きれいな死
赤城神社で神輿を担ぎながら多くの人と母の全快を祝った。
このコラムにも書いた。その翌日に倒れるとは。
弟の家で草むしりなどをこなし家族の帰りを出迎えた。
「おかえり、風呂沸いてるよ」と声をかけた後畳の上に倒れた。
蜘蛛膜下出血だ。
病院についてまもなく呼吸や心臓が停止したが、脈だけは戻り、翌日の深夜に逝ってしまった。
これから色々なことができる、今までに薄かった母に対する愛情も深まればとの思いも全て終わってしまった。
数日悔しくて、亡き父を恨んだ。
墓石を明けると父の壷が一つ寂しそうにあった。
母の壷が並べられた時安堵感が沸いた。
その後きれいな死に方だったのかな、との思いが膨れあがってきた。
7年前の病魔から完全復帰し、臨終も親類たちが大体駆けつけるまで待ってくれた。
手紙や日記を読み、アルバムをめくり、親類等の話しを聞いていたら少し父母の実像が見えてきた。
49日に送り出すまで7日ごとに経とうを唱え供養をしようと思う。
19、20と父と同じ光明院で葬儀をしたが、最低限のお知らせしかしなかった。
したくなかった。すみません。
昨年亡くなった義兄の仏事の為葬儀の夜マサは秋田行きの夜行バスに乗った。
下のチビ3匹は仲間が預かってくれ泊まりに行っている。
久々の静寂。
おっ、酒がうまいぞ。深酒はしてないよ。心配御無用。