土瓶と鉄瓶
この冬、七輪の上には土瓶がのっている。
それまでは南部鉄瓶が長年鎮座していたが、七輪を出した火に空焚きし穴を開けてしまった。
朝、起きて一番の仕事は七輪の空気穴を上げることだ、薪ストーブに火をつけ、ご先祖様に水を上げ、新聞を取ってきた頃には湯が吹き上がっている。
茶を何杯も飲みながら新聞を読む。
福田さんが「食料自給問題をもっと国民が自覚しなければいけない」などと偉そうに言っている。
農業はどうなってもいいが本音が本音の政府や官僚たちはまるで無策だった。
莫大な農業予算も土建屋、機械屋、JA等に吸収されるだけ、それが暮れからの世界事情で急に農政に対する発言がバカ多くなった。
自給を増やせ、バイオをやれ、燃料の効率化にはさらなる補助を、毎日のように農家に迫ってくるが、どの政策も全て付け焼刃、長期展望は見えないし、信頼できない、ともかく危機管理能力が欠如している
のは確かだ。
そして中国産。
しかし土瓶の湯は柔らかい、黒金の鉄瓶から噴出す蒸気にいつも蒸気機関車を思い返していた、中学生の頃はSLマニアで全国を旅していた。
機関士にあこがれた、今もよく夢を見る。
土瓶の世界はまだ良くわからないが、縄文の匂いがする。
なにせ不思議なのだ、土の器で湯を沸かすことが。
数日前から猫たちが毎夜悲鳴を上げている。
最高にしばれるときにいつも鳴き始める。
猫の集会にトロはいけない。