▼ブログ帰農人
知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。
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■ 2007年06月30日
トマト
トマトはアンデスの高地で生まれた。
ガレ地でも地中深く根を伸ばし、強烈な太陽の陽射しと急激に下がる夜温を上手く利用して育つ、日本の高温多湿は苦手なのである。
だから足元に雨がかからないようにビニールの屋根を張る。
当然昼の温度も上がるので、夜との温度差がつきよく育つ。
トマトの考えていることは子孫を多く残すことが本望だ。
小さな美味い実を沢山つけ、鳥たちに糞と一緒に種を撒き散らかしてほしいのだ。
人が好んで食べる大玉のトマトは彼らの望むべき姿ではないのだ。
品種改良を重ね、その上で、どんどん出てくる脇芽を摘み、時には花も摘み、数個に栄養を集約させ太らせる。
どの野菜もそうだが、生育の頂点になったり、雑草が多い、肥料が少ないなどの要素が出始めると、一気に種を作ることに走り始める。
そうはさせるかと、脇芽を摘んだり、肥料を足したり、、余計な葉っぱを落としたりして、ストレスを極力なくし、ぬくぬくと育ってもらい、子孫のことを忘れてもらい、人に都合のよい実を多く作ってもらうのが農業技術である。
なんかだましてるみたいだね。
でも、そんなに上手くもいかないんだ。今年は暑い、6月は真夏日が8回もあった。
平均は2回。
このままでは、早く終わりそう。
今日は曇り、ハウス内でも作業OK、葉を落とし、下に下げることに専念、お願いね。
日時: 09:52 | パーマリンク
■ 2007年06月23日
お産婆さん
大きな夢が一つかなった。
出産ヘルパーを20年以上夢見ていたマサに初仕事がきた。
以前、知り合った守谷助産院の白井さんからヘルパーの依頼がきた。
初石の人で、30歳初産、生まれる前に挨拶に言ったら、超知り合いの夫婦でお互いにびっくり、以前農業スタッフのカントの兄貴の亮太郎、レゲエのミュージシャンだ。
縁って凄いなと改めてびっくりした。
予定日を1週間過ぎても陣痛が来ない、42週になったら病院行きだ。
様子をちょくちょく見に行かないのとマサに聞いたら、「あせらせちゃうのが一番いけない」とのこと、そうだよな、予定日を過ぎると周りがあせってくる、俺がいつもそうだったようなきする。
夕方畑に彼らが顔出した。
なるべく歩いて働いていたら早く生まれるからとのこと、「病院でもいいじゃないか」と話しながらも、できれば家でと、願っていた。
彼らの事よりも、せっかくの初仕事をマサに気持ちよくやらせたかった。
夏至の前日の夜電話が鳴った。
「陣痛みたい」。
マサはルンルンで向かった。
朝、いい顔で帰ってきた。
4時半ごろ生まれた、男の子。
数年ぶりの徹夜も嬉しそう、産婦を支える足腰に力が入り、山登りの後より筋肉が張っているそうだ。
初仕事の給与3万円。
ありがたく仏壇にささげる。
次は12月だそうだ。
夢はかなう。諦めなければ、本当にかなう。
日時: 13:03 | パーマリンク
■ 2007年06月16日
夏の時間
枝豆の出荷が始まった。
これから3ヶ月間、土曜をのぞく毎日、昼飯後の暑さがピークの時に、木かげでラジオを聞きながらのありがたい仕事、さらに豆の出来がいいと、至福の午後になる。
今年は思い切って、広く植えたのでヒョロからズングリ型に明らかに違いがわかる。
少しづつ増やしてきた畑がようやく追いついた。
余裕を少しは作り出せたんだね、そして結果がついてきた。
良い物があれば、悪いものもある。
必ず少しづつ良い物が増えていく、良い仕事だねぇ。
あの世作家の浅田次郎が今度の映画「憑神」では、貧乏神に疫病神に死神と、うちのご本尊様が出ていらっしゃる。
ええことである。
ここ30年これらの神様たちは休んでおられた、というより凄まじい欲望経済活動に押し込められてしまっていたのだが、やっぱり人たちは貧、病、死などに怯えながら、それだからこそ、肩をよせあう、人の影が濃い世界の方もいいかもと、世の中がシフトできればいいんだが、、、、。
パレスチナが内部分裂した。
あそこが解決しなければ世界に未来がない。
北朝鮮問題とは次元が違う、国よ、頑張って素敵な外交をしてくれ。
稲が根付き、盛んに分けつを始めた。
元気な株は扇を広げたように開帳する。
茎が太いと頼もしい、7月には穂が茎の中を登ってくる。
草取りだ。
日時: 13:03 | パーマリンク
■ 2007年06月10日
血なまぐさい導き
仲間の遺産の農機具を引き継いだ。
最新式の米作りの大型機械たちだ。
42才、有機で頑張り地域をリードする役わりを持った男だったのに、堆肥撒きの機械に洋服を巻き込まれて窒息死はあまりにもあっけなかった。
農作業はほとんど1人でやっていた。
連れ合いもノータッチ、息子は3歳、後は婆ちゃんだけ。
農家をたたむしかなかった。
へたすりゃ代々の家も潰れる。
婆ちゃんの顔を見るのも辛い。
変な縁だ。
田植機を以前もらったが、買い換えた新しいのも来てしまった。
田んぼはそんなに広くないので田植えも1日ですみ、稲刈りなども数日だけだが、高い機械を買い込んでいる。
畑仕事を最優先したかったのだろう。
食い散らかしのような片付けが追いつかない資材たちにその多忙が見える。
何で仲間を作らなかったんだ、かあちゃんにもやらせなかったんだ、なんも引き継げねえぜ。
以前彼からもらったワラ切り機で仲間が指をなくした。
機械のせいじゃないと捨ててはいない。
利き指を失った仲間は10年後の今再び帰農の計画を立てていると先日連絡が入り、一つの供養を終えたと思っていたのに、今度は事故があったブロードキャスターも引き取るかもしれない。
それも供養か?。
雨の合間に機械収容の為のハウスを大急ぎで立てていたら、ひょいと圭太が現れ手伝ってくれた。
あの世で導いていやがる。
日時: 12:08 | パーマリンク
■ 2007年06月02日
石ころとの対話、それは縄文
田畑で石ころは刃物の大敵、取り除く対象であるが、山は石ころの天下だ。
富士の外輪山である金時山は火山層であり石ころが生きている。
落ち葉の堆積と石のかけらが混じった土は触っても手に汚れがつかないくらい粒子が粗い、苗物を育てるのには良い土みたい、苔は元気だが、腐敗感がまるでない、清涼な空間である。
この空気を何とか田畑に持ち込めないかとの思考は新鮮であった。
年一度のバースディー登山に初めて参加したマサは、なんと始めての登山だと知った。
気後れするマサを、多くの年寄りや幼子の登山者の存在がこれはいかんと尻を押し上げてくれた。
何百回も登る人が多い愛され続けたこの山の道はとてもしっかりしていて、過剰な整備もなく、誇りや文化の香りがする。
このところ田んぼの中をうんとこしょと除草機を転がし続けた身体にはとても快いアクセントであった。
見晴らしも最高の目と心の薬。
がきどもが楽しそうなのが一番。
畑ではナス、キュウリ、ピーマンなどの野菜たちが収穫をまじかに控え、根作り、葉つくりに懸命な息づかいを感じる。
早く実がほしい心を抑え、根や茎を作る我慢の作業が心地良い。
これも百姓12年の歳月を支え続けてくれた、わが身に家族、友や縁者の支えである。
自然との対話は時間がかかるものだ、でも千年単位の歴史がとても身近になるかも。
日時: 14:34 | パーマリンク