手作りの半纏は形見になった
一番最初のお客さんであり、その後の25年間支え続けてくださったM女子85歳が亡くなった。
22歳の秋、有機野菜を積んだトラックの引き売りが真澄屋の始まり、ガリ刷りのチラシを販売場所周辺に配り初めて売りに行った日は雨だった。
ほんとに買いに来る人が来るのか心配だったが、周辺をマイクで放送し所定の位置で店を開くと、すぐさま、傘をさし買い物籠をたづさえたおしとやかな婦人がスタスタと現れ、当たり前のように野菜を見回し生姜を買ってくれた。
その生姜を大いに気に入ってくださり、野菜の奥深さを教えてくれた。
野口整体の野口春哉(はるちか)の直接の指導を受けており、喘息になった俺には「歯をよく磨くといいみたいよ」などと摩訶不思議儀な呪文のような言葉をもらい、どこか納得がいかないながらも、歯を磨く
時にはよく思い出す言葉だ。
俺にとって「品の良い人」の代表のような人だった。
だんなさんは3年前に亡くなった。
耳は聞こえないが絵画やヒョウタン作りを愛したタヌキのような愛嬌がある人だった。
親族も遠く、密葬でやりたいと相談があり、檀家であり一番好きな光明院にお願いし、弟子のSさんにともらってもらった。
Mさんはとても評価し、病床の床で必ずお経はSさんにと言っていた。
数人が見守る中お経と話しがあり、初めてお経のありがたさを感じた。
そのことを言うと、「今までは」とむっとされてた。