▼ブログ帰農人

知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。


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  • 命の逆ばね
    リョウカン [08/31 21:08]
    nzocp uhtdsml [09/27 22:07]
    echvts qxbf [09/27 22:07]

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■ 2006年08月26日

化成と有機こんなに違うの?

 生ゴミ堆肥をいただいている白井のフジコーさんから堆肥の効果を田んぼで調べたいとの申し出があり、あまりできが良くないので辞退したが、田んぼではあまり使っている人がいないとのことでしぶしぶ受託、土壌協会なるジサマ2人はうちととなりのNさんの田んぼにせっせと入り、背丈や分けつ数、穂の様子などを数えだした。
スコップで根っこごと掘り出し、水で流し、根の様子を観察、どれをとっても部が悪い。
「だからやだって言ったのに」とフジコーのH氏にうったえると「Nさんのサンプルの穂なんか抜いちゃおうか」と笑っている。
堆肥は4百㎏入れた。
となりは化成で40㎏。
でも窒素換算では1㎏の3㎏、3分の1しか窒素が入っていない。
計算上30倍の苦労をしないと普通の農法にはかなわない。
みんな軽トラでまいてるよ、と簡単に言うが、我が田んぼは深いところばかりでトラクターすら往生するところばかり、微生物の投入で効率化を図っているが中々上手くいかない。
でもなんか手はあるはずだ。
レインボー農園の笠原が日本の有機農業の視察に来たフランスの大学生を連れてきた。
スイスの有機農園で6年間研修したという。
仲間との出会いは元気をくれる。
世界中の百姓が悲鳴を上げている。でも百姓が未来を握る。

日時: 15:29 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



■ 2006年08月20日

命の逆ばね

 蒸し暑い残暑が到来、夜も昼も窓や玄関も全開、扇風機も回しっぱなし、ほとんどパンツ姿であるがそれでも暑い。
家に誰もいなかったのでパンツも脱いで高校野球の観戦、ものすごい極楽である。
ついビールを飲みすぎて夕方まで寝てしまった。
起きるとそばでイザナがバスケの試合を見ていた。
醜態をさらしてしまった。
今年はセミの鳴き声も少ない。
虫の多くは百年に一度の寒い冬を乗り切れなかったのであろう。
でもそれでも生き残ったやつらは当然生命力が強くその子孫も優秀であろう。
来年以降は力強いカエルやセミの鳴き声が戻るであろう、アブラムシ等の害虫も当然増えるだろうな、でも生き物は多い方がいい。
夏は命が躍動するがその死も多く見かける。
秋作の準備でトラクターをかけながら、土は死骸の固まりだけどそれぞれの生き物が送った記憶や思考は消えてしまうのか、それともどこかに染み込んでいるのかなどとつい考えてしまうのもこの季節だからこそだ。
2年前に半年ほどアルバイトをしていたリョウカンが突然現れた。
タキイ種苗の研修所を経て今は松本の自然農法センターにいるという、突然辞めて連絡もなかったの
で心配していたが、彼も迎えられて涙ながらに感謝していた。良かった。

日時: 15:26 | パーマリンク | コメント (3) | トラックバック (0)



■ 2006年08月14日

千年の引継ぎその2

 委託された水路掃除は1週間で終えた。
涼しい時間帯を選び一人で、あるいは4人で合計約40時間かかった。
部落総出の時は80時間になるので半分の効率化だが、山ほどある自分の仕事を止めて時間給2500円はちょっとなさけない、百姓を始めて数ヶ月のメンバーの不慣れを考えれば来年はさらに半分の時間ですむであろうから続けられそうだ。
何よりも一番気を使ったのが自分の田畑の草取りである。
この作業に入る前に草取りをしまくった。
うしろ指をさされたくなかったからである。
作業終了の報告に行くと、委託したことに対する文句は一人だけでみんな大喜びしているとのことで胸をなでおろした。
作れば損をするような米作りに苦労はしたくないのがみんなの本音だ。
これで放棄する田んぼの減少を少しは食い止められたと誇りに思おう。
昔の八百屋仲間で飯田で帰農して18年の夫婦の所へマサと遊びに行ってきた。
ジジババの面倒を見ながら3人の子どもを留学させるなど立派に育て上げ、働きまくっていた。
失敗の連続の中周りの人に助けられて今があるとしみじみ語ってくれた。
54の彼はまだ開墾を続ける意思があり、60の彼女は縮小しようとささやく。
農地、技術、生き方の引継ぎをここでも模索していた。

日時: 21:54 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



■ 2006年08月04日

千年の引継ぎその1

 ちょうど穂が出始めた7月末、田んぼへの水の供給が止まる。
今度はすぐに水路の掃除「堀ざらい」の共同作業が各部落である。
秋の稲刈り時に乾いて気持ちよくコンバイン作業ができるように水路全体の草を刈り、クワでさらっていくという仕事で、8月の第一土日あたりで家から一名召集される、これない人は3千円払う、北小屋の部落では40人位集まる。
大体夏の日きわまる風もない日で、休むにもまるっきり影がない。
2時間で300坪の田んぼ200枚の水路がきれいになる。
参加者も平均70位、ほとんど不平も立てず元気にこなす。
昔にくらべりゃら、こんなものへでもねえ、と言うような百姓千年の根性が感じられ大好きな行事であり、毎年積極的に参加してきた。
7月はじめ話が来た、「堀ざらい、全部引き受けてくれねえかなぁー。」
組合の代表のYさん。
1本の水路1万5千円で7本で10万5千円でどうかな、安いかなぁ、とのこと、半分くらいならできるがと断った数日後、「半分だけやるって部落の中で面倒くさいでしょうから、全部やるよ。」と承諾の電話をした。
水が止まった日からすぐに作業を始めた。
幸い、曇り空が続いた、今だ、苦労は10分の1ですむと張り切った。
T氏に途中報告、「きれいだね。」とのお墨付き、続く。

日時: 14:52 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)