▼ブログ帰農人
知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。
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〒270-0157 千葉県流山市平和台3-4-12
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■ 2005年03月28日
ばあちゃん 早く帰ってこい
キュウレイコンという漢方の湿布薬がある。
腫れ痛みには良く効く。
秋田ばあちゃんは足腰がダメだ。
これを試してみたら痛みがだいぶ軽くなると、病院の湿布薬は使わず、毎晩風呂上りに貼っている。
チビたちがこねたりして準備してくれる。
畑を借りているフクばあさんも足腰が悪いと困っていたので、話しをしたらほしいという。
何とか時間が空けられた時は3ヶ月後だった。
作り方を実演してきた。
大変喜んでくれた。
うれしいのはこちらの方だ。
百姓たちの役に少しでもたてたのだから。
つんぼのOじいさんから畔つけと田植えの仕事を頼まれた。
畔をきれいにたてるのも、きれいに苗を植えるのも、人目を非常に気にする百姓たちだから大変緊張する仕事だ。
頼まれたのは会社立ち上げの第一歩として意義のある仕事であるが、心配だ。
1年で一番野菜が少ないこの時期、裏の畑に自生するノビルが大活躍だ。
こんなの売れるのと、疑っていた秋田ばあちゃんも売れることを知ると、せっせっとノビルを採ってくれる。
夏場まで持つ塩気の多いタクアンもばあちゃんと仕込んだ。
とても美味しくなった。
もうすぐ秋田へ帰る。
早く呼び戻そう。
日時: 10:10 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
■ 2005年03月25日
乳酸菌の証し
大きな鍋に2本の一升瓶を寝かして、久々に本格的に仕込んだドブロクを熱湯消毒をしている。
乳酸菌に死んでいただくためだ。
味噌,醤油、酒などの熱の出ない発酵形態で乳酸菌は、
腐敗菌の発生を押さえ、酵素たちが働きやすい状態をつくらなくてはならない菌であるが、暴れ出すと酢を作る作用をする。
酸っぱいドブロクは大体乳酸菌が頑張り過ぎたものであるが、良いかげんの発酵状態の時低温か高温で発酵を止める。
瓶の中の酵母菌は温かくなり元気に甘酒を食い荒らしアルコールと炭酸ガスを吐き出す。
ぶくぶくと、その泡は瓶の中から出ようとする。
最後のあがきだ。
泡の力がなくなってくるのは酵母菌が死滅している証しだ。
ごめんね、でも成仏してと瓶の中に温度計を刺し込み60℃近辺に目を凝らす。
良い菌を残し腐敗菌に成仏してもらう生死の境目が63℃だ。
そんなこと考えながらのんびりと瓶をくるくる回して遊んでいられるのは少しは生活に余裕ができてきた証しだ。
嬉しい。
昨日はバカ猫が初めてネズミを捕まえて畳の上できれいに食っていた。
麻美がボーリングをはじめてした。
桃太がバイクの免許を取れた。
記念日だ。
日時: 10:11 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
■ 2005年03月20日
黄金伝説
いつも東京に出ると脂汗と共に猛烈な便意をもよおす。
気が上がるのか、縮むのか、百姓生活とかけ離れた場所に戸惑うばかりでなんとも情けない。
十代の頃は鉄道マニアでSLを追い、山だ、コンサートだ映画だ、寄席だと誰よりも足しげく電車に揺られていたのに、車内で立っているバランスもぎこちなく、回りの人の絶妙の立ち姿に感嘆してしまうし、人の波を見るだけでおじけずいてしまう。
用を終え帰る時刻はいつもなら寝ている時間だ。
ひたすら我慢していると妙な会話が、「木の家にすんでねぇ、畑たがやしたりした良いんだ!)。」
と若い女性の会話が聞こえた。
古い文庫本を読んでる若者が隣りに、のぞくと古い農機具の開発や炊飯器と米の文化などのエッセイが書かれていた。
農的生活はけっこう流行されているんだとちょっとほっとした。
駅に迎えに来てくれたマサの車が見えた時本当にありがたいと思った。
日本人はつくづく働き者だなぁ、良く我慢しているしまじめだなぁと改めて感じた。
きっと突然に豊かで美しい黄金の国ができるかも知れないと昔と変わらぬ連結器の戸板を懐かしく眺めながら考えていた。
春の風がきた。
やはりお彼岸だ。
日時: 10:12 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
おめでとう さん
卒業式の間、一度も頭を下げなかった。
みんなが礼をするたびに、ぴょこんと桃太の頭が飛び出ていた。
手はポケットの中でちょっと斜めに傾いたつっぱりスタイルだ。
証書授与の為校長の前に出たとき両手を出し何気なく受け取り、礼もせず、すぐに片手をポケットに突っ込み下りてきた。
最後まで権威に突っ張り続けた姿に感動した。
学校は好きだった。
卒業式の練習等には楽しそうに登校した。
式に来なかった不登校の十数人を心配していた。
制服のボタンは全て女の子たちに取られたそうだ。
良かったね。
今日も寒い雨の中文句も言わずに一日農作業を手伝ってくれた。
卒業式中お祝いでなく価値観の押しつけが何度も語られた。
いつもうんざりする。
北朝鮮とどこが違うのか、遊びきれていない環境の中で良い子を押しつけられた中で心はひずむ。
日の丸、君が代、お偉いさん、どれにも尊敬の心がわかない。
やめてくれ。
米作りの先生として招待された小学校でも配慮ばかりの形式が鼻についた。
子どもたちの顔をじっと見て「おめでとう」と笑顔で言うつもりだった。
みんなと目が合った。
「おめでとう さん」。
思わず「さん」がついてしまった。
日時: 09:14 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
■ 2005年03月12日
いぶき
虫が這い出してくるのが啓蟄、今年は例年より遅い雪の啓蟄の二日後の小春日和に目覚めたようだ。
テントウムシ、アシナガ蜂、カエルにザリガニなどをいっせいに目撃、これからはワラなど運ぶ時に虫に刺されないよう注意しようとスタッフ会議。
アブラムシたちも、草たちもいっせいに増えるだろうから気をひきしめて早めの対処を心がけよう。
草も虫も倍々ゲームで増殖するので、あっという間に仕事は2倍3倍に増える。
怖いのである。
田植え用のもみ種も十日間冷水にひたし、さわやかな目覚めを促す。
草が多く、水もれが激しい田んぼにも耐えられるようなじょうぶな苗を育てたいが、自慢できるほどの苗ができたためしはない。
今年こそはとあまりはり切るのも飽きてきた。
毎年少しづつではあるが知恵は身についてきてるのだし、なるようにしかなんあんめいに。
まずは太い根をブッと出させよう。
芽が出るとき、それは聖なるであいだ。
ちなみにガキドモの靴下はいつも芽が出ている。
ホラって笑って見せる子どもたちも聖なる瞬間、怒られてぼたぼた落ちる涙もそう。
僕も他人の田んぼを間違って耕し、酒を持って謝りに、笑ってくれ、ほっ。
日時: 10:16 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
■ 2005年03月11日
消毒は破滅への道
今飼っている鶏は四歳だ。
産まれたてのヒヨコ七羽を育て、現在は四羽。
二羽は時々外に放している時戻ってこなかった。
一羽はドブに落ちた。
餌は残飯に野菜クズにクズ米、買うのは貝の粉だけ、年間千円くらいだ。
毎日平均三個は産む。たっぷり使える。
飲み水にはEM菌を少し入れている。
だからモミガラをたっぷりひいておくだけで良い肥料ができる。
臭くない。鶏も乳酸飲料を飲んで元気だ。
家の回りには籾摺りや精米時のカスがそこいら中にあり、畑にも生ゴミ堆肥まどを埋め込むのでいつも野鳥がいっぱいだ。
サギもカモもカラスも渡り鳥も来る。
昔の家なので床下にはいろんな猫が住中し、アオダイショウも時々家の中に侵入してくる。
消毒なんかするもんか、子どもたちの予防接種もぜんぜんしてないのになんで鶏を消毒せねばいかんのか。
家、鶏舎、田畑や河川、人や家畜のおなかの中まで乳酸菌や酵母、糀,納豆菌などの善玉菌をいっぱいにしていこうと、精一杯日々心がけている。
環境バランスが崩れた地球上では『菌』の問題が最重要課題と考えている。
消毒は、農薬は、抗生剤は良い菌も殺す。
良い菌が増えれば悪玉はおとなしくなる。
日時: 10:17 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)
■ 2005年03月05日
見えない敵に
少しあせりすぎたかな、大変な田んぼへの堆肥播きや畔つけ、荒おこし作業を早くおわらせたく雪の前日も堆肥播きをしていた。
さっき雪解け水を流さねばと、畔を切ったら、堆肥の栄養をたっぷり含んだ色のついた水が流れていった。
もったいない。
有機質肥料はなるべく浅く、菌の素と共にすきこみ、鎮圧し土を固めると、温かい地表に、固めた為に浸透圧による水分が補給され、酸素の嫌いな発酵菌たちが元気になり、栄養分をアミノ酸等の酵素などに分解し、土の中をサプリメントだらけにすれば野菜は元気に育つという農法を徹底してみたいが、中々難しい。
畑が足りないので精一杯使う為に、残った茎や根を早く土に返したい、休耕だったの畑ゆえ草も多く、
つい深くきれいにすき込んでしまいたくなる。
つい回りの百姓の目を気にして「きれいな畑」を求めてしまう。
素敵な有機農業の実践をまわりの農家に認めてもらいたくてがんばっている心が空回りしている。
あせり過ぎているのだ。
「おめさんの畑はいつも汚いね」
と言われれば
「それで良いんでねぇか」
と話せばよいだけだ。
なにも見えない敵に戦い続けているよりはましだ。
日時: 10:17 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)