▼ブログ帰農人
知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。
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- レコード復活
hnojaxzap [09/17 00:31]
crujegirvokg [09/25 10:19]
gfplwye tmbypfxqw [09/25 14:20]
gpqwb pmkrsh [09/25 14:20]
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- カリスマ農家
jun.noguchi [01/24 15:28]
野良区画No34 [01/29 13:23]
西澤 ユキコ [02/02 19:00]
岡崎 学 [02/15 10:56]
あち [02/17 17:36]
- 文太がテレビを見ていた
野良区画No34 [02/03 14:34]
あち [02/17 17:25]
- 初めての左官屋さん
栄ちゃん [01/17 19:12]
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■ 2007年01月27日
文太がテレビを見ていた
NHKの放送のあと数日は頭の中を「カリスマ」の文字がなり続けていた。
一体何なんだ、どうゆうことだ、良いのか悪いのか、いまだにほとんどわからない、まっ、ほっときましょうと落ち着いて来た矢先の畑に、ニッポン放送から出演の以来が来た。
「ニッポン人の底力」、毎日曜日の朝5時半~6時の番組で、各界の「地に足をつけた生き方をしている人を迎えての対談番組で文太と共に日本のあるべき姿を探っていく番組だという。
なっ、なにブンター、トラック野郎のカマジー(千と千尋)の菅原文太!!。
とんでもない事が起きてしまった。
まあ、カリスマより文太の方が良いよな。
先日ジサマから「あんたがあのスマトラの~」だって、いいねぇ。
しかし、俺ちんは名前に極端に弱いのだ。
今までも名のある方々の前では、いつも上がってしまう自分が情けなかった。
とても心配、だって文太さんとさしで1時間だもの。
文太さんとは映画の共演者であった弓さんに電話してアドバイスをお願いした。
「むこうも初めての人に対しては緊張してるんだから、ほぐしてやるくらいの態度で行けばいいのよ。」と目にも鱗のご解答、ありがとう。
いつものまんまで行くよ、何も考えない、ネタももたない。
誠実にやるだけだ。
今度は弓さんからの電話、「オオタカの森について教えて?」。
収録は2月6日、放送は3月初。
■ 2007年01月20日
カリスマ農家
カ、カ、カ、カリスマ農家?なんだそれ、ブログ百姓や起農家なんて出るんだろうと思っていた。
本来目立ちたがり屋の俺にはなんとも甘美な響きだが、ちょとこれは問題だ。
勉強不足、資金不足で営農形態は試行錯誤の状態であり、年金の免除申請を出し続けている経済状態である。
専業農家から見られたらとても恥ずかしい現状である。
すぐに足をすくわれそうで怖い。
問い合わせが続く、百姓になりたい、見学したい、取材したいと様々だ。
ともかく受け入れて、共に考えていくしかないだろう。
出会いは出会いだ。
大切にするしかないだろう。
ちゃんとできるかが心配だ。
自然食の店を開いた頃からの夢は「街と村を結ぶ八百屋」だった。
その意味では夢がより具現化している事を素直に喜べばいいのだけれど、ともかく貯金ができない、常に30万の貯蓄ができない。
俺の身体も何処までもつか心配も付きまとう。
どこがカリスマだ。
店が大変で家にいる時間が中々持てなく、すれ違い、コミニケーション不足のサラリーマンのようなマサをスタッフのひらめは「仮妻」と名づけた。
そんなもんである。
日々家庭内の問題と中東やアフリカの苦悩を一緒に考えながら暮していきたい。
今日は農業小学校「野良」の新年会。
いい会に育ってきたのが嬉しい。
外でユリカモメの群れが小雪の中を飛んでいた。
■ 2007年01月14日
レコード復活
珪藻土を塗って生まれ変わった我が家の片付けはいっそう力が入ってきた。
押入れの中の処分をしていたらレコードのセットが出てきた。
スペースもできたので思い切ってセットした。
最初は中々いい音が出なかったが、毎日、レコードのほこり取り作業のつもりで数枚づつかけていたら、段々音がよみがえってきた。
アンプとレコーダーは高級品であるがスピーカーがない。
台所のラジカセのスピーカーを切ってつないだ。
アンプ内のほこりが接触を悪くしているので中々ステレオ音が出ない。
いつもスイッチをカチカチやっている。
そのうち完全復帰させてやる。
年初めでありデスクワークがけっこうある。
がきどもがいない時、ドブロクをやりながら昔のレコードをかけるのは至福の時間である。
CDになってから音楽をかけるという作業はどこかにいってしまった。
歌ったり、楽器をいじることも、いつかはもっと音楽と遊ばなければといつも思っていた。
レコードのジャケットを立て、暇があればライナーノツを読む、エルビスには身体が踊り、昔のスタッフの郷ちゃんには涙した。
いまだにCDには違和感を感じている。
やっぱり俺は昭和の人間なんだろう。
昨日最後の撮影が終わった。
休みの店を開けたり、野良の臨時講習をしたり、多くの仲間に無理をお願いした。
久々に真夜中にゲロをはいた。17日だよ。
■ 2007年01月06日
初めての左官屋さん
築40年の我が借家には土壁が多い。
その漆喰の上に珪藻土を塗った。
太古の海底に積もった生き物の死骸であるこの土は七輪などに使われてきたが、波動がが良いので健康ハウス作りに良く使われるようになったが、時間も金もないとあきらめていた。
暮れに宮大工の泰平が飲みにきてこの話が一機にまとまり、道具をそろえ、材料ももらってきてくれ、ここ2日間家族総出で一気に仕上げた。
土をこねて塗るという左官作業は初めてで完全にはまってしまった。
でこぼこもかなりあるが愛嬌があって面白い。
泰平はあっちこっちをきれいに直してくれた。
臼の割れを500年前のヒバの古材でくさびを作り直してくれた。
その数々の道具やかんな掛けの仕事振りなど自体が芸術である。
年の初めにとてもいいものを見せてもらった。
家の中もすがすがしくなり、百姓らしい正月がとてもありがたい。
今日も片づけが続く、泰平は包丁やかんな次々と研いでくれる。
暖かくしては良く研げないと、外で冷たい水を使っている。
物凄い切れ味だ。
本物の切れ味を始めて知った。
割引券をもらったので3日に下匹を連れて富士急ハイランドに行った。
俺は見てるだけと考えていたが、絶叫マシーンの数々に乗る羽目になった。
何度も死んだ。
臆病な麻美が一番強かったのが嬉しい。