▼ブログ帰農人

知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。


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■ 2008年10月25日

読売は嫌いだけど、国際協力賞

 この夏は10年分の雷様が襲来したが、その最後っ屁の暖かいスコールは乾きかけてる田んぼにたっぷり水を張り、切り株から出たひこばえが伸び、5月の田んぼのようであり、失敗のせつなさよりも希望が勝り、なんか嬉しかった。
夕方には小雨になったがびしょびしょで帰ったら予定している初糀の仕込み作業がまっている、小量なのでガスと考えてたが、やはり初釜、初床いれ、薪を使ってちゃんとやろう、条件の悪い時ほど力の見せ所と気合が入った。
帰ってすぐにカマドを設置、釜やセイロなどは半年振りに使用、どれも保存状態が良くさっと洗えばばっちり、古い道具たちと仲良くなれることで自然と文化に深く関わっていく実感が得られ嬉しい。
さあ、半年間頼むよ。
冬の始まり。
 第15回「読売国際協力賞」にCODE(海外災害援助支援センター)が選ばれた。
神戸の震災の後知人たちが設立した団体で、実働隊の責任者の村井さんは、すぐに立ち上がった「ちびくろ救援ぐるーぷ」の指揮をとっていた。
初めて被災地に野菜を積んで、支援先を探していた日に、公園の中におかしなテントが立ち並び、薪の火燃えるティピーの中で、靴職人のおっさんが救援に駆けつけた女学生たちと真剣に話していた。
村井さんだ。

日時: 14:36 | パーマリンク



■ 2008年10月19日

稲刈り終えて再出発だ

 今日は赤城神社の神輿が出る。
この日までには田畑の仕事を片付け、余裕を持って参加したいと毎年向かうのだが今年は最悪に遅れまくった。
でも昨日うちの稲をようやく刈り終え、今日ホタルの会の黒米を脱穀を終えたら途中からだけど神輿を担ぎにいける。
明日からは雨空に目くじらを立てる日々は終わる。
泥試合の戦いの中除草剤のことをよく考える、昨日もヒエに埋まった田んぼの中でコンバインのエンジンを修理中に農機具屋親父さんに「薄く除草剤を撒いたら、トキの田んぼだって使ってるよ、でも生き物が復活するんでしょ」との言葉に心は揺れる、それはおれも考えていた。
でももう少し挑戦してみようと思う。
各地で頑張っているひとたちもいる。
新設の井戸水をうまく利用すればかなり効率よく丈夫な苗を作れるし、手伝いに来てくれる人も増えてるし、何とかなるだろう。
豊受姫の大神は稲の神、相談してみよう。
 おふくろの3回忌を終えた。
その日はイッシーの送別会と友人の誕生日も重なった。
このところ縁の繋がりが放流のように押し寄せて、マサと凄いねとよく話す。
数日前に久々に母の夢を見た。
なんとも破廉恥な世界だったが、その恥じらいと毅然とした態度に母は輝いていた。
その後毎朝の線香上げの気持ちも変わった。

日時: 14:57 | パーマリンク



■ 2008年10月10日

彼岸花なしおれたに日に

 数日前にトロが死んだ。
一年前に白血病と猫エイズをになり、何度か死にかけたがそのつど刺身をやると元気になったが、今度は超高いのをやったがだめだった。
臭くとも、惨めに禿げ上がっても、かわいい、かわいいといじくりまわしていた兄弟のような小5の貝人の布団で数日を過ごし、みんなが起きて暖かい薪ストーブの指定席に寝かされ、貝人が死に水をやり、なでていたら逝ってしまった。
人の言葉もよくわかり、とても我がままで、意地が悪くとても人間臭い猫だった。
オカマも掘ってたもんなぁ。
夕げ前、みんなで埋葬、良き土にかえるようEM液をふり土饅頭を作り、刺身と果物を供え、1人づつともらった。
土饅頭の上の数重本の線香がとても美しかった。
俺は懐中電灯で照らしながら何故かBGMを「あ、あ、あーあー」とうなっていた。
後で麻実が「父ちゃんが歌ってたの篤姫のやつだよね」と、なるほどそうだったのか。
今日もまだ終わらない稲刈り作業をしながらやっぱり同じBGMをうなっていた。
多くの人が手伝ってくれたり、機械を貸してくれたり、あと数日中にはかたがつきそうだ。
来週の金曜はイッシーの送別会だ、明日は最後のおじさんの1周忌と三省の会、おふくろの3周忌、けさ夢に現れた母はりりしくかわいかった。

日時: 15:45 | パーマリンク



■ 2008年10月03日

生まれ出る瞬間

 この夏よく手伝いに来る学生二人がヒッチの旅をした。
洋平は広島、ともは長崎、2人とも用賀のパーキングから始めたらしい、ともはスケッチブックに行き先を書きひたすら待って4時間で乗せてもらい、その後10台くらいを乗り継いで長崎に4日間で行った、そこであったゼミで話したら女学生2人も帰りはヒッチに挑戦、楽しかったらしい、そのことを洋平に話したら「用賀では僕も3時間待ったよ、併設してる店の人に話したら声かけてくれて5分で乗れたよ」なんて自信たっぷりの笑顔、ヒッチは貧乏旅行の基本、おらもデンマークからトルコまでヒッチの旅をした、各地の旅行案内所でもらう地図にはヒッチのしやすい場所などが記されていた、パリからの出口なんかは100人近くがやっていたがけっこうスムーズに乗れたりもしたしトルコではひまわり畑の中トラクターの後ろに乗せてもらったりした、ヒッチの文化が国内でもまた盛り上がったら面白いな。
 いじめられたばーさんコッコは1人外で生活している。
餌はやってないが元気さを増し卵もいっぱい産む、貝人が木のしたで卵を発見したというので探していたらまさに産む構え、イッシーといずを呼んだその時にポコ、「俺、小学校いらい」と、俺も貝人が出てくる時以来だ。

日時: 13:54 | パーマリンク