畑のトン汁
帰りの電車で気持ち悪くなり途中の駅で降りトイレに行こうとしたがダメ、線路は無理、さすがTX、構内にはいたのは若いとき以来、ごめんね。
この所まったく飲んでいないワインをがぶ飲みし、普段の夜は酒だけなのに、十数人のコック活躍する帝国ホテルでのディナーなんてもう二度とないだろうと試しに食いまくったのがきいた。
みんな過もなく付加もなく、畑で作るトン汁のほうがはるかに美味しい。
読売新聞の国際協力賞で仲間のCODEが受賞し、ペシャワールの会のアフガンで死んだ伊藤君が特別賞の式なので、ヒゲ面で汚いのもけっこういるだろと思っていたら、数人しかいなかった、知り合いはいないなとあきらめてたら、一番汚いのが隣に来てしばらくいた、似てるけどたぶんちがうんだろうなと思っていた、話しかけたら、ちゃんぷーるのオスギだった。
神戸の震災の時1年間タッグを組んだ仲間、そこに避難所の体育館でアジを焼いた新松戸のつるぴか小林さんが現れた。
3人いると心強くなる、援助チームの若い元気なスタッフたちとも話せた。
この前姉貴を亡くし気を落としている神戸のカラの先日激励の為バッティングセンターに誘ってくれたやつもいた。
彼は阪神ファン、ナベツネのところなら虎のユニフォームをと考えたが、「それだけは、500万円がパーになる」と止められただけあって、唯一ボディーチェックされたそうだ。
神戸の震災から咲いた世界災害救援隊は発足以来全ての災害に付き合い続けている。
合言葉は「最後の1人まで」。
伊藤君がペシャワールの会に面接に来た時はひ弱な26歳、それから5年間アフガンで百姓をしていた。
技術もないのに指導なんておこがましいと、現地の人とひたすら開墾していた姿なども映し出された。
行動隊長の村井さんにお祝いをわたしたら「助かる、交通費で困ってたんや」。
やったー、カネが生きた。