送で宮崎のごとく盛んに千葉をアピールしていたが、気持ちは引くばかり、米国のポチのごとく国政にべったりの政治行政を更に維持されるようで怖い、小学生の時「友達よ泣くんじゃない」のレコードも買ったが今は大嫌いだ。
気持ちよい月曜日を迎えたいな。
日時: 14:30 | パーマリンク
■ 2009年03月20日
花びらの古い色は恋人の色
今まで車の故障はかなり経験したがタイヤが外れたのは初めて、ネジとかではなく元からとれている、ここまでオンボロ度が増すと愛着が増してくる。
今朝は播種機を直した。
一年に二日だけ使う機械だけど年代物、毎年どこかが壊れていく、いつもならば針金とゴムと配線で何とかなったが今回は軸受けを作る金属加工だ、ドリルと鉄を切るサンダーは偉大だ、そこらに転がっているものが立派な部品になる。
古いものを使いこなしていく乗って楽しい。
今日は婆ちゃんをこき使った。
明日は米苗をセットし床に並べる大事な日、家族総出の大仕事、効率よく作業を進めれために箱の土入れは前日までに終えておかなければいけなかったが故障もあり進まなかった、今日動けれのは俺と婆ちゃんだけ、機械を使い3人でやる仕事だが仕方がない、二人でやるしかない、俺もきつかったが、婆ちゃんも4時間ほとんど立ちっぱなし、間2回10分くらいお茶下だけ、さっと近くで小便すること2回婆ちゃんの用足しは芸術的であった。
年寄りが本気で仕事をしている時、学ぶベきことが多く見られる。
そして心のどこかでかすかでもつながりが持てる。
日時: 14:57 | パーマリンク
■ 2009年03月14日
うちは原発促進派???
一年を通してほぼ毎日小売店やレストラン等への出荷があり、小量多品目、常に漬物や餅などの加工品も含めて品数を増やすよう挑戦し続けている。
冬から春まではハウスとトンネルにより随分助けられている。
これは太陽光の高度利用、それに温床により苗ものを育てると春夏野菜の出荷日数が格段と前倒しになり凄く助かる。
今年は畑のハウスに水と電気が引けた為もう一つ増設し、狭くて大変だったこの作業に余裕ができ々とし、それぞれの生育ステージにあった温度管理もだいぶできるようになり、枝豆とトウモロコシももう半月早くから出せそうだ???。
この前千葉県主催の有機農業講座があり、その日は百姓向けと言うので言ってみたらほとんどが家庭菜園の方、当然話しは基本が中心、でもいくつかは勉強になった。
もっと本格的な勉強会ができないかな。
八郷の魚住さんも凄いなと思うが「有機農家が原発の電気を使うなんておかしい、温床は落ち葉の踏み込みだよ」との熱弁にムッ、落ち葉集めが大変、温度管理も難しく今は断念している。
500Wを半日使えば約千鉢が育てられる、
ちゅっと原理主義。
農家は振り向かんぜよ。
日時: 12:51 | パーマリンク
■ 2009年03月08日
オンコッコついに切れる
オンコッコはたぶん死んだ。
死体や羽なども見当たらない、すでに7日、静かだ、ガラス1枚向こうで真夜中に何度も鳴かない、バタバタやるので地震をいつも思う、それもない、定位置の木箱の先端に婆コッコがゆったりと眠っている。
凄かった、数日逃げ隠れていた婆コッコがちょっと外をうろつきだした、危ないなと思っていた矢先、見つかり、壮絶な追いかけごっこ、今までは絶対に近ずかなかった車道まで出て、車を止め平気な顔だったそうだ、その夜から帰ってこない、壮絶な恋慕の終焉。
くるみはニッコニコが止まらない。
半分あきらめ、夜学に通うことを覚悟していたがなんと合格、辛かった中学生活もあと数日、肩の荷がどっと落ちた気がする、さて普通の高校生の生活が思い浮かばない、兄ちゃん3匹は全て夜学でそれも数ヶ月で辞めている、ちょっと楽しみである。
それにしても色んな人が応援してくれた、くるも私たちも忘れてはいけない、やっぱりけつを蹴飛ばし続けなくてはいけないのか。
今、大豆を蒸し煮している、いよいよ念願の醤油の仕込みだ。
一年近く毎日のようにかき回すのだ、大変、新たな子の出現。
日時: 12:49 | パーマリンク
■ 2009年02月28日
なごり雪にひな祭り
数日前に婆さんコッコが姿を消した。
何者かに襲われたのに間違いないとあきらめていたら、数日後EM菌を培養している温かいタンクの隅で隠れていたのを発見、家族みんなが喜んだことが更に嬉しい、情は移るんだね。
もうかなりもうろくしており足腰が弱く、高い寝床から飛び降りるのにも一苦労してるのに、若く体重が倍もある雄コッコがすきあらば乗っかってくるのでとても嫌がっていた。
逃げたのだ、かくれんぼはまだ続き見つかっていない、残された若だんなは途方にくれて探し回っている、いい気味だ、婆さんが死んだらお前も食べられる運命、しかたないのだ。
高校受験を終え自信たっぷりのくるみちゃんは遊ぶ予定を立てながらルンルンとしていたが新聞の解答で採点して一瞬で真っ青、思っていたよりできてなく点数が足りないとシクシク、真夜中に母ちゃんの寝床にもぐりこんで来た。
ここ一ヶ月間始めて勉強を頑張った、高校も自分で選んだ、自分で決めて事に向かった事実が一番大切なことだ、発表は5日後、結果はどうあれどうにでもなる、大丈夫、心が壊れてなければ何とかなる、支配からの卒業に祝い。
日時: 11:57 | パーマリンク
■ 2009年02月22日
一年後の工夫
ここ1週間、午後は玉ねぎの草取り、マルチの穴に苗が挿してあるが、その穴に生えた草を根かき鎌を挿しこみながら根が残らないように丁寧にとる、その数2万以上、予定収量4トン、80万円と当たればでかいがこれは皮算用、頑張って育てても保存が難しく、半分以上腐らせたり、芽が出てしまったりする、さつま芋も毎年だめにしてるし、今年は保管室を何とか作らねばとあれこれ考えている、玉ねぎの草を抜きながら、この作業を無くせたら1週間うく、あたりまえのように毎年続けてきたが、何とかできるんではと頭をめぐらす、太陽熱、堆肥や炭で埋める、または穴のないマルチに釘等で小さな穴を開け苗を挿す、どれかはできるであろう、小さな小さな工夫を毎日考えていけば数年後は半月のインド旅行ができるはず、できれば家族で行きたいな。
今日は今年2回目の堆肥運び、借りたダンプで16号を1日中往復する、中々辛い、ハエが1匹車内を飛んでいたので窓を開けて出したらすぐに中に舞い戻ってきた。
外の寒さにびっくりして、逃げ込んできたのだ。
かわいい幼子のしぐさと同じようでかわいいが、そこは鬼、つまみ出した。
日時: 14:36 | パーマリンク
■ 2009年02月13日
髪がなくなったら地獄だとさ
築50年の我が借家には2階共々廊下がある。
油断するとすぐ物であふれる。
まして冬場は大豆や糀、餅、どぶろくなどの貯蔵庫になるが、何とか婆ちゃんが便所に行く道は常に確保しなければならない。
おかってや風呂、居間に通じる手前の6畳にマサと3人で枕を並べている。
朝、ゆっくり寝かせてあげたいので廊下側に寝てもらっているが、廊下の餅に阻まれて居間を通って行こうとマサの頭をこえようとしたが引っかかり手首を腫らした。
以後最低限歩けるように気をつけてるが、どぶろくのビンが危ない。
今年の一回目は面白い味になりとても気に入っていて毎日飲んでいるから、酔ぱらって冷蔵庫代わりの廊下にビンを戻す時はかなりいい加減、でも婆ちゃんはガチャガチャやりながら何とか通っている。
普通ならば手すりをつけるだろうが、うちでは障害物競走を強いているが婆ちゃんは平気だ。
尽きない仕事に精を出しほとんどお茶も飲んでいない、体重も減った、でもやり過ぎて寝込んだ。
寝込んでも飯だけは根性で作ってくれる。
その責任感に昔の百姓の嫁の歴史が匂いたつ。
冬の滞在はここ5.6年、少しはなじんだ感じ。
日時: 12:11 | パーマリンク
■ 2009年02月07日
薪と糀とプリウスと
週2日であるが我がぼろ家にプリウスが駐車している。
数ヶ月前から荷つくりスタッフとして入ったソノコの車だ。
軽トラなどが動きやすいように幅がぎりぎりな狭い奥にきちっと入れている。
少しでも油断すれば簡単にへこむしバキュームカーのホースもこすっていくかも知れない、活動家の彼女はそんなことなんのその、まさにソノコ、根性の座り方には感服。
オンボロ軽トラと電気自動車が並んでるのは中々いい。
味噌仕込みの最盛期、集中する糀の注文に毎日大わらわ、普通糀をもやすのには専用の部屋を全体を温度管理するが、うちのムロは作業場内の一角に廃材などを利用し、ヒーターとサーモで温度管理をする。
糀蓋と呼ばれる仕込み専用の45×90×15cmの木箱は優れもので丁度1セイロの蒸かし米が入りその後の作業もしやすく保温、湿度調整もよくできる、これがあるから糀屋さんができるのだ。
納屋奥で眠ってたのをいただいた。
どの蓋にも53年3300円、57才と書かれてある。
様々な思いが感じられる。
棺おけほどの味噌樽ももらった。
500㎏弱の仕込みができる。
半端ではないぞ、でもいつか挑戦したいな。
日時: 15:35 | パーマリンク
■ 2009年01月31日
春なんかあっちいけ
ここ2ケ月の平均温度が2.3℃高い、昼間はそう暖かくは無いが下が高い、水道が凍らない、寒太郎も吹かない、ハウスやトンネル内の油虫は元気でカビなどの菌類も例年より多い、0.1度の違いを感じる野菜たちの成長はとても早く冬なのにせわしい日々だ。
温暖化を意識しての作付け計画の見直しは考えたくなかったが、とうとう来てしまったな、たぶん悪化の速度は速いぞ実感、とても憂鬱だ、春なんかまだ来るなとの思いは変だよなぁー。
最近BSで世界のニュースをよく見ている。グローバル経済が大叩きにあっている、どんどん本音が出てくる、斬新な変革が数多く生まれて欲しい、特に要の米国には特に変わって欲しい、「我々はアメリカを忘れよう、世界の人々と共に歩もう」なんていってくれないかなオバマさん。
大分に帰ったイッシーから電話が来た。
近くの大きなネギ農家であきよちゃん共々働きだしたそうだ。
専業で営農をする人たちはとても忙しく、その速さにびっくりしているらしい、のんびりやの2人には良き洗礼だ、昔のバンド仲間も集結したらしい、Uターン物語はどう続くかな、楽しみ。
日時: 11:29 | パーマリンク
■ 2009年01月23日
もうブッシュはいないんだね
高校受験が迫ってきた年明けからやっと本気に勉強を始めたくるみは元気だ。
数時間やるのが精一杯、学校も別教室ではあるが毎日行って勉強している。
尻を叩き続けた日々の長かったこと、上3匹の兄ちゃんたちは最後までだめだったからいたいげなその姿が妙に神々しい、いい女になってくれ。
大卒の就職が問題になっているが、これを期に無駄な進学が減ることを願う。
このところ、職を失った人たちを農業へとの声がうるさい、あまりにも浅はかな論理ばかり目立ち国民から政府まで今まであまりにも無関心であった姿が浮き彫りだ、まあ、あっちこっち失敗するだろう、巻き込まれないように用心、用心。
今日は中一の麻美の誕生日、親父がもう2時間遅く亡くなっていたら同じ日になっていた。
良かったねとよく話しになる。
昨夜の夢に親父は出てきた、心配する親父に釈明する自分、ことに向かう俺の洋服をそろえる母ちゃんまで出てきた。
死んだら思いは薄れていくんだろうなぁーと思っていたが、全然そんなことが無いことに驚いている。
ばあちゃんに話したら、「忘れることなんかね;えよ」と真顔。いいかも。
日時: 14:20 | パーマリンク
■ 2009年01月18日
寒中こそ新年のかおりが
毎日新聞社が発行している高級オーガニック雑誌「プランテッド」先月発売号は「森」の特集、「僕は宇宙人」と語り、放浪詩人を貫き通し、暮れの23日に亡くなったナナオが紹介されている。
大きな写真は実に素晴らしく撮れている。
丁度出版された頃亡くなったので葬式用写真を全国にばら撒いた形になった。
伊那・大鹿村のボブの離れの前で朝倒れていたそうだ。
何の兆候も無くけもののように85才でバタッ、お見事、いい顔だったそうだ。
人の死に「おめでとう」と言っていたナナオは元旦生まれ、写真を祭壇に飾り新年を祝おう、正月のやり直しだ。
雑誌には屋久島の三省の記事も載っている、23年前2人が流山に来てくれた記念に二男に「伊邪那」と名づけた、七と三に日本の神をかけ合せた。
二人の心は死しても輝きは変わらない。
底冷えのする中、秋田婆ちゃんは1日中セッセと仕事を見つけ働き続けている。
野菜をいじってるのが好きだ、根っからの百姓だ、合間に雑誌などを見て新しい料理なども作る、好奇心は旺盛、子どもたちともよく遊んでいる、特に貝人はオセロなどで勝っては大喜びしてる、ケンカが減った。
日時: 15:12 | パーマリンク
■ 2009年01月09日
新年 どびん はげちゃびん
新年十日へて、大変いらだっている。
来客等でのんびりできなかったことではない、新年を迎える準備も大変不完全だがやるだけのことはやった、いつもはしない除夜の鐘がなったら土地の八幡様に参拝するのを提案し娘や俺が着物を着てたのに俺はダウン、飲みすぎてはきそうになってたのを懸命にこらえていて俺だけ行かなかった、「とうちゃんが言い出したのにねぇ」と言われ頭の上がらない元旦も自治会の初企画のくじで盆栽と掃除セットが当たり罪は報われた。
正月明けの忙しさも計算ずみなのになぜつまらないの?、一つわかったのは感謝の心がまるっきり心に無いこと、なるべく着物を着たりしてゆっくり向き合ったのに、初めてストーブの薪に火をつける時マントラを唱えても、形だけ、何もかも形だけの自分がやなのかも。
さて、心に感謝の花を咲かせるためにはどうしたらよかんべととの問いは俺へのお年玉、でもなんかまた振り出しに戻ったみたい、高校の頃、“愛って何だ?とやってた頃とさほど進化していないのを認めたくは無いが、どうしよう?朝もたたない日が多くなってきたのに、世界の激動よりも大問題、五月に五十。
日時: 15:04 | パーマリンク
■ 2008年12月27日
軽トラで天城峠をせめた暮
ヒッピー界に激震が走った。
「人間家族」の2代目編集長の大槻さん(59)と長老のナナオ(85)が21日、23日とあいついで亡くなった。
下田の大槻さんの家に向かった時にはナナオの臨時祭壇も作られていた。
大槻さんの伴侶の佳子さんは八百屋の大先輩でおっかねえ姉さんだった。
軽いセブンスターを吸ってる若い仲間に「中途半端なタバコは止めなさい」ってかっこ良かったが6年前脳梗塞で記憶分野が異状になり、きちっとした家のぐしゃぐしゃに散らかっていたそうだ。
3人の娘を抱えての介護生活の果てに病魔に取り付かれながらも死ぬ直前まで明日を思い生活を続けた様子を娘たちから聞いた。
背が高くかっこいい先輩はインドの修行者のようにやせこけていた。
意識がなくなる前に浜岡原発1.2.号炉の廃炉のニュースを喜んだと言う、何よりだ、頑張ったものね。
ナナオは元気に大鹿村のボブの離れで暮らしていたが、朝その前に穏やかな顔で倒れていたのを連れ合いの緑ちゃんが発見、検死では心筋梗塞、世界を駆け回った詩人は野生の生き物のごとく消え去った。
心にぽっかり大穴が二つあいた。
ぽかんとしたまま来年に続く。
日時: 15:43 | パーマリンク
■ 2008年12月19日
燃える台所、燃えよいい女
昨年のタクアンが成功したので調子こいて倍増、今年からは畑に新設した水場で洗えて非常に効率がいい、おまけに地下水は暖かい、冬場の水仕事の辛さが飛んでいった。
冬は水仕事が多いんだ。
霜で畑は濡れてどろどろ、大根や蕪、葉物も土が落ちない、漬物や糀に餅と研いだり、容器を洗ったりと。
本当に井戸に感謝しながらがんがん洗いまくっていたら腰にきた。
数日間の腰痛と肩、背筋、腿肉の炎症軽い喘息をも引き起こした。
以前大根洗い機をもらう話しを忙しくて逃したのをつくづく後悔した。
半月前に来た秋田婆ちゃんはすぐに漬物にとりかかり、色んな仕事を押し付けられかなりハードに動いている。
漬物用の野菜も気軽に洗って婆ちゃんにわたせる。
これで昨年までの大きな悩みが解消した。
婆ちゃんが野菜を洗う温水器のガス代、CO2?にが気になって仕方がなかったのだ。
婆ちゃんは少しでも役に立とうと張りきり、それまで毎晩のように夕食をこさえてくれたクルミの調子が狂った。
婆ちゃんに自分の技量を認めてもらう為に懸命に料理した。
婆ちゃんは、面白いこづき仲間をみつけた感じ対応、このバトルはいかに。
日時: 15:39 | パーマリンク
■ 2008年12月12日
月がとっても青いから、?
ここ3回の満月はどれも穏やかな空に輝いていた、でも青くはなかった。
大気に水分が多く黄金色のお月様はどれもやさしかった。
ヒッピーを志した若き日から満月の日には祭りをやりたいと常々思っていたが、余裕がなく全然実行できないのでかえって満月の日をうらんだりしていた。
雨男を標榜するイズが来てから雨ばっかりだけど満月を与えてくれた。
多くの星が見えないので夕刻西の空に輝く金星とそばにある土星がいつも仕事終りに顔を出した。
「あれは金星、土星」と意識したことは始めてだ。
土の中や天空を常に意識せざるえない百姓は常に哲学しやすいね。
街では悲劇や困難が哲学させてくれるみたいだ。
昨日突然訪れたオオシマ37歳は高校生の頃からおばさんみたいだったが、今は立派なオカマになった。
「だめでん」の事務局長になったという、「人間ダメでいいじゃないか連合」の店が早稲田にあり、誰でも来れるように安い酒などを出しているそうだ。
「あれ、くるみちゃん、髪をちょと直すいいのでは、850円でやれる店知ってるよ」とか秋葉系ファッションで語りかけた。
「また来てね」に今日もきた。あー。
日時: 16:02 | パーマリンク
■ 2008年12月07日
まわりに命がいっぱい
夕飯の準備ができると隣の兄ちゃんたちを呼ぶために戸を開けて思いっきり叫ぶ「ご、は、ん、だ、よー」。
数回くり返すと、戸の外、顔の位置まじかの薪入れにつがいのコッコのオスが必ず鳴き出す、すると小屋内の3匹も呼応すること大体3回。
大体麻実と貝人だが、カイはすっかりはまってしょちゅうコッコ言ってる。
夕食はくるみ(中3)がほとんどつくってくれる。
上手になった、受験に料理があったら受かるのにね。
ちなみに近くの農業課がある公立は百姓の子は最優先にとってくれるそうだが本人はそれは2,3番目と言いながら勉強も進まんし学校にも中々行けない。
2月まで恒例のじたばたごっこを楽しむしかないか。
台所にくるが入ると凄くほっとする。時々「うおー」とか叫ぶ声はたまらなくいとおしい。
明日朝、秋田婆ちゃんが夜行バスで到着する。
これからは台所の主になる婆ちゃんが使いやすいよう、今日は大改装、久々のやっつけ大工仕事が面白かった。
作業小屋の屋根のトタンも修理して雨漏りもOK、豆炭コタツも設置、これで冬の準備もおおむね、後はあちこちの猫穴をふさぐだけ、寂しいが今はコッコがいる。
日時: 15:40 | パーマリンク
■ 2008年11月28日
村へおばか、注入!
やはり暖かく湿ったまま12月に入りそうだ、今年は太平洋からの影響が大きい、ドカ雪の可能性大、トンネルやハウスの補強をしっかりしなければ、また大寒波もきそうだ、荒れるな。
先週、長野の天竜村から来た「あつし」は、異例に早く雪積もる中で大豆の脱穀をしてきたという、サルに食われないよう必至だ。
我孫子から連れ合いと共に村に入植して3年、爺婆たちや「村社会」の凄さをたっぷり経験したくましくなっていた。
バカ正直に付き合っているようで、年寄りたちの手伝いばかりさせられているようだ、当然自分の畑に専念できない、年収60万で月4500円の家賃を1年間滞納し、思い切ってアコムに6万円借りにいったら断られ「人生最大の経済危機だった」と凡庸なヒゲ面で必至に話す内容に落語を聞く思いだった。
2日間一緒に仕事をし、立派なクワつかいや立ち振る舞いをみて嬉しかった。
いずれ山菜や雑穀、果樹そして村の文化なども多く教えてもらえるだろう。
ちなみに35才くらいで子どもももう少ししたらつくるそうだ。
楽しみですねぇー。
バカひとり村に入るだけで状況は大きく変わる、おれら、町も変わる。
日時: 15:40 | パーマリンク
■ 2008年11月20日
あらまっ冬が、あらまっ猫に香典が
最高最低温度計という便利な機械がある。
本体と数m先のセンサーの2ヶ所の最高と最低の温度が記録されている。
ハウスなどで使っているが一つあまったので家に設置してみた。
一番の寒気が来るというので朝起きた時から眺めていたら外の温度がぐんぐん下がっていく、4、3、2、6時頃には1℃代まで到達、予想外だ、畑に出てみると夏草や夏野菜類は見事に凍ってしなびている、昨日定植したレタスなども凍っていた、立ち直るか心配しながら急いでトンネルをかけた。
さつま芋や生姜などの保存も難しい、毎年失敗の繰り返し、来週いっぱいが勝負だなと早い夕暮れをいまいましく眺めていたら、これが実に美しい、江戸川の土手がステージで下からオレンジ色の照明を照らしているみたい、自転車や鳥たちが影絵のように動いている、冬の幕開けの演出としてはグー、美しい冬の日々と巡り会えたらいいな、だってこの秋はまったくしまりがなかったもん。
ガキどもが冷えてないか心配で電話したら、ちゃんと練炭コンロをおこしていた、帰ってみたら火の調整も上出来、たいしたもんだとほっとした。
昨年テレビの取材で半年通っていたディレクター夫妻からトロへの香典が届いていた。
同封の写真を見て貝人が「超かわいいー」を連発しながら、仏壇に線香をあげていた。
お返しは要らぬとの3千円、どうしよう、新たな物語の主資金に。
でもこのセンス凄く新鮮。
日時: 13:09 | パーマリンク
■ 2008年11月13日
アミニズムが沁みる秋
鶏ってほんとに3ぽ歩けばだ、いじめつくされた婆コッコと雄鶏は今は外で自由に暮らしてる、だけど鶏舎に餌をあげに行く時必ずついてきてうらめしそうに見てる、家族に給餌を頼んだ時、婆コッコが入ってしまったらしい、いないので探すと鶏舎の中で伸びていた。
幸いダメージは少なく生きている、若雄鶏はすぐ飛び乗ったっけ。
なんとも、、、、。
今年の秋は乾かない、ずうっーと湿っている。
だからどんなに寒くっても底冷えがしない。
ほんの1.2度が野菜たちの生育に大きく影響する、そればが少しは肌感覚でわかるようになってきた、月の満ち欠けも以前より意識している、俺たちの身体も野菜もみんな土と水でできてる。
お日様は全てを動かし、お月様は摩訶不思議な調整役だ。
生きていることの意味、数万年の人類の試行錯誤などを日々考えがちなのはひとえに百姓生活を続けているからだ、ミレーもゴッホも百姓の絵を尊厳をもってかいた、北斎も百姓や漁民、職人たちが築き上げた美しき国土を愛し掘った。
地方へのUターン率が38%と増えているとの統計が出た。
素晴らしい、地方の過疎化の歯止めのために八百屋や百姓をやってきた。
これ基本の一つ。
世界的な経済の行き詰まり、大いに結構ではないですか。
日時: 12:17 | パーマリンク
■ 2008年11月08日
畑のトン汁
帰りの電車で気持ち悪くなり途中の駅で降りトイレに行こうとしたがダメ、線路は無理、さすがTX、構内にはいたのは若いとき以来、ごめんね。
この所まったく飲んでいないワインをがぶ飲みし、普段の夜は酒だけなのに、十数人のコック活躍する帝国ホテルでのディナーなんてもう二度とないだろうと試しに食いまくったのがきいた。
みんな過もなく付加もなく、畑で作るトン汁のほうがはるかに美味しい。
読売新聞の国際協力賞で仲間のCODEが受賞し、ペシャワールの会のアフガンで死んだ伊藤君が特別賞の式なので、ヒゲ面で汚いのもけっこういるだろと思っていたら、数人しかいなかった、知り合いはいないなとあきらめてたら、一番汚いのが隣に来てしばらくいた、似てるけどたぶんちがうんだろうなと思っていた、話しかけたら、ちゃんぷーるのオスギだった。
神戸の震災の時1年間タッグを組んだ仲間、そこに避難所の体育館でアジを焼いた新松戸のつるぴか小林さんが現れた。
3人いると心強くなる、援助チームの若い元気なスタッフたちとも話せた。
この前姉貴を亡くし気を落としている神戸のカラの先日激励の為バッティングセンターに誘ってくれたやつもいた。
彼は阪神ファン、ナベツネのところなら虎のユニフォームをと考えたが、「それだけは、500万円がパーになる」と止められただけあって、唯一ボディーチェックされたそうだ。
神戸の震災から咲いた世界災害救援隊は発足以来全ての災害に付き合い続けている。
合言葉は「最後の1人まで」。
伊藤君がペシャワールの会に面接に来た時はひ弱な26歳、それから5年間アフガンで百姓をしていた。
技術もないのに指導なんておこがましいと、現地の人とひたすら開墾していた姿なども映し出された。
行動隊長の村井さんにお祝いをわたしたら「助かる、交通費で困ってたんや」。
やったー、カネが生きた。
日時: 13:29 | パーマリンク
■ 2008年11月02日
置き土産は懐中時計
ここひと月イッシーとの別れを惜しむように多くの人が畑仕事を手伝いに来てくれた。
昼飯も大変なので一升炊きの電気釜とおかずを持って昼から鍋などを突っついたりして少しでも話せる時間を作った。
イッシーがいるうちにビニールハウス2棟を解体し井戸を掘ったハウスの横に並べる大仕事を計画していたが、みんなの協力で見事に8割がたこなしてしまった。
31日の最後の晩餐の翌日、木枯らし1号が吹く真っ青な空のもと、片付いた元ハウス後をトラクターをかけきれいな畑に戻した。
本格的な野菜作りを志しイッシーと2人で建てたはじめてのハウス、昨夜の酒が残りきつかったが意地でも元の姿に戻したかった、けじめをつけたかった。
木枯らしなのに妙に暖かくまさにイッシーのような風だなとか考えながら、ともかく心が落ち着かない。ただすーごーくいい分かれ方ができたね、とマサとしみじみ、それもこれも1年も前に大分に帰ることを話してくれたことが最大の要因、でも一年ってあっというまだった。
あのバカ懐中時計をプレゼントしてくれた。
あいつも懐中時計を愛用していた。
時間にルーズがちなので何度も腕時計を進めたが頑固、そして俺も使えって。
本格的帰郷は月末くらいだしまだ会える、うん、イズとの新婚生活を気張ろう。
日時: 13:34 | パーマリンク
■ 2008年10月25日
読売は嫌いだけど、国際協力賞
この夏は10年分の雷様が襲来したが、その最後っ屁の暖かいスコールは乾きかけてる田んぼにたっぷり水を張り、切り株から出たひこばえが伸び、5月の田んぼのようであり、失敗のせつなさよりも希望が勝り、なんか嬉しかった。
夕方には小雨になったがびしょびしょで帰ったら予定している初糀の仕込み作業がまっている、小量なのでガスと考えてたが、やはり初釜、初床いれ、薪を使ってちゃんとやろう、条件の悪い時ほど力の見せ所と気合が入った。
帰ってすぐにカマドを設置、釜やセイロなどは半年振りに使用、どれも保存状態が良くさっと洗えばばっちり、古い道具たちと仲良くなれることで自然と文化に深く関わっていく実感が得られ嬉しい。
さあ、半年間頼むよ。
冬の始まり。
第15回「読売国際協力賞」にCODE(海外災害援助支援センター)が選ばれた。
神戸の震災の後知人たちが設立した団体で、実働隊の責任者の村井さんは、すぐに立ち上がった「ちびくろ救援ぐるーぷ」の指揮をとっていた。
初めて被災地に野菜を積んで、支援先を探していた日に、公園の中におかしなテントが立ち並び、薪の火燃えるティピーの中で、靴職人のおっさんが救援に駆けつけた女学生たちと真剣に話していた。
村井さんだ。
日時: 14:36 | パーマリンク
■ 2008年10月19日
稲刈り終えて再出発だ
今日は赤城神社の神輿が出る。
この日までには田畑の仕事を片付け、余裕を持って参加したいと毎年向かうのだが今年は最悪に遅れまくった。
でも昨日うちの稲をようやく刈り終え、今日ホタルの会の黒米を脱穀を終えたら途中からだけど神輿を担ぎにいける。
明日からは雨空に目くじらを立てる日々は終わる。
泥試合の戦いの中除草剤のことをよく考える、昨日もヒエに埋まった田んぼの中でコンバインのエンジンを修理中に農機具屋親父さんに「薄く除草剤を撒いたら、トキの田んぼだって使ってるよ、でも生き物が復活するんでしょ」との言葉に心は揺れる、それはおれも考えていた。
でももう少し挑戦してみようと思う。
各地で頑張っているひとたちもいる。
新設の井戸水をうまく利用すればかなり効率よく丈夫な苗を作れるし、手伝いに来てくれる人も増えてるし、何とかなるだろう。
豊受姫の大神は稲の神、相談してみよう。
おふくろの3回忌を終えた。
その日はイッシーの送別会と友人の誕生日も重なった。
このところ縁の繋がりが放流のように押し寄せて、マサと凄いねとよく話す。
数日前に久々に母の夢を見た。
なんとも破廉恥な世界だったが、その恥じらいと毅然とした態度に母は輝いていた。
その後毎朝の線香上げの気持ちも変わった。
日時: 14:57 | パーマリンク
■ 2008年10月10日
彼岸花なしおれたに日に
数日前にトロが死んだ。
一年前に白血病と猫エイズをになり、何度か死にかけたがそのつど刺身をやると元気になったが、今度は超高いのをやったがだめだった。
臭くとも、惨めに禿げ上がっても、かわいい、かわいいといじくりまわしていた兄弟のような小5の貝人の布団で数日を過ごし、みんなが起きて暖かい薪ストーブの指定席に寝かされ、貝人が死に水をやり、なでていたら逝ってしまった。
人の言葉もよくわかり、とても我がままで、意地が悪くとても人間臭い猫だった。
オカマも掘ってたもんなぁ。
夕げ前、みんなで埋葬、良き土にかえるようEM液をふり土饅頭を作り、刺身と果物を供え、1人づつともらった。
土饅頭の上の数重本の線香がとても美しかった。
俺は懐中電灯で照らしながら何故かBGMを「あ、あ、あーあー」とうなっていた。
後で麻実が「父ちゃんが歌ってたの篤姫のやつだよね」と、なるほどそうだったのか。
今日もまだ終わらない稲刈り作業をしながらやっぱり同じBGMをうなっていた。
多くの人が手伝ってくれたり、機械を貸してくれたり、あと数日中にはかたがつきそうだ。
来週の金曜はイッシーの送別会だ、明日は最後のおじさんの1周忌と三省の会、おふくろの3周忌、けさ夢に現れた母はりりしくかわいかった。
日時: 15:45 | パーマリンク
■ 2008年10月03日
生まれ出る瞬間
この夏よく手伝いに来る学生二人がヒッチの旅をした。
洋平は広島、ともは長崎、2人とも用賀のパーキングから始めたらしい、ともはスケッチブックに行き先を書きひたすら待って4時間で乗せてもらい、その後10台くらいを乗り継いで長崎に4日間で行った、そこであったゼミで話したら女学生2人も帰りはヒッチに挑戦、楽しかったらしい、そのことを洋平に話したら「用賀では僕も3時間待ったよ、併設してる店の人に話したら声かけてくれて5分で乗れたよ」なんて自信たっぷりの笑顔、ヒッチは貧乏旅行の基本、おらもデンマークからトルコまでヒッチの旅をした、各地の旅行案内所でもらう地図にはヒッチのしやすい場所などが記されていた、パリからの出口なんかは100人近くがやっていたがけっこうスムーズに乗れたりもしたしトルコではひまわり畑の中トラクターの後ろに乗せてもらったりした、ヒッチの文化が国内でもまた盛り上がったら面白いな。
いじめられたばーさんコッコは1人外で生活している。
餌はやってないが元気さを増し卵もいっぱい産む、貝人が木のしたで卵を発見したというので探していたらまさに産む構え、イッシーといずを呼んだその時にポコ、「俺、小学校いらい」と、俺も貝人が出てくる時以来だ。
日時: 13:54 | パーマリンク
■ 2008年09月27日
トキが放たれた日に
婆さんこっこは10羽くらいの仲間の最後の生き残り、若おん鶏1羽と共に新集団の離れに暮らしていたが、2羽になったのでみんなの小屋に入れたら大変、以前は一緒にいた3羽のオンコッコとのバトルは終日続き、奥の高い所から降りられないでいた。
たまには下に降りて水や餌も食べるのだろうが、半月くらいの間一度も降りた姿は見たことがない、もうイヤなのだろう、婆さんコッコはいじめが少しづつ増えてきて一週間たった頃には集団リンチ状態で狙われる首を隅っこに押し込んで耐えていた、死んだかなぁとも思ったが、何とか生きていた、こっちは超困難な稲刈りに日々格闘してるし、また小屋を設置して世話をする余裕はないので放し飼いにすることにした。
猫ドモの餌食になるのはすぐと思っていたら、徘徊猫もほとんどいなく、我が家のトロも死にぞこない状態でかかっていかない、姨すてをしたのに、そこは最高の余生の場になった。
オンコッコも出してやったがみんなに向かってくるので「蹴飛ばせ、立ち向かえ、一発決めればしばらくはおとなしくなる」と激を飛ばし続けたらみんなのバトルの末に共生できるようになった頃、前の婆ちゃんが帰ってきて突かれたと、今の婆ちゃんは最高にきげんが悪いので、雄鶏はまた小屋の隅。
日時: 14:01 | パーマリンク
■ 2008年09月19日
肉と寿司は半分に、それでOK
その触れた手に心地よい電流が走った。
局長さん(屋号)のかあちゃんがコンバインに入れるワラを手わたしてくれた時だ。
さすがにプロの百姓だ、量、タイミング、そろえ方から機械の性質まで心配りが行き届き、完璧なる体力もある。
周りの百姓と普段一緒に仕事することはほとんどない。
あまりに素敵な動き、一緒に仕事してるのが嬉しくてたまらない。
あらわれかたも見事であった。
れいのうちの田んぼの水を奪いまくった困った婆さんの稲刈りに苦闘していた時だ。
業者に逃げられた田んぼだ、さすがにコンバインはすべりまくり、何度かトラクターで引っ張った。
どうしても機械の行けない場所は手で刈るしかない。
自転車を降り、さっさっと刈り出した。
M婆さんは部落でも有名な頭のネジがゆるい人であるが「この田んぼだけでも片付けば、今夜はねえさん眠れるねぇー」とともかくやさしい。
自分の田んぼがまだ10枚以上残り、超異常事態にかたきの田んぼを手伝っている超馬鹿げた作業に光明がさした。
手渡しを繰り返すごとにその電流えを繰り返し感じた、これってエクスタシー?。
こに次期にありがたいのは秋ナスだ、夏野菜がどんどん終わる中、ナスは元気だ。
ナスは油をよく吸い肉になる、肉食を半分に減らそう。
日時: 11:40 | パーマリンク
■ 2008年09月14日
我が家のバイオは発酵形
1週間天気が良く、もう少しで機械が入れそうだった矢先にけっこうな雨、また待ちだ、その間にも倒れた稲穂たちの状態は日々どうしようもなくなっていく、まだ8割残っているのに、あきらめて畑の仕事をしっかりこなしているが、誰かがコンバインで刈っている音が聞こえてくるだけで落ち着かない、そんな中モチヤのばーさんが「俺の田んぼ刈ってくれっかい?、深いって業者に逃げられちゃたんだ。」と毎日やってくる。
「あんたが何度も俺の田んぼから畦を切るというご法度をおかしたからヒエが生え大変にしてくれちゃじゃねえか」と怒鳴りたいのを抑えながら「できたら、やるよ」と答えている。
ともかく稲刈りは重い、思いのだ。
夏はドブロクを毎日オンザロック、でも明日にはとうとうなくなる。
ありがたかった、自分の米で作った酒が半年以上毎日飲めた、勿論、味も品質も良かったから飲み続けられたのだ。
百姓生活には遊びの部分が沢山ある、普通の農作物を育て続けるのも「毎年一年生」と創意工夫の連続だが、だからこそ新たな挑戦への心も芽生える。
趣味や遊びは探すのではなく、その辺にいっぱい散らばっている。
金はいらない。
この冬は醤油にチャレンジ、小麦作ったもん。
日時: 12:32 | パーマリンク
■ 2008年09月09日
イッシーの追い出し会
いよいよぬかるみの稲刈りが始まった。
条件の良い田んぼから始まり、その様子を遠目でじっと見ている爺婆たち、いつ刈るか、人手はどれだけ必要か、考えている。
またいつ台風がくるかも知れない、日々追われる様に駆り始める人が増える。
今年は家族関係が多く呼びだされて、にぎやかな光景が目立つ。
良いことじゃないか、たまの困難も神様の良き配慮だ。
うちはただでさせ大変な田んぼが多いし草も凄い、ゆゅくりやろう。
畑優先だ。
やっとイッシーの後釜が決まりました。
東農大出、28才、横浜育ちのイズミ君、引っ越して、昨日からデビュー、本当にほっとしました。
様々な心配や配慮ありがとうございました。
これで気持ちよくイッシーとあきよ丸を送り出すことができます。
10月17日(金)5時ごろからやおや旬の天神庵で追い出し会を開きます。
会費、飲食は用意します。
夜遅く、朝までかなぁー、やってますので縁のある方はお気軽に来てください。
宿泊可能です。
来られない方は前もって文書などを送ってください。
大分にみんなの田舎が増えるよ。
元気に送り出しましょう。
日時: 14:59 | パーマリンク
■ 2008年08月30日
霊界も五輪休み
盆から強い雨が降り続いている。
稲刈りの次期を迎えたのに田んぼには水が溜まっている。
ただでさせ農振地区ではない流山の田んぼは排水をよくする暗渠が整備されてないから大変、コンバインなどの機械は今のままでは入れない、確実にもぐってしまう。
14年間で初めての経験、どうにかなんべと思うが気が沈む。
春先あたりから仕事を終えての一杯の前に、その日のことを思い返し感謝の言葉をささげるのが日課になった。
信仰を持つ人たちが食事の前に捧げる様子にあこがれていた。
でも我が家では手をあわせていただきますが精一杯、「よき導きを感謝します」、「夕方のさわやかな風のおかげで」とか声にだしているが、困難でもなんでもみんな感謝するのが原則なんだけれども、色々続くとさすがに言葉に詰まってしまう。
今朝婆さんコッコが亡くなり、分けておいた婆さんは1羽となったので雄鶏と共に若い衆の小屋に一緒にしたがすぐに雄鶏同士のバトルが始まり続いている。
さて、なんて感謝しよう?
五輪が終わったとたん様々な古い縁が押し寄せてきた。
いつもお盆の頃に多いのだがさすがに霊界も五輪休みをとっていたらしい、きっとそうだ。
まだセミたちは元気、もう少し夏に頑張ってもらわねば、でも残暑はこたえるぞ。
日時: 14:09 | パーマリンク
■ 2008年08月22日
今年の安悟賞は寂聴だ
秋田、鬼頭(おにこうべ)温泉には、以前営業を停止していた岩風呂の宿を、マサの母が管理していたという縁の深い施設がある。
50㎡の一枚岩を切り抜き、二つの浴槽の周りの水路には70度の源泉が流れていて、それを浴槽の入り口で石やタオルで流れを調節し、温度をコントロールする、きわめて原始的な風呂なのだ。
1人500円、数名で貸切は30分まで、湯沢駅で北海道帰りのチビ3匹を拾い、みんなで混浴、なんともいいものです。
マサはみんなの垢とりに夢中で、おらもタワシを見つけて麻実の垢すりに参加、少し背中をこすってやった。
田舎の疲弊は確実に進行している。
到着早々3軒の新盆を回って様々な大変な生活模様を見聞きし、色々わかった。
もう少しでどん底になる、いいかも知れない、みえも消え、あとは笑うしかなくなる、その兆しも見える。糠塚という30軒の部落は田んぼの海に浮かぶ孤島だ。
ここ数年でトンビが絶滅した。
確実に農薬の撒きすぎだ。
カメムシによる害により2等米に落ちることを恐れすぎている。
田んぼの生き物のことなどかまっていられる状態じゃないのは痛いほどよくわかる、1表18000円の出荷価格を国内の基準にすれば、田舎は生き返る。
決して無理な値上げではない。
秋になったね。
日時: 14:36 | パーマリンク
■ 2008年08月14日
ゴリンイチバン
最近窓を開けて走っている車をよく見かける、ガソリンの消費を減らす為だろうけどとっても嬉しい、クーラーを使わない家もよく耳にするようになった。
日本の家屋は夏に強いのだ。
近くの百姓のS爺さんはめっきり野菜を作らなくなった、草を茂らせないようにトラクターをかけるだけだ、それもクーラーをかけ、演歌をがんがんに鳴らしながら、チューハイを飲みながらだ、軽トラも窓を閉めぱなし、あきらめめたかな、寂しいね。
五輪が始まって寝不足だ、酒も多い、朝残ってるもん、イッシーの後釜が中々見つからない不安のせいか真剣に見入ってしまう。
様々な国情を背負った真剣な姿は美しい、日本の選手の活躍にも胸躍る、請け負った田んぼの水路の草刈りは大仕事、暑い中草刈機を振り回す、最後の水路をやる前ラジオで体操が銀に決まったのを聞き元気に草刈りに迎えた。
帰ってきて家前の直売所を見たらよく売れてる、売り上げを数えたら5001円、ゴリンイチバンだ。
設置してからの最高値更新、料金不足はなく、いつも何円か多く入っている。
「またお賽銭が入ってるよ」とイッシーは嬉しそう。
誰なんだろう。
明日から3日間マサの秋田に向かう、ガキドモとも合流だ。
これで静かな日々ともお別れだ。
まだ片付けが終わってないよー。
日時: 14:00 | パーマリンク
■ 2008年08月09日
俺の神様は機械か?
我が家のテレビは夏に弱い、南西方向に大きな木が茂り映りが非常に悪くなる。
葉っぱも天候によってしおれたり、ピンとなったりするので受信状態は常に変化する。
先日アンテナの高さを2mほど上げてかなりよくなったが、夏も盛りになりまたひどい、北京五輪も始まりサッカーを見ていたがボールが見えない、これはヤバイ、これではオリンピックが楽しめないとデジタルチューナーとアンテナを買ってきた。
明日取り付ける。
よくなるのかなぁー、心配。
今年の夏は雷が多い。
となりの畑のばーさんが「昔はよく雷さんの神社へ拝みにいったよ、陸稲(おかぼ)は雨が降らんと1,2表しか取れなかったよ」と話してくれた。
今でこそ水田は余っているがほんの50年前までは水田をもてない農家も多くいたのだ。
神社のしめ縄は雲をあらわし、垂れ下がる紙は稲妻だ。
今はハウスでの育苗で田植えが早まったが、以前は半月ほど遅く、夏の最盛期に出穂を迎える。
この次期の天からの強い降雨はとてもありがたかったのだ、と言うより頼むから降ってくれとのせつなる思いとあきらめが神社に集約している。
今は逆だ。
そんなに採れなくてもいいから、早く乾いてコンバインでの収穫がスムースにすむように願う。
俺もそうだ。
まだ自然と闘っている。
日時: 14:51 | パーマリンク
■ 2008年08月01日
長男と2人の夕げ
弁天様を追っかけていたら衣の神様がきたのが先週、そしてポニョを見に行ったら海の神様が出てきた。
あーあ、神様がいっぱい、神様のことを思い浮かべるだけでかなりの充実感、こんな感覚久しぶりだなぁ、宮崎さんの狙いはこのへんかなぁー。
インドでは自分の崇拝する神の絵をかかげまくっていた。
とても精神的に豊かな世界である。
「まつろい、まつり、まつれ、鬼よ、鬼よ、鬼よ」とボブの唄が浮かび上がってくる、やはり夏は祭りか、こちとら、野菜に追いまくられ、マサの秋田に帰るのがやっと、昨日まで毎日枝豆もぎのバイトをしてくれた下3匹も今頃北海道に向かうフェリーの上、静かなもんだ。
よく手伝ってくれる学生も自転車でギターを担いで広島へ向かった、真っ向から青春やってるじゃん、少し寂しい。
タバコがなくなりそうなのでマサに買ってきてもらおうと電話して慌てて断った、数年前のこの日、ガキドモが旅立った日にマサもお泊りにいってしまった。
10年ぶりに記憶が戻り元気になった母と2人暮らしの十日間は誠に奇妙な夏の思い出である。
危ない、地雷を踏んでしまうところであった。
あの時の原因の大きな一つはタバコ。
今年の米の出穂はとてもきれいだ。
田植え後の天候不順を七月のお日様が一気に解消。
日時: 14:46 | パーマリンク
■ 2008年07月25日
ぶらぶら農園
昨日から、バカボンのパパスタイルで農作業をしている。
豆知識大王の長男圭太に聞いたら、ステテコにサルマタだという、なるほどでもそれは下の呼び名だよね、上は何だ?。
薄いちじみの木綿で、実によく乾く、べとべとにならない、昨日から田んぼの畦草刈りを開始したが、背中にしょったエンジンも気持ちいい。
身体から出る汗をラジエターのようにすぐ乾かしてくれるので、首筋からの汗が減りタオルがびしょびしょにならない。
上下とも色がついていてそれなりに見られるのでコンビニへも入れる。
ステテコの色が濃いのでパンツをはいてなくてもわからない。
これは凄い。
今まで仕事をこなす時はふんどしを締めなくてはいけないと思い込んでた。
ぶらぶらさせながらきつくて気が緩めない仕事を続けてるが、なんら支障はない、夕べくるみに寝る時は靴下をはいてヒエをおさえたらいいよと説いたら、今朝、起き抜けに「けっこう良かったよ、わかった気がする」と嬉しい笑顔を見せてくれるではないか、ころも、衣の神様が降りてきているみたい、井戸に祭るサラスバティー(弁天様)の絵をネット上で探しプリントし、掲げる準備をしているので神様が近づいてきたのかな。
明日は家族でポニョを見に行ってくる。
なんか変化球かな、宮崎さん。
日時: 14:44 | パーマリンク
■ 2008年07月20日
ささえあう、それが夏のささやき
梅雨明け前の最後の大雨、乾かぬ前にと大豆と小豆、人参の種まきをいっきに終わらせるべく作業をしてたら梅雨明け宣言、雲が消えていく、いつもの手ぬぐい鉢巻を止め姉さんかぶり、ズボンも脱いでステテコ一枚、これは涼しいぞ、納屋から扇風機も引っ張りだした。
夏が始まった。
いつも感じるが夏はご先祖さまたちが活発になり様々な縁が引き寄せられる聖なる季節、早速面白い便りが来た、松本のやっこの娘の麻穂からだ。
ここ10年、浦和に本拠地を置く「どくんご」という劇団を続けている。
これからはバイトなど止めて、「芝居だけで食べていけるか」を試みたいと計画中、5~7で共同生活できる場を関東、関西付近の雪の降らない所に捜している。
20坪ほどのテントが貼れて、水と電気がある建物があって、トラックが3台とめられて、大きな音を出せる場所が月3万くらいで借りられるところだって、9月までには決めたいそうだ、元気な若者たちを受け入れてくれる部落があったら教えてください。
村の活性剤になると思うのだが。
米作り中心の友人がカメムシが移るから農薬を撒けと言われ困っていた。
これは厳しい話だ。
うまくごまかしながら逃げるしかないのだが、この前もイモチが発生し散々だ、お見舞いしかないな、残った焼きそばや野菜でも送ろう。
潰れないで欲しい。
大困難が突然現れ続けるのが百姓、鍛えられるね。
日時: 15:17 | パーマリンク
■ 2008年07月12日
男だって更年期
七月十日、この頃、大豆や秋キュウリ、キャベツ、ブロッコリーなどの種まきが始まる、夏野菜の出荷のピークでもあり、いっぱいの野菜と格闘しながら、作が終わった畑の整理、草たちもめちゃくちゃ元、こんちきしょうと引き抜きながら、秋冬ものの準備をしなければいけないが遅れるのが常、整地のため草などを早く埋め込みたく回転数を上げ深くすき込みたいが、ミミズを傷めないようにとスローダウン、やっつけ仕事で野菜を育ててはいけないと心の中が騒がしい。
営農の外観は大体できてきた、次は中身だ、素晴らしい発酵の世界を土の中で体現させねば、その畑に立っているだけでジンジンと生命の息吹が伝わってくるような農園も夢の一つ、でも気張るのは良くない、俺の最大の欠点、流れに身を任せるのが一番だが、50を前にして年齢を異状に気にし始めている、大変不安定、こんなの初めて、まだまだ青いのに。
ここ数ヶ月老眼鏡も日々使うようになった。
そのたびに老眼鏡をかけた親父を思い出す。
これは俺の更年期障害なんだろうか。
もう少しで「ポニョ」がはじまる。
ジブリだ、それにあわせてテレビで以前の映画がやっているが先日の「ゲド戦記」はがきどもとこれは見ないと誓い合った。
宮崎さんの息子の「ゲド」は愛するジブリの汚点としか思えない、そんなこと話していたら、何かの拍子で麻美が「父ちゃん愛してるからね」だって、こくられた。
日時: 15:14 | パーマリンク
■ 2008年07月05日
梅雨ってとても日本的
ここ半年野菜が高い。
ここ数ヶ月の低温で出荷量が増えず、下がるどころか更に上がっている。
今までは少し上がるとすぐに輸入物が入り、高値は続かなかったが、輸入物が確実に敬遠されていて、国産をみんなが欲しがっている。
おらが農園の周辺の専業農家はネギが主力だ。
作業に力が入ってるのが解かる。
もうやめちゃたのかなと思っていたジジババたちが久々に仕事している、補助金もシンポジウムもいらない、ちょっと値段を上げてくれれば百姓たちは何とかする。
もう本当に百姓たちはくたびれてっとう、除草剤の使用が急激に増えている。
虫たちの住処が急激に減っている。
ナメクジ、カタツムリが少ない、野菜にはありがたいが心配、今までは科学物質の蓄積による害を考えていたが、虫や小動物の住みかがいきなりなくなることのダメージはとても深い。
「生き物に悪いからやめて」とは俺からは言えない。
除草剤の害を誰か科学的に証明してよ、そうしたら百姓たちに「まちの人たちが草刈り手伝ってくれるってよ」って、提案するよ。
水場にたわし類や石鹸を配備し始めて手を洗った。
金だわしでトマトのアクを落とした、ちょろちょろ流れ落ちる水にとても感謝した。
きれいな手で帰りのハンドルを握れる、明日は長靴もと、帰りしたく、ハウスの扉等を閉め、最後にキュウリをもいでいたら、テントウムシダマシが、すぐに手は何十匹の体液が、あーあ。
日時: 15:02 | パーマリンク
■ 2008年06月30日
梅雨空に大掃除
井戸設置に伴い電源が入った。
これは思わぬ副産物、まずは憧れのエアーコンプレッサーを買ってきた。
農機具の大敵はゴミ詰まりである。
ラジエターの掃除はいつも不完全でありいつもびくびく、コンバインや籾摺り機などもきれいにはとりきれないもんだとあきらめていた。
まず初小麦を収穫するのにコンバインを掃除してみたら魔法のようにきれいになっていく、10年来悪夢が消え去っていく、水場の配管なども終え、掃除体制が整った、常に泥だらけの軽トラ君、今までごめんね。
身体の掃除も強制された、2年ぶりに高熱が出た。
こじらせて肺炎、4.5日寝込むのが今までのパターン、早めの処置で1日半ごろごろですんだ、いつも寝ながら遅れてる仕事を考えてしまうのでひたすら漫画を読んだ。
ジパング35巻を読み直した。
戦争ものは好きである、小学生の頃、戦艦、戦車、飛行機などのプラモデルをよく作って遊んだ。
この漫画にはそいつたちがいっぱい登場するのでワクワクする。
貝人はよく200体近くのポケモンを畳の上に広げ戦わせ遊んでいるが同じだなと思った。
戦いは男の本能の中に強く残っている、スポーツや芸術等でそれらは昇華されるという、手の早い桃兄は早くそれらを見つけて欲しい、危なくってしょうがない。
麻美が始めて一人で魚を焼いたよニコニコ台所から出てきた。
くるみの料理の上達に引っ張られた。
上等の笑顔。
日時: 11:56 | パーマリンク
■ 2008年06月20日
賢治、ソロー、おじじ
苫小牧行きのフェリーの予約を取った。
夏の「こどもの森」は15年続く我が家の恒例行事だ。
今年は下3匹が半月暮らす。
ガスも電気もない、森をこよなく愛する「おじじ」と「おばば」がいる。
年に一、二度送られてくる通信にはいつも「おじじ」の濃厚な文章がのる。
森の生活30年をへて森の悟りをひらいたようである。
今回のはすごいぞ、抜粋。
「自分が無数の生命のなかの小さな小さな生命の一つにすぎないと感じれば感じるほど、大きな大きな、深い深い幸せが心底味わえるものだともわかってきた。」。
だって、すげーぞ、俺もあと15年もすればそんな気持ちに慣れるかなぁー、有機農業を広める為にも経済の実証を得るべくひたすら頑張ってきたが、ちょっとペースをゆるめ、田畑を聖地とさだめ、生き物や雨風とのつきあいの深さをましていきたい。
どのようにすればいいのだろう、今、深い悩みに入っているみたい。
家の入り口に無人直売所を設置して3日目、1100円、550円、そして今日850円、売り上げは仏壇の商売の神である親父にささげているが、効果があるようなないような、郵便局がとなりなのでその客が目当てだ。
数日前までは駐車する多くの車を邪魔にしてたが、今は寂しさを覚える、現金なもんだ。
今夜は長男圭太のバースディー、娘が6時過ぎのタイムセールで手巻き寿司のネタを買ってきた。
死にそうな猫も生き返るぞ。
日時: 15:44 | パーマリンク
■ 2008年06月12日
天使にも希望がない
恒例の看護学校の研修で使うニンニクの収穫用の包丁を準備していたら、貝人が「助っ人しますぜ」ときたので「では秋葉に行くぞ」、といったら、」「冗談でも言うもんじゃないでしょ!」と、マサに怒られた。
弟の子の同級生も亡くなった、くるみの同級生も鉄バット事件で意識不明中だし、事件は身近に迫ってくる。
個人の欲望を大切にする今の日本のシステムの破綻を認め、世界を含め助け合うシステムを本気で作り上げる時が来た。
スイスでは自国産の卵を60円で売っている、輸入の20円もあるが農家を守る為と高い方が売れる。
そこまでしないでも、野菜を数十円あげるだけで日本中の百姓は元気を取り戻す、補助金など要らない、グローバルな値下げ競争はもうおしまいだ、政治家よ、官僚よ、経済人よ、希望の明日を語れ、ダライラマなどすごいぞ、毎晩寝る前に中国の幸せを願う瞑想を以前から日課にしているそうだ。
怯えることよりも祈りが大切だよね。
野良から帰ってきて酒を口にする前に「素晴らしきお仕事ありがとうございます」などの感謝をささげてから飲んでる。
今日は雨、看護学校のみなにいっぱい仕事をしてもらおうと準備してたがアウト、「見事な困難に感謝、、、、くそったれー!」だめだな。
来年はカッパと長靴を用意させよう。
看護士さんも大変な仕事の割りには待遇が低いしリスクも大きい、夢も消え機械的になっている、天使なのに。
日時: 15:04 | パーマリンク
■ 2008年06月06日
空豆大作戦
土曜日は雨、大菩薩峠は延期、書類の整理と片付けに専念、やっと年賀状のお年玉番号探しができ、切手シート3枚。
そういえば正月の2日間以来の初めての休み、やっと正月にけじめがつけられた気がする。
でも返事書いてないやつを、いつか返事をと分けておいたんだけどだめだ、混ざった。
俺はお礼がへたくそだ、まったくなってない。
そこで「空豆大作戦」を慣行。
つくり続けて十数年、やっとデカくてうまいのが大量にできた、といっても注文がさっぱり来ない、今までできてなかったから仕方ないよね、できただけましだと、お世話になっている人たちに配り始めた。
さっきは小6の時の哲子先生から「ちがう、初めて自然の野菜のすごさがわかった、私、スーパーでしか野菜を買ったことがなかったの」、との返礼の電話、還暦退職祝いの席でイッシーと同郷であることを知った。
大分の宇佐市である。
40年の時をへて哲子先生との付き合いは動き始めた。
この人も宇宙人、イッシーとの出会いが楽しみ。
なんで「ごくせん」はあんなにつまらないのだろう、期待はずれもはなはだしい、ガキどもさえ「ドラえもんより意味ねえじゃん、これならしんちゃんとかチビまるこの方がはるかに役に立つじゃん」とか言ってる。
あっ、こいつらわかってるじゃん、頼もしいじゃん。
60mの井戸も頼もしい、一週間は出しっぱなしで浄化中、米と塩、ささげてるよ。
日時: 12:41 | パーマリンク
■ 2008年05月30日
ゾウさん、加波山、すずめさん
苦節10数年、やっと満足のいく空豆ができた。
なんといっても大敵はアブラムシ、豆類が生産する油を茎の先の成長点や実に集まり吸い続けベタベタの糞尿で真っ黒くなり枯れていく。
弱い株からやられる、寄せ付けない様々な防除方法はあるが、元気な野菜を育てることが一番だと思う。
でも今年の最大の殊勲者はテントウムシ、昨年からとても増えアブラムシを食いつくし大発生をかなり遅くしてくれた。
今年は思い切り食べられるぞ、昨夜京都のイザナから野菜を送れとの電話、修学旅行のくるみの宿泊先も気になったらしい、絶対にくるなとのメールもあったらしいが。
仕事といえば海洋調査で島根や若狭などの原発の排出付近など危ないものや、淀川のブルーギル逐除など面白いものやってるではないか、豆を送ってやろう。
昨日から井戸を掘り始めた職人さんにも分けた。
息子2人と親子でやっている姿はしみじみと美しい。
みんな穏やかでとてもいい顔、長男は収穫したニンニクに大いに興味を示した、野菜が大好きなんだという、親父さんが畑をしているらしい、素敵な人たちに井戸を掘ってもらえて本当に良かった。
今日は雨、恒例のバースディ登山は延期、今年は大菩薩峠、当初筑波山の近くの加波山の予定を変更、みんなに言うと「えっゾウ山じゃないの」、「きりん山」、見事に名前がすりかわっていた。
イッシーは「すずめ山」だって、やっぱり宇宙人。
日時: 14:54 | パーマリンク
■ 2008年05月23日
カッコウの巣ってないよね、でもあの映画
コッコはでかくなり卵も普通の大きさになってきた。
16羽には小屋が狭いのだ、産卵箱も5個あるのに奥まって安心できる所に集中して産むのでどうしても割れ卵が多くなる、糞尿も多く乾かない、でかくしようと超やっつけ工事、午前中に作ってしまった。
コッコ大喜び、ゆっくり産卵してる、真夜中に鳴くのも収まった。
ストレスだったんだ。
1匹鳴くと「俺の方がいい声だ」と競い合うのでうるさいのだ。
1把がとてもへたくそだ、この頃はそいつが鳴いてもみんな無視してる、人間と同じじゃん。
少年院ツアーの「わき」は夕べ歌った。
極道臭いなと思ってたけど親父が本当にヤクザで大変な子ども時代だったことを初めて知った。
今朝16000㌔のバイクツアーに旅立った。
8月半ばまで120箇所だって、こんなハードなツアーをやるやつはいない、巡礼だな、どこかの国道でSR400はダンプにつっ込むのが大いに考えられる。
追っているテレビ局は大喜びだな、とワキと笑いあった。
何かを真剣に追いかける時血反吐を吐いても追いかけるやつが好きだ。
でもやつの唄はおもいなぁー、イッシーも起きた時からのしかかってきたそうだ。
全国のみんな宿を提供してやってくれ、予定はhttp:www.you-waki.com。
カッコウが数日前から鳴きだした。
きつい夏の仕事を大いにいやしてくれる、でも「託卵」は嫌い。
日時: 14:57 | パーマリンク
■ 2008年05月18日
さなぶり
まだその犯人の姿を見たことがない、と言ってもばかカラスのことだが、最初は落花生の種袋、大好きなのだ落花生が、ビニール袋を通して匂いがわかるのか?次は枝豆の袋がばらばらになり運転席中に撒き散らしてあった。
覚えたのだ。
その後シャフトにかけたゴミ袋を2度ほど、イッシーもタバコをやられた。
おらの畑のそばでは窓を開けておくのは危険だよ。
でもいちいち閉めてられねえもんな、早く見つけておしおきをしなければ。
22日、木曜日、やおや「旬」の天神庵でライブがあります。
夕7時から1時間、下北沢の夜だけやってる食べ物屋「チベットチベット」のボスことWAKIが毎年恒例の少年院ツアーの合間にバイクで生ギターをしょって立ち寄ってくれます。
爆発するソウルシンガーです。
5年ほど前から店に出す米を作りに流山に通ってます。
その米の名は「空米」だって、最近は外国人のスポットにもなっているらしい、リカ坊もっと英語を勉強せよ。
それから40にしてビクターからデビューしたワキをマスコミが追っている。
そのライブにもテレ東が5人で撮影に来るんだって本格的だね、キップ5枚売れるぞOK。
突貫工事で原野を田んぼに再現し、大変困難な田植作業をこなし田んぼは蘇った。
83のS爺さんは喜んだ。
「さなぶり」と、瓶ビール1ケースと398のかつをの刺身が7パック、嬉しかったんだねぇ。
日時: 13:50 | パーマリンク
■ 2008年05月10日
ふゆのそうしき
5月に入ったころからか、けっこうな爺さんが何年も放棄された田んぼをクワとスコップだけで開墾を始めた。
ちょっとやってはへたり込んでる。
どう見ても無理だ、でもあきらめないのが不思議だった。
他のジサマに「あの人しってる?」とたずねた次の日に近くの田んぼに行ったら足早に来て、「もう苗も伸びきって早く植えなきゃあかんめ、できるように頼みてんだが」とさ、どう考えても田んぼのことは素人の小金持ちと見た、だって「機械屋に頼んだけど中々やってくんねぇ、この後機械3台買ってやるのに」なんていってる、この手のジサマには以前ひどい目にあったので付き合いは慎重だ。
その夕部落のTさんが来て「俺の本家のジサマだ、この田んぼは俺が昔やっていた」と、他の情報も聞き安心して仕事を引き受けた。
ジサマは耳が遠いのでバサマと電話で数回連絡をとりびっくり、ジサマは83で小さい時から百姓をやり抜いていたが、田んぼはここ数十年やってなかったそうだ。
何をとちくるったのか知らねえが付き合ってみるか、作業代はしっかりたかくさせてもらいやすぜ、他の農家も「ちゃんととんだよ」といってくれる。
部落の役に立ちたい。
やったー、寒くなった。
これが来なくちゃトンネルなどの施設を頑張って設置した意味がない、OK寒くてもいいよとなんか嬉しい。
久々にストーブに薪をくべた、これで冬の葬式ができた。
日時: 13:01 | パーマリンク
■ 2008年05月02日
気がつけば おとぎばなし
一気に気温が上がり、下がらない。
寒さのより戻しが必ず訪れる。
陽射しは強烈だが、雲厚く、うす寒い日が多いのが5月のいんしょう、まだ気はぬけん、トンネルの開け閉めの細かな管理を怠けなければ元気な夏野菜たちに育ってもらえる、夏がぐんと近づく。
トノサマガエルが泳ぎ始めた、数日後の暖かい日は蛙合戦だ、大乱交パーティー、田植えする手の間を何匹も平気ですり抜けて行く、鳴き声は土木工事並みだ、ほんと、今年もどこかのグループが当たればいいなぁ、おとぎの世界だもの。
先週は家族や店のスタッフもみんあ最悪であったが、どうやら「くるこ鶏小屋拉致事件」がすっ飛ばしてくれたようだ。
卵をとりに入った時、外鍵が閉まってしまい、釘で打ち付けられた板を網に指差し開けようと泣きながら努力すること30分、「つっかれるし、臭いし」と夕げに静かに話す中3のくるみはこれもおとぎ話、井戸カンパ10センチづつと「山惣」のマスター夫婦、縁が切れかかっている友からも送られてくる、滅茶苦茶忙しいのに、新たにスギナ茶を作ってしまった、この俺の手を出しすぎの欲張り病も、おとぎばなしかな。
温暖化、バイオ燃料、食料高騰、鳥インフルエンザと農業に関係がある世界の激動は日々入ってくる。
政府の方針が決まってないことに一番腹が立つ、世直しが世界で一成に動き始めたのに、のろい。
日時: 12:57 | パーマリンク
■ 2008年04月26日
バイオリズム、最低
井戸掘りの話にカンパが集まってきてびっくり、やっぱり美味しく飲める水で野菜を育てた方がいいもんね、おらたちも気持ちよく飲めるし、誰もがつかえるも「みんなの井戸」、いいじゃないか、でも何メートルだろう、じき井戸屋さんと相談になるが、金額が怖い、少しでも設備費を安くしてより深く掘るため、引き込みポール7万円をいらなくするための算段中、でもこの時期の大工仕事はちょっと辛い。
育苗中の稲の箱苗に立ち枯れが出て急に広がった、ニームと木酢を散布し、プールの水位を上げて少し止まったかに見えるがとても心配、広がれば全滅だって考えられる。
買い集めれば60万、手間も超大変だ、湯温殺菌も完全にしたはずなのにとわめいてもはじまらない、できることをするだけだ。
トラクターの故障も機械屋さんが手間取り、一番使いたい子に次期に3週間もかかってしまった、昨日4時になおり、昨夕、今日と大急ぎで作業を続け、頼まれている仕事は何とか間に合った。
麻美は今日バイトをしてくれたが、昼飯以外ほっとかれ、6時過ぎにハウスに戻ったら「おいていかれたのかなぁー」としょぼんとコンテナに座っていた。
ごめん、仕方ないんだ。
作業中何度も思うのはくるみの同級生の金属バットで重症の事件と長野の聖火、不登校のくるがこの事件を期に少しでも学級になじめたらとほくそえんでる自分て何だろう、中国も愛せない。
日時: 12:22 | パーマリンク
■ 2008年04月20日
チベットオタク増殖中
廊下には30本のドブロク様が鎮座しておられ、誠に心強い。
昨年は春、夏用の仕込みに失敗し、60㍑を酢にしてしまった。
今年はドブとだいぶ仲よくなれて、絞りもお風呂場でのパスチャライズ(低温殺菌)も苦もなくできた、ブラボー、経験を重ねる尊さを感じながら毎日飲むこの一杯は気合と身体の元気の元だ、またひとつ夢がかなった、百姓万歳。
長野では善光寺がスタート地点を辞退し、大拍手。
様々な団体の動きがあるが、「ストューデントフリーチベット」SFTが信頼できる行動をし、長野のフリークたちもそこに集うようだ。
混乱を起さぬよう警察との友好的な協議も続けられている。
前日に在日チベットの人たちの話を聞きアピール、リレー時は見守り、終了後集まり祈る、そんな感じ、詳しくはネットで。
中国政府は留学生たちに応援隊を呼びかけ、右翼は「チャンコロ殺せ」などといきまいていて、当日は混乱が予想される。
仲間たちは県内の出来事だから一応参加するが、これからの活動が大切との認識は一致、ネット上にはダライラマのホームページや幾つかのサイトがある、これを期に覗いてみてカンパをおくって欲しい。行きたい、でも田植えや幾つかの行事を控え日程的ムリだ。
口惜しい。
このところ止まっていた仏教の勉強を再開でもするかな。
雨が降り柔らかいうちにスギナを抜こう、根は地獄まで伸びているから「地獄草」ともいう。
日時: 13:40 | パーマリンク
■ 2008年04月11日
くるの言葉が移ってしまった
聖火リレーのニュースのたびに、とてもワクワクしている。
どこも非暴力に遊びが入った抗議スタイルが見える。
これは事件ではない、騒動を起こす方も見守る方も祈りの世界に入っている、もはや祭典になりつつある。
26日?には長野で走る。
長野は我がヒッピー民族の大聖地であり、敬愛する仲間たちが多く暮らしている。
動き出しているらしい、じきに情報が入ってくるだろう。
目立ちたがり屋の血がうずく、でも行けないよな、せめてカンパくらい送りたい。
情報は入りしだい流すね、時代が動きだした感じがとてもする、しばらくは中国が中心。
畑に井戸を掘る夢がかないそうだ。
資金のめどがようやく立ったのが一番大きいが、少量田品目の世界を追い求めるとどうしても水の施設は欲しくなる。
今までは土の状態と天気とよくお話しして最良の日に適宜作業していた。
この世界もおってみたい気もするが、今回はこのプチ近代化を楽しもう、井戸水って夢だったし、でも、地表はどこも汚染されてるから深く掘らなきゃいけないし、だから高いし、あきらめてたの、でも畑だから、水路の水を使うより格段にいいから浅く掘ってもいいし、でもやっぱり野菜でもよりよき水でもいいし、掘るのに1m6千円だから、真澄野菜の水をよくするカンパ一口600円で受け付けてます。
その分は必ず深くします
日時: 11:41 | パーマリンク
■ 2008年04月04日
あいぼう
8年間相棒をつとめてくれたイッシーが秋の山を越えたら大分の実家に帰りふるさとの田畑を耕すことになった。
大拍手もの、感動であるが大いに困った。
まさに想定外である。
そこで、「相棒1~2名」、5年以上、共に生計ををつくり続け、夢を共有できる人。
「研修生、数名」、1年以上できる人。
週に数日なり全部なり定期的に働ける人。
お小遣いか給料のようなものになるかは働きしだい。
「パート、1から2名」、5月~9月の間、午後3時から6時くらいかな、駒木台の作業場で野菜たちを袋詰めしたり、送り先の箱詰めなどの作業、30㎏の箱をもてないとだめ。
自給800円くらい、週に数日でも助かります。
「ベジタブルヘルパー」、午前か午後、1日が単位です。
飲み物や昼飯は持参を願いします。
主に草取りです。
お礼は野菜、話は昼飯の時位しかできないでしょう。
以上、まずは携帯に090 2767 5084、後は相談しましょ。
有機農家の国際組織「ウーフ」も考えてるんだ。
旅人は宿と食事の対価として働く、北海道で3年やってる仲間に聞いたら、平均2週間くらいの滞在でいい制度だそうだ。
我が家には開いてる部屋がない、畑に部屋を建てるのも色々と大変だ、たまに旅人を泊めて食事の世話をして、対価としてうちの米野菜で、という仕事も??
日時: 15:03 | パーマリンク
■ 2008年03月30日
コタツムリ
正月から育て続けた野菜の苗たちの定植作業がいっせいに始まり、完全に猫の手状態、ちょこちょこお手伝が来てくれ大変助かる。
春休みになって今度中学に上がる少年Aがバイトに来ている。
ギターを買う金をかせぎたいそうだ、約束していた父ちゃんから「生活態度をあらためたら」とストップがかかり、なら自分で、と突っ張るあたり泣けるねぇー、まじめで文句は言わない頑張りや、イッシーも嬉しくて話しかけすぎて仕事がとても遅かった、一括入れた後、すぐ倍の早さになった。
心意気のある若いやつらはいいねぇー。
今年の冬は寒さと乾燥がつい最近まで続き、いっぺんに平均よりも度を越した暖かさが続き、いっせいに花がふき出した、その色の鮮やかなこと。
まだ夕方には寒風が吹き、いやいやまだまだと引き締めてくれるから生き物たちは更に生命力が高まり活き活きしている。
昨日3.3℃、今朝1.8℃、うかうかしていたら、植えた苗たちは全滅になる。
畑も家も、もう少しのあいだ暖めよう。
困ってるのは「コタツムリ」、今度小6の貝人はともかくコタツにこもり続けている。
勿論外遊びが大好きなのだが、家の中では動きが悪い、みんなから非難の嵐、でも泰然自若、今も脇のコタツの中かで「あ~ん、あっ、あつっ、あっあ~ん、死ぬ~」「死にてえのなら殺してやるよ、ほれ」なんて永遠にやっている。
色々と教え込んだのは少年Aらしい。
日時: 15:00 | パーマリンク
■ 2008年03月21日
婆さんの卵が有精卵に
チビコッコたちが小さな卵を産み始めた。
割合的にオスが少し多いのでケンカを心配していたがやはり始まった。
朝餌やりに行くと外に飛び出してきた、何度かいれても飛び出してくる、顔には傷と血が見える、どうしよう、食べるか、猫たちにまかせようかと迷うがとりあえず3羽の婆さんコッコの所へ入れてみた、みんなパニクッた、こりゃ、今夜しめるかと半決断する、ががが、昼に様子を見たらコケコッコーとやっと鳴けるようになったばかりの青少年が婆さんコッコの上に乗っているではないか、婆さんは首根っこを咥えたれておとなしく目をきょろきょろしている、爆笑、感動の余韻は数日続いた。
チベットが気になる。
亡命政府という形ながら、50年近く見事に民族を掌握し、全世界に祈りの尊さを広め続けたスーパー元首ダライラマ14世と敬虔な民族と聖地。
他の地で頻繁に起きている民族独立問題とは完全に違うように思える。
経済ではなく知性、理性を磨き上げたチベット文化を世界全体で支えることができれば人類の明日が広がる可能性は広い、ダライラマの暗殺がとても怖い、オバマのそれは比ではない。
中国にとっても経済優先の弊害に悩む中、信仰との結びつきは大変重要ではないか、今中国産食品」を総攻撃しているが、共に生きる隣国としての信頼関係が無いのである、韓国しかり、アジア諸国しかり、ラマを北京にいかせたい。合掌。
日時: 12:59 | パーマリンク
■ 2008年03月15日
あちさん、ずうっとチャック全開
ぼたぼたぼたぼた、ゆっくりと、暖かい雨つぶがたっぷり大地にそそぎ込まれている。
乾ききった冬を生き延びた生き物たちにねぎらいの雨がふる。
まさに「慈雨」、自然には泣かされもするが、段々感謝の気持ちが勝ってくる気がする。
小学生の頃は花婆ちゃんとの二人部屋、朝お日様に手を合わせていたのをトフメルと龍角散の匂い付きで思い出す。
俺もいつ自然に手を合わせられるようになるのだろう。
野良から上がってまずは一杯のとき「今日のよきお仕事、ありがとうございました。」と唱えるのが日課になったのはここ数ヶ月、自然に湧き出たよ。
先週北海道の新得30年近く有機農業を続けている古い知り合いの宇井さんのコンサートが突然「若夏」であった。
「越冬バンド」のテープは良く聞いた。
その後もずうっと唄っていたんだね、3人の子どももみんな独立し、数年前から「ウーフ」に加入し旅人たちに手伝ってもらっているそうだ。
最近この形式がはやってきた。
ちょっと気になる。
早く帰らなくっちゃ身がもたねえとイッシーと話していたのに帰宅は12時近く、大酔っ払いしてしまった。
マサは他人のふりをしてる。
エイサー隊と踊ったり大騒ぎ、畑の作業着のまま、長靴はいて、最後に女の子に言われた「あちさん、
ずうっとチャック全開」、そうそのズボンは本当に良く開くが、ひざのつぎあてを麻美がしっかり縫ってくれた宝物でもある。
ホックでも付けようかな。
日時: 12:57 | パーマリンク
■ 2008年03月08日
米つくりがはじまったよ、トライ
今年に入ってからの乾燥状態は凄まじい、畑はからからだ、こまめに散水する手間も中々無いので種まきした野菜たちの発芽がとても気にかかる。
しかし乾田設備の無いぐちゃぐちゃ田んぼではこれがありがたいのだ、畦塗り機がちゃんと使えるかもしれない。
一度天気が崩れだすと乾かないで困る年が良くあるから今がチャンスだ。
近所の農家からも早めに頼むと仕事が入った。
その前に畦の草を焼かなければならないが、これがまた勇気のいる作業で、この乾燥の中のとなりの休耕田に燃え移ると大火事になってしまう。
数日前J爺さんがやってしまい消防車が何台も駆けつけてきた。
益々やりにくいが風の穏やかな昨日意を決してとりかかった。
チャッカマンと草焼きバーナーに延焼を抑える為のスコップをこまめに使い8割がたの田んぼをきれいに焼くことができた。
物凄い緊張の連続、達成感はまた格別。
秋に生まれたチビコッコたちはもうすぐ玉子を産み始める。
今が一番美味しく食べられる。
メス12でオス4羽、ちょっとオスが多いような気もするし、餌も大変だ。
いつも大きくなる前に半分くらいはやられてきたのに初めて全部が育ったから餌集めの忙しいのなんのって、コッコは家の生ゴミとくず野菜、くず米だけでずうっと育ててきた。
買うのは貝の粉が月200円だけ、このスタイルは続けたい。
オスコッコの時の声は毎朝上手になっている。産卵近し。
日時: 12:40 | パーマリンク
■ 2008年02月29日
ばかッ風も千の風かな
先週の「ばかっ風」のによる被害の復旧作業は一週間かかっても終わっていない。
深いみぞに植えたばかりの小さなネギの苗が埋まってしまい、掘り出しては土を他の畑に運ぶ作業に3日間、筋肉痛のきわみである。
あれだけ乾燥して、あの風が吹けば仕方ないかと今になると納得するが、この時期において数十年に一度の狂風に、こんな勉強したって次には役だたねぇよとか文句たれながらも、埋もれても頑張って生きている苗たちを見ては励まされれ何とか掘りきった。
暖かくなり水分状態の良い田んぼに一せいにトラクターが荒起こしの作業に繰り出した。
クソッ、俺もやりたいのにと口惜しかったが、こんな時ことの繰り返しに少しは慣れてきた。
そんな作業中携帯が鳴った。
30の息子が4年前から有機農業を1人出始め、たび重なる至難に精神状態がいかれ入院をを進められた母からの泣きながらの相談であった。
俺の本を読んだという。
この後こんなことは多発するだろう。
役所はあてにならないからネットワークの確率を俺たちが作るしかないょな。
これを書いている部屋で麻実と貝人が唐辛子をスピードミルで一味にする作業が続いている。
部屋には唐辛子が舞い、くしゃみ、鼻ずるずる、耳もかゆくなってくる。
マスクをつけ必至に作業するチビたちは美しい。
まつ毛を黒く塗ったキャバクラくるみ嬢が酒のつまみにと、タクアンを切ってくれた。
日時: 15:39 | パーマリンク
■ 2008年02月23日
感謝してたら、そんなの関係ねぇー、うっ
この2月は良く冷えた。
最近では昼の陽射しが強くなり小川や田んぼの氷は解けたが依然として朝晩の冷え込みは激しい。
ありがたいのは北風が弱いことだ。
すき間だらけの我が家の中を風が吹き抜ける。
この深深とした寒とおだやかな陽射しに微生物も含め動植物たちはとても喜んでいるようだ、生命エネルギーが確実に蓄積されているのが感じられる。
この春はいのちが輝きが素晴らしいものになるだろう。
体も慣れたもので寒い中の水仕事もおっくうにならない。
2月は味噌の仕込みどき、次々に注文が入りフル回転で糀を仕込んでいるので毎日のように米をとぎ、セイロを洗ったり常にジャブジャブやっているがさほど苦にならない。
「おしん」が冬に川で洗濯をしていたシーンを良く思い出し、あれ