▼ブログ帰農人

知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。


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石ころとの対話、それは縄文

 田畑で石ころは刃物の大敵、取り除く対象であるが、山は石ころの天下だ。
富士の外輪山である金時山は火山層であり石ころが生きている。
落ち葉の堆積と石のかけらが混じった土は触っても手に汚れがつかないくらい粒子が粗い、苗物を育てるのには良い土みたい、苔は元気だが、腐敗感がまるでない、清涼な空間である。
この空気を何とか田畑に持ち込めないかとの思考は新鮮であった。
年一度のバースディー登山に初めて参加したマサは、なんと始めての登山だと知った。
気後れするマサを、多くの年寄りや幼子の登山者の存在がこれはいかんと尻を押し上げてくれた。
何百回も登る人が多い愛され続けたこの山の道はとてもしっかりしていて、過剰な整備もなく、誇りや文化の香りがする。
このところ田んぼの中をうんとこしょと除草機を転がし続けた身体にはとても快いアクセントであった。
見晴らしも最高の目と心の薬。
がきどもが楽しそうなのが一番。
 畑ではナス、キュウリ、ピーマンなどの野菜たちが収穫をまじかに控え、根作り、葉つくりに懸命な息づかいを感じる。
早く実がほしい心を抑え、根や茎を作る我慢の作業が心地良い。
これも百姓12年の歳月を支え続けてくれた、わが身に家族、友や縁者の支えである。
自然との対話は時間がかかるものだ、でも千年単位の歴史がとても身近になるかも。