▼ブログ帰農人

知る人ぞ知る真澄屋のあちが綴る週間コラムです。「街を耕す八百屋:真澄屋」と、無農薬農園「真澄農園」を経営。子供は6人。


カテゴリ


アーカイブ


エントリー


コメント

▼お問い合せ

真澄屋では皆様からのご意見・ご要望をお待ちしております。商品に関すること、配達に関すること等お気軽にお問合せください。

● 真澄屋

〒270-0157 千葉県流山市平和台3-4-12

TEL / FAX:04-7159-5328

E-MAIL:yaoya@masumiya.net


<< メイン

■ 2005年01月31日

農学校 さいしょのいっぽ

「畑を市民農園に貸してくれる農家と出会ったんですが、」
と市役所のロビーで見知らぬ女性に声をかけられたのは十二月。

福井さんは地域協議会として農を教育、文化につなげたいと考え、担当地域を訪問していて出てきた話しだという。

めったに無い貴重な話しと考え、またまた乗ってしまった。
市民農園を日々研究を続けている新美さんを誘い農家を尋ねる。
上貝塚の自治会長を勤める池田さんは七十半ばの元気な百姓だ。
連れ合いが身体を悪くし営農をあきらめた。

市民が運営する市民農園、種から資材まで全てを用意して、農の芸術作品である百姓の爺婆達に指導してもらう
という前衛的な形式であるので役所との調整に注意した。
文書的な問題もクリアして、池田さんも意欲が出たようだ。
指導のほうも買って出てくれた。

以前から使いたかった食品残さの堆肥も
水道屋である福井さんからダンプを借りられた。
勢いでシャベル(ローダー)付きの中古のトラクターも買ってしまった。
もう後には引けない。

自分の田畑も追いつかない状態での新たな試みははっきり言って無謀。
でもぱっと動く時はこんな時でもある。
三月六日開園。 

日時: 10:31 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



かあちゃんは頼もしいかな

マサかあちゃんはいそがしい。
ふれあいカード会の本部役員に無理やり受けさせられた。
本家の吉田ふとん屋の和夫ちゃんが会長になった。
本家から電話が入った。
「決まったから」

民主主義の世の中だけど、こんな風に堂々と通す、いにしえからのしきたりもまた、俺は好きである。
店がある平和台の自治会の部長も、超不幸な順番のめぐりあわせで引き受けざるを得ないし、小子化の駒木台の子ども会の古株で一年坊主がいる身では順番はことわりきれない。

彼女が大嫌いな組織の会議のるつぼにはまった。
それぞれの会の大変さのグチはすぐに消え、人つきあいの楽しさをおもしろそうに語りだした。
会でも元気ではっきりしていると評判がいい。
カッコいいじゃん。

家では下三匹がかあちゃんの取り合いに始終し、飲み会続きのあちや深夜前に自転車で仕事から帰る桃太の雨の日などのお迎えもいそがしい。

先日新年会の幹事を終えてよたよたと近所の消防小屋で会議をしているマサのところへたどり着き、終わるまで横で寝ころんで帰ったら、がきどもと猫までが皆二階で寝ていた。
叫んだ。
「さむーい、猫でもいいのに」。
中々二階に寝ないと困ってたのに。

日時: 09:32 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



■ 2005年01月24日

冥土のみやげ

国技館に着いたのは十二時前。
となりの駐車場が空いていて大助かり、何せ10mも歩くのに大変なばあちゃんが二人もいるのだから。
飲食物持ちこみ禁止の看板があり心配したが手荷物検査では弁当の風呂敷も何も言われず何とか席にたどりついた。

真ん中付近の桝席、力士のいきづかいが聞こえてくる。
四時頃まではガラガラで回りの空き席でゆったり観戦する。

時々力士が国技館に入場してくる出口に行く。
時間がたつにつれ上位の力士が来る。
付き人が増えてくる。
歩き方、顔つきも威厳が増してくる。
目についたのは着物だ。
二段目くらいまでは綿のぺらぺらだけど、
十両以上は絹の上物だ。
着物のファッションショーを見るようである。
もちろん行事も呼び出しも厳格に格の差を重んじている。

そのような世界は嫌いだったが、その様式美に圧倒され二千年の歴史を感じた。
六時間などあっという間だ。
朝青龍の振る舞いが問題になるが、しかたのないことだろう。
確かに強いが顔に風格が無い。
二十三才では難しいだろう。

くぎ漬けになったのは負けた瞬間の力士の表情である。
格式の中に素顔が凝縮された瞬間だ。
おかみさんの気持ちになる。

日時: 10:34 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



■ 2005年01月23日

塔婆味噌に乾杯

今朝五十キロの大豆を煮た。
味噌の講習会用だ。
昨日までの風も止み、気持ち良く作業ができた。
先日法事で持ち帰った古い塔婆を焚きつけに使った。
さすがに良く燃えた。霊験あらたかな味噌になるであろうか。

ここ二十年で味噌をし込む農家も急速に減っている。
米や大豆を糀屋に渡し仕込んでもらって、家で寝かせるだけという形も増えている。
手前味噌の文化は一度終りだが、復活の芽を絶やさないように関わり続けたい。
今年はあと二回味噌を炊く。
参加希望者は早めに連絡を。

この正月は商工会関係の飲み会が多かった。
つきあい酒は同じ酒でもとてもまずい。

しかし先日初めてとてもうまい酒を飲んだ。
生まれ育った地域(宿)の支部の新年会に招待された。
知った顔の勢ぞろいだ。
とてつもない安心感がわき、大嫌いな酒をつぎあう習慣も初めて良さを感じた。
啄木ではないが、/ふるさとの顔(山)はありがたきかな/である。
どう帰ったのだか覚えがない。
初めてだ。地域の親爺の仲間入りかな。

百姓の部落付き合いは凄まじい。
全家庭の嫁や爺様などの悪口を覚えないと仲間に入れない。
若い衆が逃げるのもしかたがないね。

日時: 10:36 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



■ 2005年01月17日

僕は仏教徒です

二十二日は旧の正月だ。

お月さんが新たに太り始める。
生物的には活動が一番静かになり、七草は息吹く時、まさに新年である。

新暦を採用されたのは戦後であり、ほんの数十年なんだとということが始めて実感できた。

しかたがないと思うが旧正月を祝うことを考えていきたいと思う。
オヤジの命日でもある。
「喪が明けました」なんて年賀状でも書こうかな。

喪中の葉書も考えたすえ出さなくて、いただいた年賀状を読むこともしなかった、これからしっかり読もうと思う。

先日一周忌を終えた。
親戚の穏やかな顔がとてもうれしかった。
法事を重ねることに親類と仲良くなれる。
形式的になっていてどうも落ちつかないお経も人を集めてくれるだけでもありがたい儀式だと感じた。

宗教の自由と天皇制の為、宗教文化の推進はタブーになっている中、クリスマスはゆるされるという変な国だ。

どの宗教も尊重されるべきだという前提に宗教文化を盛りたてる気運をこの国に作りたい。

エホバの方が良く訪問してくださるが、他の宗教の話しをしても見とめてもられないのは悲しい。
学会でも霊波でも同じだ。
中東の殺し合いと同じことをしてるのに、平和?

日時: 10:38 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



■ 2005年01月15日

時をきざむ音と棺おけ

もうかれこれ二十年は振り子時計を愛用している。
暮れに挿げ替えたものは三代目で五十年前に製造された時計だ。
その前の時計の調子が悪くなっていたのでタイムリーないただきものであった。
デザインも良く音も柔らかい。
メイジという会社製だ。
ただ四、五日に一度ネジを巻かなくてはならない。
以前のセイコウシャ製は二十一日間もつ優れものだが形がシンプルすぎた。
色々あるもんだ。

柔らかい雨だれの音と薪ストーブ火のささやきと時計の振り子の音で今これを書いている。
贅沢ですね。
豆炭のコタツのほんわかさも格別だし、娘がはじめていれてくれたコーヒーもうまい。

築五十年の寒い家と貧乏神様に大感謝さまさまだ。

棺おけももらってきた。
と言っても特大の味噌樽だ。
でも使える。
できることなら使いたい。
大そうに横に寝かせられるよりもひざを抱えてうなだれているほうが死人らしくていい。
そのまま埋められるならもっといい。

葬式はやらなくていいから、棺おけを焼き場までみんなでかついてくれればいいといったら、家族たちに完全に拒否された。
残念!!。

棺おけを手入れしてその中で瞑想をしようと考えている。

日時: 10:39 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



■ 2005年01月11日

さんばばものがたり
始めて相撲を観戦することになった。

3ばばの付き添いだ。
家の仕事を懸命にこなす秋田ばあちゃんと中々会いに行けなく寂しく暮すおふくろ、そしてとなりの一人暮しのばあさんだ。
話し好きでいつも逃げ回っているのでたまにはと誘った。

弟が相撲取りだったのでいつかは連れていくとの長年の約束をはたすことになったのはもうヤケになっていたからだろう。

商工会の理事になり、市内の親分達が集うタヌキ合戦のような賀詞交換会や初詣の旅行などの世話をする羽目になってしまった。

「どこへもいったことがない。」が口癖の秋田ばあちゃんをついでだから旅行に誘った。
弟夫婦が仕事のため元日を一人で過ごすおふくろを朝迎えに行き我が家で雑煮を食べてもらった。

何かの時のためにと家の間にチャイムを設置したとなりのばあさんは中々顔を出さない息子達の愚痴を正月早々つぶやいていた。
4人で桝席だからちょうど良い。
人気の時とは違いBだが電話で予約がすぐ取れた。
縁とはおもしろいもので、友人がこの初場所から国技館で働くという。
たのもしい助っ人だ。

旅行の次の日は親爺の一周忌で親戚の年よりと飲む。
すさまじい年だ。

日時: 10:40 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



■ 2005年01月10日

人糞へのはるかな道

有機農法だから当然有機物を田畑に入れて作物を育てる。
これが結構大変だ。

買っても良いのだが大出費であるし、米糠や魚のあらや落ち葉など処分に困るものが沢山あるので当然そのようなものを使っていきたい。
しかし身近なところでは中々手に入りにくかったりもする。
昨年からは良質の生ゴミ堆肥が無料で手に入ることになったので喜んでいたらこのところ運搬するダンプが中々借りられなくて困ってしまった。
幾つかのレンタル屋が臭いに困り、貸出しを拒否してきた。

何とか他を見つけたら、暮れの集中工事でどこもない。
やっと空いたら俺が肺炎、治ったら雪が降り畑に入れずダメと散々であったが、この二日間仲間の紹介で水道屋さんのダンプが二台借りることができ、何とか20トンの堆肥を運ぶことができた。
臭いが着かないようにとても気を使ったが、少しは臭う。
次に貸してくれる保証はない。

数年前には農協にあったのに排ガス規制のあとは堆肥を使う人も少なくなったので後釜は購入しなかったという。

色々と求めているうちに道は開けてくるだろう。
そうだよ、以前に比べたらはるかに進歩しているよ。
人糞使いたいな。

日時: 10:40 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



■ 2005年01月04日

お年玉がいっぱい

年に一度だけ店のレジを打つ。
懐かしさ、新鮮さに加え大晦日、ドラマチックな出来事が毎年起こる。

仕事の合間に近所の床屋に行った。
18年ぶりの散髪だ。
座っている自分がとてもぎこちなく感じたが、元気で前向きで大好きな床屋夫婦に頭をあづける事がかない嬉しかった。
来年は引きこもりの子どもたち等の訪問散髪を企画してるそうだ。

店に戻ったら懐かしい女医さんが来店、三郷で痴呆老人のグループホームや精神病の人たちの場を立ち上げた話を聞いた。

感動的な話が続く。
集金にきた不動産屋の親爺はどうも好きになれない人だが、空いた農家の家をどんどん紹介してくれと盛りあがり、見送る時にはちょっと好きになっていた自分が嬉しい。

暮れに突然大きな話しが動き出した。
念願の農業スクールが出来そうだ。
うまくいくとこの春開校できるかもしれない。
先生は農家の爺さん婆さんたちだ。
先生探しが大変だなと思っていたが、畑の地代を払いに行った先々で80がらみの婆さんたちがこの話しを面白がってくれたので出来そうな気がしてきた。

パキスタンの舞踏家の演奏企画も出てきた。

忙しい年になりそうだ。

日時: 10:42 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)



■ 2005年01月02日

印度の山奥で修行して

国内、国外の音楽がどのくらいの割合で聞かれているかの統計が新聞に出ていた。
日本では七割が国内産、米国で八割、印度では九割だそうだ。
貧乏ながら誇りを持って生きている印度の民は大好きである。

印度の山奥で五年間も音楽修行してきた日本人の友人がいる。
名前はコーロー。
シタールの弾き手としてトップではあるが誠に貧乏である。
以前はアジアの衣服などを販売したりしてしのいでいたが、練習する時間がさけないと、プロに徹してしまった。

印度の古典音楽は宗教そのものである。
全宇宙の神々しい旋律を導き出し祈りの生活を支える賛歌でもある。
日々神とのの会話が生活の中心におかれるヒンドゥーやイスラムの世界では修行者は大切にされる。

コーローは雪積もるヒマラヤの聖地で音楽の大聖人のもと修行を重ねた。
一音一音の中に祈りを込める。
印度の音楽家たちはそれをことごなげに演奏してしまうことに文化や歴史の深さを感じる。

物質に侵された日本人にはとても太刀打ちできない世界であると思われていたが、コーローは古典のCDを製作した。
大決断である。
演奏会を開きたいと思う。
二月か三月。またお知らせします。

日時: 10:43 | パーマリンク | コメント (0) | トラックバック (0)