▼ブログ帰農人

知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。


カテゴリ


アーカイブ


エントリー


コメント

▼お問い合せ

真澄屋では皆様からのご意見・ご要望をお待ちしております。商品に関すること、配達に関すること等お気軽にお問合せください。

● 真澄屋

〒270-0157 千葉県流山市平和台3-4-12

TEL / FAX:04-7159-5328

E-MAIL:yaoya@masumiya.net


« 焼けつく肌に年を感じた | メイン | 7月 »

リヤカー一つが原点

暑い日差しの中、自転車にリヤカーをつけて進む婆ちゃんがいた。
農作業に向かうのではない、風呂敷に何かを包み向かうのだ。
祝い事か仏事かは知らんが、「すべきことはする」という気構えを感じた。
農家のほとんどは金銭に余裕があれば必要もない大きな機械を買い揃える。
使わない畑の草をすき込むのが主な仕事に冷房付きの大きなトラクターを使っている姿を見るだけで心が痛む。
どこもかしこも滅亡寸前の無駄なあがきなのだ。
つくばXPが開通しなんか騒がれだし、できれば開発をとの思いがいっそう強まっている。
日本の将来の為にも、地球上の命の為にもこの地に豊かな農地を残そうと思っていても、どの農家にもそんなこと話しかけられない。
いずれ開発の夢が破れあきらめきった百姓たちと手をつなぐことからはじめるしかないと思ってきた。
そしてただ命と向き合う姿を認めてもらうしかないのだと、ヒッピーのフラワーチルドレンはは行動してきた。
強制的に指導納得させるオルグ敵活動は当然嫌いだ。
紛争や原発、金融、つまり一部の経済活動が地球を支配している現実を地球人みんなが感じ、地球全部が不安を感じている。
夢をかたれ、ゆめを。せめて反抗せよ。
ハワイのオワダ中佐はイラク行きを合衆国の大儀のもとに拒み、Wカップでは小笠原が常に君が代を歌わなかった。
俺も始めての入院中に先生とい権力に抵抗し続けた。
「ここから出せ」と、看護婦に言われた。
「ただの駄々っ子みたい」、悔しいがいい看護婦だ。また入院したい。