▼ブログ帰農人

知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。


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■ 2011年07月23日

あっと驚く ためごろう あれっ

 種屋さんで「アワノメイガは、律儀に一本に一匹しか入らないおきてのようなものがあると聞きました」と、家庭菜園用の種を買いに来た婦人から聞いたが、いや、いっぱいはいってっるよなぁーと聞いていたが、昨日トウモロコシの穂の部分を刈ってカラスよけのネットを張る時にどのくらい侵略されてるのか一本づつ確かめてみた。
確実に95%以上に幼虫が入っている、もちろん皆つぶす、一匹が多いが2,3匹もけっこうある、アワノメイガの個体数や産み付け方に思いをめぐらした。
夏本番のこの次期その他のいろんな虫も葉も茎も食い荒らしている、この列もまた半分以上が出荷できないなと諦めながらも今回は少しの希望が見えた。
一作500本ほどのとうきびの虫を一つ一つつぶすことなど到底できるわけがないと考えていたが、初めてできたのだ、ただその作業が本当に役に立つのかはわからないけれど、その仕事ができた余裕に感謝。

 “ガンバレ流山”と書かれてある5センチほどの焼き物バッチを古老ヒッピーの歌い始めたアーチストの笠間のアイデコしんやが作り、それを写真にし、A3までコピーで伸ばし、さらに絵やメッセージを書いてさらにパウチをして送ってくれた。
「こんな逆境にもチャンスあり、やることやるしかありません、元気バッチを作ってみました」とのこと、どうしようもない時ほどスチャラカパワーが必要だよね、植木さん。

日時: 12:54 | パーマリンク



■ 2011年07月16日

頭の中はピーポーピーポー

 長男圭太が尿管結石で救急車で運ばれた2日後、6人目の末っ子貝人が公園で手首を骨折して駆けつけた救急車に保護者として乗り込んでた、そしてその救急隊の人たちは先日の人たちで「歩けるようになってよかったですねぇー」となじんでいた。
手首の太い骨が折れ、細いほうの間の碁石のような骨は他に飛び散っていたが手術せずに何とかぴったり元に戻り、石膏で固め、あとは治るまで待つだけ、後遺症の心配は無く誠にありがたや。
数百年前の骨折の場合どのように処置し、またされず、その後の生き方はどうだったのだろうと凄く興味がわいてきた、今度年寄りに聞いてみよう。
面白い話が色々ありそうだ。

 馬鹿みたいに数多くの野菜を育てる中で毎年、毎日、悩み続け、毎日のように小さな気づきがある。
その中でも今年のキュウリは面白かった、ここ数年全国的に猛威をふるい、広がったらどんな農薬も効かないとされている「ズッキーニモザイクウイルス病」から復活したことである。
ともかく酢や焼酎、EM、ニーム、高い漢方資材等の混合液を毎日のように散布し続けたら樹勢が戻り、病気は完全には消えないが病気に勝っているのが完全に感じられる、野菜の中の自己免疫力を実感、これは自分にとり大きな学びで、やる気もわいてくる。
クソ暑く、クソ忙しい中で一番大切なのは気持ちだ、楽しくやりたいね、色々あるけど。

日時: 15:27 | パーマリンク



■ 2011年07月11日

もうすぐ復活、ゴールデンバット

 あれだけ鬼のように騒がれていた嫌煙権活動がピッタと止んだ。
ニコチンとセシウムでは格が違う、愛煙家にはありがたい。
嫌煙権活動も科学物質で世界一汚染されている日本の状況に目を向けさせないように経済界や医学会が仕組んだ煙幕だ、勿論原子力村も絡んでいる。
レジ袋や割り箸にみんな大きく気を使いながらとんでもない核のゴミは問題にしないいびつな社会、30年前に出された名著有吉佐和子の「複合汚染」と広瀬隆の「東京に原発を」は跡形も無くもみ消された。
その30年間の間に問題解決への研究をしてればいいが、それさえも拒んで時間だけが過ぎた。
世界中に悲劇は山積みされているのにみんなで安泰な生活を蝕んだ、取り立てて誰が悪いのでもない、みんなで悪い夢を見てたんだ、目を覚ませばいいだけ、自分の心の中のエゴを見つめなおすのにはいい機会、様々な問題が吹き出て疲れている人が本当に多いみたいだ。
こんな時こそ一日一日を大切過ごすしかない、人間関係が一番だ。
そこが一番疲れるとこでもあるけどね。

 梅雨明けて厳しい暑さが予想される朝ラジオから「美しき青きドナウ」、研修の3人も来るしがんばんべと気合が入る、ハウス内のトマトたちの温度を下げるべく遮光資材を吹き付けていたら圭太から腹が痛くて動けないとSOS,救急車で病院に、軽い尿道結石、盲腸とかでなくて良かった、夏の物語の一つ。

日時: 16:40 | パーマリンク



■ 2011年07月01日

親があっても子は育つ

 まさにバケツをひっくり返したような雨、それも5年に一度経験できるかどうかの凄いのがこの梅雨は2度目、この前のは竜巻が生まれる寸前のどでかい宇宙船のような真っ黒な雲が底から雷を撒き散らしながら接近してきた、まずは家が心配と家路を急ぐ途中大雨、その時新スタッフのマコトは教習所で運転していた、教官がいい人で「こんな経験はめったにないからいい練習だよ」と教習を続けてくれたそうだ。
今度の大雨の時はマコトと一緒に帰る軽トラの途中電気系統が濡れてエンスト、近くにいた圭太に車で引っ張ってもらってエンジンがかかった。
ポンコツとの付き合いが長い我が家では日常茶飯事、もう何十回と圭太にも引っ張ってもらっている、車が多い夕方の雨の中細い街中を切れそうな短い紐走り回ったが、引っ張る圭太もさすがで慌てず的確な運転で引っ張ってくれているので大いに助かった。
マコトはまたとない経験ができた。
街生まれ育ちの35才はこの1ヶ月間ほとんど休み無く朝6時から夜8時頃まで汗と雨と泥にぐちゅぐちゅになりながら何回も「まだ全然大丈夫です」笑って返す、根性が座ったやつだなと感心する。
彼は破滅した家族関係の中で育った、子どもをいじくりまわす中途半端な家族よっぽど幸せだ、「親がいても子は育つ」との希望の言葉は安悟の戦後の名言。

日時: 16:09 | パーマリンク